第16話 本当のデシル サリダside


 デシルの頬に触れたサリダの手を、つめが食い込むほど強くにぎりしめる、細い手をはがして… サリダは自分の手のひらで包む。



「デシル、少し落ち着くんだ!」

 驚いた! この子はこんなにも気が強かったのか?! 少し前までのデシルは悲しみ、傷つき、涙と一緒に心がとけて流れ出しそうなほど弱々しく見えたのに… 今は怒りが強過ぎて、ガリガリと奥歯を噛み砕きそうになっている。

 この子は心の内側に、こんな激しさを秘めていたのか?! これはつまり… 他人に対して、普段は従順な態度を装い、この強さを上手く隠しておけるほど、デシルは賢いという意味だ。

 うう~んっ… 確かに初めてパーティー会場で会った時、私は簡単に派手な姿に騙されてしまったし… なんてしたたかなオメガだ!


 心の中で、サリダはニヤリと笑った。



「僕は… 僕は! フリオが婚約者だから… 彼だけを愛してつくそうと努力し、実際にそうした! だからひどい暴言にも耐えたし、冷たい態度も見て見ぬふりをした! …なのに、これはっ… 絶対に許せない!!」


 サリダの手の中で小さなこぶしをにぎりしめ、怒りでぶるぶると震わせながら、デシルは激しい感情をき出しにした。


「デシル… 君の気持ちは良くわかる! 私にも良くわかる!」


「サリダ様! 僕は許せません! 僕を裏切ったフリオが… それに、僕の婚約者を横取りした、泥棒オメガのアオラ様を! 僕は絶対に許せません!! 許せません!!」


 大きな青紫色の瞳をギラギラと光らせて、怒りをうったえるデシルの姿を、サリダは不謹慎にもうっとりと見惚れてしまう。


「私も同じだ… アオラを許せないし、絶対に彼女とは結婚したくない! だから、私は君に共犯者となって欲しくて会いに来た… 君にフリオの裏切りを知らせるためだけに、来た訳ではないんだ!」


「僕を… 共犯者にですか? サリダ様には何か、計画があるのですね?!」


「まだ、計画と言えるほどのものでは無いけど… 大まかな考えはある!」 


「教えてください、サリダ様!」

 デシルは心も身体も前のめりになり、サリダの胸に手を置いて、せまった。


「・・・・・・」

 参ったな… 心を全部、持って行かれそうだ! この非常時に、こんなことをのんきに考えている時では無いのに… 我ながらあきれる。

 激怒して、気の強さが全面に出たデシルの方が断然、良い! デシルが泣く姿はあまりにもはかなくて、消えて無くなりそうで、見ていて不安を感じた。

 だが正直に言って、デシルが激怒する姿は好みだ! 騎士が持つ理想の妻像にピッタリじゃないか。


 美しい容姿を活かして、品よく優雅に振る舞う姿も、確かに心かれるが、本音を隠したそんな姿よりも… 恥じらいをすてた美しいオメガが、きばき出しにして激情をあらわにする姿の方が、サリダは気をつかわず本音で語り合える、信用できる相手だと思うからだ。



「サリダ様の考えを、僕にも教えてください?! 僕にできることがあれば、何でもお手伝いします! サリダ様!」

 口を開かないサリダにれて、デシルは身体をのばし小さな顔を近づけ、さらに迫る。


 揺れる馬車の中で、不自然な姿勢のデシルが転げないよう、サリダは細い腰をつかみ支えると、誘惑に負け…


 小さな唇にキスを落とした。



「・・・っ?!!」


「まずは誓いのキスだ!」



 ギョッ…! と驚き固まるデシルに、サリダはケロリと言い訳をする。





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