第28話 爽やかな朝食


 卒業パーティーを無事に乗り切った後も、しばらくの間デシルは、ぼんやりとした日々を過ごしていた。

 フリオの裏切りを知ってから、ずっと張り詰めていた緊張の糸が、プツリッ… と切れてしまったのだ。



 だが、ある日をさかいに状況が一転する。


 毎朝サリダが、王立騎士団へ出仕する前に、なぜかコンドゥシル男爵家の朝食室へ寄り、デシルと一緒に朝食をとるようになったのだ。


 せっかく学園を卒業し、早朝から支度をする必要が無くなったのに… サリダとの朝食に合わせて、デシルは寝坊することが出来なくなった。

 けしてデシル的には、嫌だという訳ではないが…。



「デシルは朝から綺麗だな…」


「…ううっ!」

 こん色の瞳を、キラキラさせて! サリダ様こそ、朝から何でそんなにさわやかな美形なの?! 何か秘訣ひけつとかあるのかな? 僕なんか、今朝は顔がむくんでいるし! うううっ… 本物の美形は、何をやっても美形なんだね?!


 向かい側の席で食事を終えたサリダは、ジッ… とデシルを見つめながら、朝から熱烈ねつれつに求愛をしてくる。



「それに、恥ずかしがり屋のデシルは、すぐに頬が染まってしまうところが、私はたまらなく可愛いと思うんだぁ~…!」

 

「サ… サリダ様っ…!」

 もう!! サリダ様は、なんて困った人なの?! 朝から、すごい美形に求愛されたら、恥かしくて顔が熱くなっちゃうよ~!! 嬉しくない訳ではないけど、恥ずかしいよぉ!!


 まだ、お茶を半分しか飲んでいなかったが… サリダの言葉を聞くうちに、お茶をきだしてしまいそうだと、危険を感じたデシルは、ティーカップを皿に戻した。

 3日前に、デシルが吹き出したお茶で、サリダの騎士服に染みを作ったからだ。



「クックックッ…!」

 ティーカップを皿に戻すデシルの姿を見て、お茶を噴きだした時のことを思い出したらしく、サリダは横を向き声を殺して笑う。 

 


 サリダとアオラの婚約も、エンプハル公爵によって卒業パーティーの翌日に無事、解消され… 娘アオラの不貞ふてい行為について、何も知らなかった公爵は、レセプシオン伯爵家に丁寧な謝罪をした。


 この件で公爵は、伯爵家に借りを作りたくないのか、王弟殿下がレセプシオン伯爵家に、次の縁談を持ち込まないよう、説得役も引き受けてくれた。



 

「ねぇ、デシル兄上? サリダ様とはいつ、婚約するのですか?! 結婚は?」


「ふぐぅ…っ?!!!」

 不意を突かれた弟の問いかけに… デシルがお茶を口に入れていたら、きっと勢いよく噴き出して、サリダの騎士服に、再び茶色い染みを作っていただろう。



「そうだな…? あまり間を開けなくても良さそうだが… お父上のレセプシオン伯爵は、どの様にお考えですかな、サリダきょう?」


 弟からデシルへの問いかけを、なぜかコンドゥシル男爵が答え… 男爵はデシルではなく、サリダにたずねる。


 いつも朝食を自室でとるため、男爵夫人がこの場にいないのが幸いである。

 いたら、瞳を輝かせて大騒ぎをしていただろう。



「父も、婚約は早めの方が良いと、言っていました… 前の婚約の悪影響で、私たちは少しも傷ついていないことを印象づけ、もっと素晴らしい相手を、お互いが見つけたと、知らせるために!」

 サリダは上機嫌で答えた。


「なるほど! でしたら、こちらはすぐにでも、伯爵に面会して日取りを決めることにします」


「ありがとうございます、男爵! 父も喜びます!」


 サリダは嬉しそうに笑い、デシルに向けてパチンッ! と片目を閉じてウィンクを飛ばす。



 デシルには内緒にしていたが、コンドゥシル男爵とサリダの間で、卒業パーティーの前から、新たな婚約についての話し合いは済んでいたらしい。



 そういう抜け目の無い者同士、サリダと男爵は気が合うようだ。





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