クリスマス

「はぁ、もうあっという間にクリスマスが来ちゃったな……」


 弓波はそう呟いた。


「もう一年が終わるのか……早いな」


 水越も、コーヒーを飲みながらそう呟く。


「えっ、そうじゃん! もう一年が終わるなんて、早すぎ! 今年も何も成し遂げてなくね⁉︎」


 弓波は水越の呟きを聞いて、反射的に素っ頓狂な声をあげた。


「まぁ、今年は仕事を頑張ったから、それでいいんじゃないか?」


 水越は、弓波の素っ頓狂な言葉にも動じず、興味なさげにそう言った。


「おい、水越は今年、何も成し遂げてないのに、焦りとか感じないのかよ?」


 弓波は、水越の姿勢に疑問を持ち、水越に尋ねた。もう年末に差し掛かっているというのに、何もしていないなんて自分は嫌だな、と弓波は思うのだった。それに対し、水越は、今年何かやった気配もないのに、たいして焦っているようには見えない。


「別に、何かを成し遂げようとかいう意欲もないからな。毎日やるべきことをしていればそれでいいさ」


 水越はそうのんびりといった口調で言った。毎日やるべきことをしていればそれでいいなんて、水越には夢とか目標はないのか? と弓波はまた疑問に思った。


「えー、水越には、なんか目標とかないの? これやりたいとか、これ達成したいとかさ」


 弓波は、そう口を尖らせて水越に聞いてみた。しかし水越は、特に考えるふうでもなく、新聞紙を読みながら「特にないな」と吐き捨てるように言った。


「ちぇっ、つまんないな」


 弓波は、頬杖をつきながら水越にそう言った。


「あっでもさ、何かを成し遂げようっていう大層な意欲じゃなくていいから、これが欲しいなとかいうものはないのか?」


 弓波は、まるで閃いたかのようにそう水越に言った。


「うーん……。これが欲しい、とかいうものか……。なんだろうな……」


 水越は今度はちゃんと考え込むように、宙を見つめた。


「ほら、明日クリスマスだからさ。なんか水越が欲しいモンとか、サンタさんにお願いすればいいだろ?」


 弓波はそう水越に言った。


「しかし、俺はもう大人だし、サンタにお願いするほどの歳ではないだろう」


 水越は、弓波に対してそう反論した。


「ちぇっ、夢がないなぁ。でも、明日はクリスマスだし、俺はサンタさんに何かお願いしようかなぁ」


 弓波はげんなりとした顔をした。弓波は二十六歳にもなって、まだサンタを信じているのか? と、水越は不思議に思ったが、言わないでいた。


「うーん、サンタさんにお願いするの、何がいいかなぁ……」


 弓波は腕を組んで、真剣に考え出してしまった。


「もう子供ではないんだし、本とかをお願いすればいいんじゃないか?」


 水越は、半ば投げやりな感じで、コーヒーを飲みながら言った。


「えー、俺はまだ少年心あるんだけど⁉︎ 本も確かに良いけどさ、どうせ頼むんなら、もっとワクワクするものが良いじゃん」


 弓波はそう水越にツッコんだ。


「水越は少年心を忘れているから、そんなつまんない大人になっちゃったんだな! もう、俺が少年心を取り戻させてあげようか⁉︎」


 弓波は、水越にそう喝(?)を入れた。いや、喝を入れたというより、水越を叱ったと言った方が正しいのだろうか。


「意味のわからないことを言うな。なぜそんなに熱くなるんだよ。別に、俺がサンタにプレゼントをお願いしようが、お前にはどうでもいいことだろ」


 しかし、水越は弓波の説教を気にも留めず、面倒くさそうにそう言った。


「確かに、言われてみればどうでもいいけどさぁ……」


 弓波は、何か反論したそうだったが、悔しそうに納得するしか術がなかった。


「まぁ、でも俺はサンタさんに手紙を書くけどね!」


 そう言って、弓波はサンタに手紙を書き始めた。


「……まぁ、好きにしろ」


 水越はそう言い捨てて、別の部屋に去ってしまった。



         *



「よし、書けたぞ!」


 弓波はそう言って、サンタ宛ての手紙をテーブルの上に置いた。


「これで、きっとサンタさんが来てくれるはずだ!」


 弓波はそう大声で言って、自室に行った。


「あっ、あとベッドに靴下さげるのを忘れないようにしなきゃ!」


 弓波はそう言って、ベッドの柱の部分に赤い靴下を下げておいた。



         *



 ––––翌朝。弓波はぱちりと目を覚ました。あっ、サンタさんからプレゼント届いてるかな⁉︎ と、弓波は急いで靴下の中を確認した。


 あった! 弓波は思わず嬉しさで叫び出しそうになった。


 靴下の中に入っていたのは、白い包みに包まれたものだった。


「うん、プレゼントがあったのはいいけど、これは一体なんだろう?」


 弓波はそう呟き、靴下から白い袋を取り出した。


「重いし、俺が望んだ通りのものなら良いけど……」


 弓波はそう呟き、白い包みを開けた。おそらく、プレゼントを開ける瞬間で一番ワクワクするのは、このプレゼントを開ける瞬間だろう。


 やがて、弓波の手でプレゼントが開けられた。


「これは、俺が望んでた通りのクリスマスプレゼントだ!」


 弓波はそう叫ぶと、早速水越に見せに行った。


「なぁ、水越! 見てくれよ、サンタさんが俺にプレゼントをくれたんだ!」

「そうか、それは良かったな」


 弓波は意気揚々と水越に、サンタさんからもらったプレゼントを見せた。水越はそれを見て、微笑んだ。


「ほら、これ、マグカップだよ! ちょうど、水越とお揃いのマグカップにしたかったからさー、サンタさんにお願いすることができて良かったわ!」


 弓波はマグカップをクリスマスプレゼントに頼んだので、サンタさんに頼んだ通りにマグカップが靴下の中にあったのだ。


「なるほどな。それは、ちゃんと俺のとお揃いなのか?」


 水越は、確かめるようにそう尋ねた。


「うん、ほらこの持ち手の部分が白いだろ? これ、水越のマグカップも持ち手の部分が白いし、お揃いじゃね?」


 弓波は、マグカップの持ち手の部分を指差しながらそう言った。


「ふむ、俺のと比べてみたけど、本当に似ているな。サンタはすごいな、のものをプレゼントしてくれるなんて」


 水越はそう感心したように言った。


「だよなー、ほんとにサンタって凄いよな! 俺と水越のマグカップがお揃いなことを知ってるなんて、もしかしたら俺たちの生活を監視してるんじゃないか?」


 弓波は、そう言いながらサンタへの疑念を抱いていた。


「……まぁ、そうだな。もしかしたら、お前の行動を監視してるのかもしれない。だから、仕事をサボったりすると来年はプレゼントが貰えなくなるかもしれないぞ?」


 水越は今思い付いたかのように言った。


「えっ、それは困るって!」


 弓波はそう言って、悲嘆にくれたような顔をした。


「だろ? だから、来年もサンタにプレゼントをもらえるように、良い子にしてることを約束してくれ」


 水越は鬼の首をとったように、得意げにそう言った。


「分かった、良い子にしてるからさ!」


 弓波は、まるで忠犬のように素直に言うことを聞いた。


「それでいい。さて、俺はちょっとゴミを出しに行ってくる」

「わかった!」


 水越は、弓波が素直に言うことを聞いたのを良いことに、ゴミを出しに行くことにした。



          *



「それにしても、まるで子供だな……」


 水越は、ゴミ置き場に向かいながら、そう独りごちた。

 まさか、未だにサンタを信じているなんて、随分能天気な人生を歩んできたんだな……と、水越は思った。

弓波に子供っぽいところがあることは分かってはいたが、まさかここまでとは……。

 俺がサンタのフリをして弓波に、マグカップをプレゼントしてやったとも知らずに、なんというか、純粋な奴だな。水越はつくづくそう思うのだった。


 まず、弓波が手紙から目を離した隙に、こっそり手紙を盗み見た。そして弓波が家にいる間に「夕飯を買ってくる」と言って、マグカップを買ってこれたのは良かった。

 もちろん夕飯もちゃんと買ってきたので、弓波にはただ夕飯を買ってきた奴だと思われていただろう。

 そして、弓波が寝てしまうと、水越はそっと弓波が下げておいた靴下にプレゼント––––マグカップを入れておいたのだ。


 まぁでも、喜んでくれて良かったな。水越は、ひっそりと自分がサンタになったことを噛みしめながら、弓波の笑顔を思い出すのだった。





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ただ駄弁るだけ 翡翠琥珀 @AmberKohaku

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