第1話(4)ボスさん

「しばらく歩いていますが、薄暗いままということは……?」


「問題がクリアになっていないということだ」


 現が甘美の問いに答える。


「チャラ男さんとか何体か撃破しましたが……」


「あれはいわゆる雑魚」


「さ、雑魚……」


「そうだ、夢世界からの規模から考えてみても……」


「考えてみても?」


「ボスがいると見ていい」


「は~ボスさんのお相手は疲れるのですよね~」


 甘美が肩を落とす。


「待て、甘美……」


「はい?」


「その角を曲がったところ……いるぞ」


「! ……」


 甘美と現が慎重に曲がり角の先を覗き込む。


「はむ……はむ……もっと食べないと、男を……医者の息子、弁護士の甥、政治家の孫……世の中、なによりもコネが大事……より良いコネを見つける為に、もっと合コンを、食事会を、パーティーを……その為にはランクの良い友達を集めなきゃ……」


 丸々と太った女性の影がそこにはあった。


「あ、あれは……?」


「鈴木秋子さんの深層心理の現れ……」


「自身の出世欲に囚われ過ぎたのね……」


「そんな所だな……」


「さて……」


「ちょ、ちょっと待て!」


 甘美の腕を現が掴む。甘美が首を傾げる。


「なんですの? 現?」


「なんの考えもなしに突っ込むな……!」


「失礼な、考えはありますわ」


「……聞こうか」


「あのボスをぶっ倒しますわ!」


 甘美が右手をグッと握りしめる。


「それを考えなしというんだ……!」


「え?」


「え? じゃない! さっき言ったことをもう忘れたか⁉」


「さっき言ったこと?」


 甘美が首を捻る。


「この夢世界での傷も現実世界に持ち込んでしまう可能性がある……!」


「ああ……」


「どういうことか分かるか?」


「漠然と」


「分かっていないということだな、分かった」


 現が頷く。


「それで? なんですの?」


「あの丸々太った女の影、よくよく見れば、鈴木さんの面影がある……」


「!」


「つまりいたずらに影を傷つけると、現実の鈴木さんにも悪影響が及ぶ可能性がある!」


「……悪影響とは?」


「身体的か、心理的なダメージが……それは分からん」


「そのもっともらしくおっしゃっている仮説ですけど……」


「ん?」


「サンプル数が絶対的に少ないですわ。説としては今一つ弱い……」


 甘美がわざとらしく両手を広げる。現が舌打ちする。


「ちっ、いきなりまともなことを……!」


「というわけで、参るとしましょう……」


「い、いや、もうちょっと慎重にだな」


「貴女よりもこの夢世界での経験は多いのです。あの時も大丈夫でしたでしょう?」


「! あ、あの時はあの時だろう……」


「わたくしは鈴木さんの心の強さを信じます……!」


「あ! ま、待て!」


 甘美が進み出て声をかける。


「失礼、お食事中、申し訳ありません」


「う~ん?」


「あまり良くない栄養の取り方をされているようなので……是正に参りました」


「ア、アンタたち! どこから入ったの⁉」


「さあ? どこでもよろしいでしょう?」


「ど、どうやって⁉」


「それもさあ?ですわ。出来てしまっているのだから仕方がないことでしょう?」


「くっ、異物は排除する!」


 太った女は大きなハンマーを取り出す。甘美は指差す。


「あら、それでぺしゃんこにするおつもりですの?」


「他に何がある!」


 太った女がハンマーを振りかざす。現が声を上げる。


「甘美!」


 甘美が手を挙げてそれを制する。


「ちょっと試したいことがありますので、それに……」


「うおおっ!」


 太った女がハンマーを振り下ろす。


「うああっ‼」


 甘美がマイクで叫ぶ。ハンマーが止まる。


「ば、馬鹿な、ハンマーが動かない⁉」


「音の圧で押し返している……」


「そ、そんなことが……⁉」


 現の言葉に太った女は驚く。甘美が笑みを浮かべる。


「はああっ!」


「⁉」


 太った女が空気を抜かれた風船のように萎れていき、霧消する。レンガ造りの道がパアっと明るくなる。甘美が頷く。


「問題はクリアですわね」


「……途中で声色を変えたな?」


 甘美は振り向いて現を指差す。


「気付きました? 丸々としたお体にはシャープで鋭い歌声が効果的かと思いまして……」


「試したいこととはそれか……なにもボス相手に試さなくても……」


「貴重な実戦経験の場ですから」


「大した度胸だ。戻ろう……」


「う、う~ん……」


「あら、鈴木さん、お目覚めですわね。良い夢は見られたかしら?」


「えっ⁉ い、厳島甘美先輩⁉ わ、私なんでこんな所に……ってこの派手な恰好は⁉」


「どうかしたのかしら?」


「い、いえ、なにかご迷惑をおかけしてしまったみたいで……失礼します!」


 鈴木が慌ててその場を後にする。甘美が現にウインクする。


「どうやら、無事に自分を取り戻したみたいですわ」


「そのようだな……さっき言いかけたことはなんだ?」


「え? ああ、援護は不要だと言いたかったのです。貴女の演奏付きのパフォーマンスはもっとしかるべき場所や、条件次第で披露すべきだと……」


「条件……ギャラ次第か……しっかりしている奴だ」


 現が苦笑する。

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