第38話 初夜


 今夜、初夜を迎えるデシルとサリダに用意されたのは…

 コンドゥシル男爵邸の中でも、南側の1番奥にある、日当たりの良い大きな角部屋で、王族を宿泊させてもおかしくない、極上の客室だった。



「ううっ… 確かにこの部屋に泊まることは、子どもの頃からの夢だったけれど… まさか、自分の初夜をこの部屋で迎えることになるなんてねぇ…」


 男爵邸で一番豪華な部屋だけに、子どもの頃から両親に入ることを禁止されていて、こっそり弟と2人で忍び込んでは、どっかの国の王子様と騎士ごっこをして、弟と遊んだ思い出のある部屋だ。


 今夜はベッド周りだけが、オレンジ色の明かりでぼんやりと浮かび上がって見えるよう、蝋燭ろうそくの数を減らして部屋を薄暗くし… 初夜の気分を盛り上げるために、つやっぽくて妖しい、雰囲気を演出している。


 母と使用人たちに、頭のてっぺんから足のつま先まで、ピカピカ、うるうるに磨かれたデシルは… いつの間にか母が、初夜この日のために用意した、花嫁用(?)のけの寝衣しんいを着せられ、その上には花婿むこを興奮させるためなのか、真っ赤なローブを羽織はおり、天蓋てんがい付きのベッドにポツンッ… と1人で座っていた。


 自分では絶対に選ばないタイプの、デシルが羽織る真っ赤なローブが、この部屋の妖しい雰囲気にとても馴染なじんでいて… デシル的には複雑な気分になる。



「・・・・・・」

 冗談で… 早く“つがい”にしてもらおうと、サリダ様を今夜、襲ってしまおうかなぁ~… とか思っていたけれど、まさか本当のことになるなんて! もう、みんなで僕が緊張しないようにって… 黙っているなんてひどいよぉ!!


「確かに知っていたらきっと… 晩餐ばんさんで出されたせっかくの料理も、のどを通らなかったかも知れないけれどさぁ! もう~… ううっ…」




「デシル?」



「ひゃっ!!」 

 もじもじと独り言をつぶやきながら、待っていたデシルの耳に、突然、サリダの声で名前を呼ばれ…

 心臓は、ドキッ…! と飛び跳ね… あまりの驚きにデシルはその場でガバッ! と立ち上がる。



「…大丈夫か? デシル、その…」

 普段はキビキビとした印象のあるサリダが… 何となく、歯切れの悪い話し方をした。


 サリダも他の部屋で入浴を終えたらしく、ローブを着ていた。

 ローブの下に裸の胸が見える。

 もしかすると、普段のサリダは裸で眠るのが、好きなのかもしれない。



「サ… サ… サリダ様! 足… 足音が、ぜんぜん聞こえなかった?!」

 ドクッドクッドクッドクッ… と胸の中で暴れる、ビックリした心臓の上に手を当て、デシルが聞くと…


「ああ、悪い! 騎士は、そういう訓練もするんだよ! 非常時のために… 私はそのくせが染みついているから…」


「そ… そぅうなぁんだぁ?! はははははっ!! 驚… 驚いぃたぁ! ははははは―――っ!!」

 緊張と驚きで、デシルの声がニワトリの朝鳴きのように、引っくり返って、妙にかん高い声となった。



「やっぱり… デシルは嫌だったよな? その… いきなり私の“番”になるのは…?」



 デシルの動揺を感じ取り、サリダの声がしょんぼりと落ち込んでいるように聞こえて… 慌てたデシルは、大急ぎで言い訳をした。


「い… いえ! ほ… ほんの少し、心の準備が足りなくて… 驚いてい… いるだけです! 嫌… 嫌では無いですぅ!」

 本当にその通りだから! “番”になるのは、僕も望んでいることだし! それに僕の安全のために、みんなで考えてこの選択をした訳だし! 僕には不満とかないから! 本当に心の準備が…!




 デシルは緊張から、泣きそうになっていた。

 



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