第30話 日課


 朝食を終え、デシルは騎士団に出仕するサリダを見送ろうと、男爵邸の玄関前にいた。


 厩舎きゅうしゃに預けていた愛馬の手綱たづなを受け取り、厩舎係がいなくなると… サリダは自分たちの周囲を見回し、誰もいないことを確認してから、素早くデシルの唇を奪う。


 2人が婚約してから、キスは毎朝の日課となっていたため、使用人たちも気をかせて、デシルが見送りのために玄関に出た時は、付き添わないようにしていた。



「今日も愛してるよ、デシル!」

 愛馬の手綱を持ったまま、サリダはギュッ… とデシルを抱きしめ、堂々と愛の告白をする。


「・・・っ」

 毎朝されることだが、デシルはあと数日でサリダの妻となるのに、いまだにキスで顔を赤くして、恥かしさで黙り込んでしまうのだ。


「いつか… 君にも同じ言葉を言って欲しいな…」

 サリダは耳元でこそっ… とささやく。


「あっ… サリダ様」


「行って来る」


「は… はい…! お、お仕事頑張って下さい!」


「うん、頑張るよ!」


 颯爽さっそうと馬に乗り、サリダは男爵邸から去ってゆく。



「ごめんなさい、サリダ様… 上手く言えなくて!」

 気持ち的にはサリダ様を、ほぼ愛しているけれど… 何年もフリオを中心に物事を考えて来たから、フリオと別れて間もないのに、すぐにサリダ様を愛していると言うのは、何となく自分が軽薄けいはく過ぎる気がして、抵抗を感じてしまうんだ!


 自分の不器用さにあきれ、ハァ―――ッ… とため息をつき、デシルはくるりっ… と向きを変える。


 邸内に戻ろうと数歩、足を進めたところで、背後からばたばたと足音が聞こえ、振り返ろうとしたら… 手首を乱暴に引っ張られた。


「うわっ…!! 痛っ…?!」

 背後から無理に手首を引っ張られたため、デシルは地面に膝をつく。


「何であんな奴と、お前がいるんだよっ…?!」



「・・・っ?!」


 聞き覚えのある声に、膝をついたままデシルが顔をあげると、そこには薄汚れたフリオがいた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る