第3話(1)意外な話し相手

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「ふう……」


 甘美が大学のカフェテリアの外が見える席で紅茶を飲んでいる。


「見て、紅茶を飲んでいらっしゃるわ……」


「なにをしても優雅よねえ……」


「もうそのまま絵画にしてもいいくらいだわ……」


「ふむ……」


 カフェテリアの他の客からの視線を感じ、甘美は頷く。


「あ、厳島さんよ……ご休憩中かしら……」


「物憂げな顔をしておられるわ……」


「きっと、私たちでは想像もつかないレベルのお考え事なのですわ……」


 外から甘美の姿を見かけた人たちのひそひそ話も耳に入ってくる。


(チケットが売れ残っている……!)


 甘美が頬杖をつく。


「きゃあ、ああいうポーズも絵になるわね……!」


(絵にはなってもシャレにはならないのですけどね……!)


「……我々のような平凡なお悩みとは無縁なのでしょうね」


(わりと平々凡々ですが⁉)


「それにしても……所作の一つ一つに余裕を感じますわ~」


(チケットノルマに追われておりますけどね!)


「ねえ、貴女、話しかけてごらんなさいよ」


(そうそう! 気軽に話しかけて下さる⁉)


「えっ、とてもそんな勇気がないわ……」


(勇気を出して! 一歩を踏み出して!)


「でもせっかくの機会なのだし……」


(そうですわ! せっかくの機会!)


「な、何を話せばいいのやら……」


(こちらから話題を振りますわ!)


「きっと頭が真っ白になってしまいます……」


(ちょうど良いですわ! わたくし色に染めて差し上げますから!)


「どうしましょう……」


(貴女が話しかけてくれたら、流れでお友達もライブに誘えますわ!)


「う~ん……」


(早く! 何を躊躇うことがあるのです!)


「厳島甘美さん!」


「は、はい! ……はあ……」


 甘美が声をかけてきた人物に目を向けると、黒髪のおかっぱ頭の女性が立っていた。おかっぱ頭の女性が甘美の反応にムッとする。


「はあ……ってなんですの⁉ はあ……って!」


「……」


 甘美がおかっぱ頭の女性をじっと見つめる。


「な、なんですの……?」


「はあ~」


 甘美は先程よりも大きなため息をこぼす。


「なっ⁉ ため息を連続で⁉ 一体なんだというのです⁉」


「……知りたいですか?」


「ええ!」


「ガッカリしたからですわ」


「ガ、ガッカリ⁉」


「えっと……落胆したというか……」


「いや、ガッカリの意味は分かりますから! 言い換えなくても結構!」


「ああ、そうですか……」


「そうですわ」


「何か御用ですか?大島グッドラックさん……」


「そ、そんな名前ではありませんわ! アタクシの名前は大島極楽おおしまごくらく!」


 極楽と名乗った女性が自らの胸に手を当てる。


「大体合っているでしょう」


「小さい『ッ』が二つも入っている時点で、大体合っているとは言いませんわ!」


「細かいことをおっしゃる……」


「全然細かくありませんわ!」


「それで? 何の御用ですの?」


「用が無ければ話しかけてはいけませんの?」


「ええ」


「そ、即答⁉ な、何故にですか?」


 極楽が戸惑いながら尋ねる。


「……迷惑」


「シ、シンプルな答え!」


「……面倒」


「ええっ⁉」


「……ストレス」


「よ、四文字で畳みかけないで下さる⁉」


 極楽が気圧される。


「はあ……さてと……」


 ため息交じりに甘美が立ち上がる。極楽が慌てる。


「ちょ、ちょっとお待ちなさい!」


「……わたくしは忙しいのですが?」


「のんびり紅茶を飲んでいたでしょう⁉」


「これは休憩時間というもの……」


「雑談くらいいいでしょう⁉」


「極楽さん、貴女との雑談は……」


「え?」


「無駄」


「はっ⁉」


「無益」


「へっ⁉」


「無理」


「に、二文字で畳みかけないで下さる⁉」


「……時間をいたずらに浪費するだけです」


「ぐはあっ⁉」


 極楽が膝から崩れ落ちそうになりながら、なんとか踏みとどまる。


「ちゃんと文章で伝えましたよ。それでは……」


「お、お待ちなさい! 岩城!」


「はっ……」


 執事服を着た整った髪型のハンサムな男性が現れる。


岩城煉いわきれんさん……」


「な、なんで岩城の名前だけは覚えているのです⁉」


「お嬢様大学とはいえ、学内で執事の方を常に帯同させているのは貴女くらいですから」


「そ、そうですか……岩城! 説明して差し上げなさい!」


「はっ、厳島さま、今後はお目にかかる機会が増えるかと思います……」


「……どういうことですの?」


「『大島グループ』の研究の賜物です……」


「お話がさっぱり見えませんが……」


「今日はそのご挨拶に参ったのです! それでは失礼! 岩城!」


 岩城がカフェテリアから車まで赤いじゅうたんを敷き、極楽がその上を歩いて行く。


「な、なんなんですの……? というかなんという長さのじゅうたん……」


 甘美があっけに取られる。

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