第12話 罠
「ここら辺でいい?」
「ああ」
エタ区域とニエ村の中間地点。
リオは道中からカイから受けた説明を元に動く。ゲームの攻略を踏襲した説明なので飲み込みが早かった。リオが地面に己の武器――華天輪杖マジカル・ロッドを向ける。全属性適応とチャージ機構まで搭載した強力な課金武器だ。リオは後発組なため後年に発売された強力な課金武器を使っている。カイは己のカオスロードを見て少しだけ侘しい気持ちを覚えた。
「マジカル☆ライト!」
リオのマジカル・ロッドから光弾が放たれる。それは地面に着弾して爆発し粉塵を巻き上げた。煙が晴れたときそこには大穴が開いていた。ゴローが埋まるには少し足りないと思ったカイは顎で穴を指してリオに
「もう一発」
「OK」
リオはもう一発マジカル☆ライトを穴にぶち込んだ。カイは満足気に頷いた。丁度そのタイミングでサチが巨大なバケツを持ってカイに駆け寄ってきた。
「カイさん! 終わりました! あ、魔女!」
「その筋はどうもご迷惑をおかけしました」
「え? あ、はい。こちらこそ」
ペコリと頭を下げるリオにサチも反射で頭を下げる。カイは何故サチまで頭を下げるんだろうと一瞬思い、ああ、前世の会社での俺と同じかと納得して、それからサチに指示した。
「大穴にマンドラ草の粉末を全部ぶち込んでくれ」
「はい!」
サチはバケツの中身を穴にぶち込んだ。毒々しい緑色が穴に満ちた。
「あと、なんか火種があればいいんだが」
「マッチあります。夜、たまに売るんです」
「ああ、ありがとう」
カイはサチからマッチを受け取った。リオがカイに尋ねる。
「ところで穴を塞ぐ道具は? 私ストレージに突っ込んでた道具全部吹っ飛んだから何も持ってないわよ」
「俺もだ。だが抜かりはない。これを見ろ」
カイはポケットからパストバッグを取り出した。羨まし気な眼で見るリオの前でパスとバッグに手を突っ込む。
そして、アルメリウスの頭部を取り出した。3通りの引きつった悲鳴が上がる。
「ほ、本当に、アルメリウス。お、恐ろしい」
「恐ろしいです」
「そうだな」
サンとサチの言葉に同意しながらカイは愛おし気にアルメリウスの頭部を撫でる。
「可愛いよな。俺さ、アルメリウス大好き。この世界の狂気を体現したみたいな不気味なデザインとどこまでも小物な性格。そしてその圧倒的な強さ。どこをとってもI Love Youだよ」
「あなた気が狂ってるわ」
「かもな。で、このアイテムを、この頭皮邪魔だな」
リオの言葉を適当に受け流しながらカイはアルメリウスの頭皮をカオスロードで切り離した。血塗れの断面を晒す頭皮から繋がった毛髪を左手に、頭蓋を晒すアルメリウスの頭部を右脇に抱えて、ドン引きの視線の中、カイはゲームと同じ感覚で左手の中の毛髪に魔力を籠める。そして、毛髪が伸びたあとの状態をイメージする。
アルメリウスの毛髪がカイのイメージを反映してシュババッ! と穴を覆うように伸び広がった。大穴が一瞬で白い蓋に塞がれた。カイは足でツンツンと白い蓋をつつく。鋼のような硬質。カイは満足げに頷く。そして、蓋に隙間を開け、その隙間から火のついたマッチを一本放り入れる。中で粉末に着火し濃い緑色の煙を吐き出したのを確認してすぐさま蓋を閉じる。
「よし、この上に土を被せてくれ」
カイを除いたその場にいる全員で白い蓋の上に土を被せる。あっという間に落とし穴が完成した。カイは手に一本だけ残したアルメリウスの髪の毛に視線をやる。
「ゴローが通ったタイミングで魔力を切れば落とし穴が発動する。あとは待つだけだな」
遠くでゴローが暴れる音が聞こえる。村人の悲鳴も。カイは手を祈り合わせる。ゴローが自分の代わりに村人を殺し尽くすことを願って。
「優しいん、ですね」
「意外です」
「……」
サチが尊敬の、サンが驚きの、リオがジト目でカイを見る。最後の反応が一番の正解だった。
それから30分。
ゴローが暴れる音は間断なく聞こえた。ニエ村はもう滅茶苦茶だ。30分、カイ以外の人間の緊張感が途切れることはなかった。欠伸をするカイにリオが尋ねる。
「ねぇ、あなた。どうしてそんなのんびりしてるの? 怖くないの?」
「怖くないよ。ゴローも俺の友達だよ。だから殺すのが楽しみなんだ。流石に準備無しで向かい合ったら怖いかな。なにより憧れの世界で憧れの敵と憧れのバトルができるんだ。楽しくないわけないだろ」
「……あなた、どんな人生送ってきたの?」
「糞みたいな人生」
「でしょうね。ま、でもある意味頼もしいわ。……ねぇ。無事にあいつを倒せたら私とパーティを組みましょ。後衛の一人旅は流石に無茶があるわ。あなただって後衛欲しいでしょ。いくらリバースウェポンがあるからってそこらの雑魚プレイヤーならともかく私には敵わないわ」
「俺はそれを規定事項として考えてた。だから、断る理由はないな」
「そ、そう? じゃあ、よろしく。あと、やっぱりあなたも、終焉を齎す大蛇神をソロで?」
「ああ。ということはそっちも、それをトリガーに、か」
「……YES、なんて押さなきゃ良かった」
「俺は押して良かったと思ってる。お、きたぞ」
釣り人の気分でアルメリウスの髪の糸を垂らし続けるカイ。そのカイを真っすぐ見つめて、村人を殺し尽くしたゴローがとうとうエタ区域に走ってきた。
平原に次々と足跡のスタンプを刻む小さな白い影が段々と大きくなっていく。そのふくよかな白い胴をたぷんたぷんと揺らして、大きく裂けた腹から男性器のように垂れた赤い舌をべろんべろんに揺らして、巨大という点だけは共通した不揃いな手足をばたつかせて、巨大な胴とはあまりに不釣り合いなほど小さい、しかも斜めについた顔にキチガイスマイルを浮かべて、潰れたような耳を天に向けて、ちょび髭のような黒い髪が耳の上にちょびっとだけ生えてて、つぶらで巨大な眼をあらん限りに見開いて、鼻は奇形の癖に無駄に高くて、血と涎が混じった体液をだらだら垂れ流す口は無邪気な弧を描き、血塗れの歯はギザギザと不揃いな大きさで奥まで生え揃って、よく見ると肉や骨の破片が挟まってるのが見えて、「ひっ」とリオが悲鳴をあげて、そして何より、その股間に生える剥き出しのイチモツは、あらん限りに怒張し天を突き、皮を被った先っぽが白い体液に塗れていた。それをぶるんぶるんと揺らしながら、頭のおかしい奇形の巨人がカイたちへと鈍足で向かってくる。
「ウォホほほほオホほほほっ! うォホホホホォッ!」
ゴローが、近づいてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます