ヴィーナス・ヘルシオン ―狂気の月と狂気の人間―

哀原正十

プロローグ

「あんたみたいな馬鹿産むんじゃなかった! おかげで私の人生は台無しよ!」


 もしも僕の頭がよかったら母さんは僕を捨てなかった。


「お前本当とろいな。見てていらいらするわー」


 もしも僕の運動神経が良かったら学校で僕はいじめられなかった。


「お前が何考えてるのかよく分からん。なんで俺の子供が精神障害持ちなんだよ……」


 もしも僕の精神がまともなら父は自殺しなかった。


「本当お前は発達だな。この発達が!」


 もしも僕の脳味噌が正常ならブラック企業に入ることもなかった。


 僕の不幸は全部僕のせいだ。


 全部僕が悪い。


 全部、僕が。


「VRゲームをやってみませんか。VRゲームで症状が改善される患者さん多いですよ」


 精神科医にそう言われてVRゲームを買ってみた。


 タイトルはルナティック・オンライン。ゲームは贅沢品で子供の頃買ってもらえなかった。だからゲームは詳しくない。けど新しいゲーム程優れているのは分かる。だから店頭に並んでる新発売のゲームから面白そうだと思ったものを適当に選んで買った。


 ちょっとだけワクワクしながら家で起動した。けど、どうせ何も変わらないと心の底では思い込んでいた。自分は劣等者。欠陥製品。ゲームをやったところでその事実は変わらない。だからこれは酒や煙草と同じ刹那的なストレス解消にしかならないと思っていた。


 実際、現実は変わらなかったし刹那的なストレス解消であることも違いない。けど、それでも僕は、間違いなくルナティック・オンラインに救われた。


 そんなルナティック・オンラインがサービス終了するなんて思いもしなかった。

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