焦り

桜月零歌

焦り

 夏休みも終わり大学受験を一週間後に控えた俺、速水祐斗はやみゆうとはとても焦っていた。

 

 俺の通う学校は、指定校推薦の枠が一般的な学校よりも多いのだが、人気で有名な大学は当然のことながら競争率が高い。

 自分もそういった大学を志望しているので、周りに負けないようにと筆記試験に向けて猛勉強をしていた。

 

 にもかかわらず、昨日、親友の皆川翔太みなかわしょうたから「一生のお願いだから、明日の休日遊びに行くこう」と遊びに誘われてしまった。

 なぜこんな大事な時期にと思いながらも、一生のお願いだというので、俺は仕方なく了承することにしたのだった。


 

 翌日の昼、俺は集合場所である駅の改札口で翔太を待っていた。

昨日も晩御飯を抜いて遅くまで勉強していたからか、俺の目には隈が濃くついている。それに若干だるいような気がしていた。

夏休みに入った時からこんな生活をしているからか、直そうにもなかなか直すことが出来なかったのだ。


──翔太のやつ、早く来ないかな


と思って腕時計で時間を見ると、五分ほど集合時間を過ぎていた。


――自分から誘ったくせに遅いな。何かあったのか


 時間には厳しい翔太は、いつも集合時間の前にはついているはずなのにおかしい。

 俺は時間になっても来ない翔太を心配しつつ、スマホに入れてある単語アプリを見ながら待つことに。



それから十分後。


「ごめん、遅れた!」

「……やっと来た。お前が集合時間に遅れるなんて何かあったのか?」


 謝りながらこっちに駆け寄ってくる翔太に気づいた俺は、スマホを上着のポケットにしまってからそう返す。


「いや〜、ちょっと家の用事で忙しくってね」

「だったら、わざわざ今日にしなくても良かっただろ?受験が終わってからでも十分時間はあるはずだ」


 俺は大事な時期に遊びに誘ってきた翔太に、多少の怒りを覚えながら強い口調で言った。


「まぁまぁ、そんなにカリカリしないでよ。それより、映画の始まる時間まで後少ししかないから早く行こう」

「……それもそうだな」


 少しはぐらかされたようにも思えたが、公開時間まで後三十分もないのは事実だ。

俺と翔太は少し早歩きになりながら、映画館へと向かった。


 それから二時間後。映画を見終わった俺たちは、せっかくだからと隣接されているゲームセンターへと足を運んだ。


「んー、どこから攻めるか迷うな……。あ、そうだ!」


突然、翔太が何かを思いついたような声を出す。


「予め予算とタイムリミットを決めて、その範囲内でどれだけ景品がゲットできるか勝負しようよ!」

「俺は遠慮しとく――」


 俺は途中で口をつぐんだ。翔太は一度決めたことは何がなんでもやろうとする性格だ。ここで遠慮しても、こいつは百パーセントの確率でやろうと推し進めてくるだろう。

 かれこれ中学時代からの付き合いになるので、翔太がごり押ししてくるだろうと分かっていた俺は、面倒くさい事態を避けようと口を開く。


「――いや、なかなかに面白そうだからやってみるか」

「おっ、珍しく乗り気だね」

「まぁ、予算が決まってるんなら変に無駄遣いすることもないしな」

「だね」


 実際、俺の知り合いで一つのクレーンゲームに一万円も費やした奴がいるから、予算を決めてやるのは賛成だ。


「えっと、予算は四千円で、時間は今から三十分間で良いかな?」

「あぁ」

「それじゃあ、よーいスタート!」


 翔太が号令をかけると同時に俺は動き出す。

 このゲームは限られた時間の中で、手札というお金を使い切る必要がある。どこか受験と似ているなと思いながら、俺は真っ先に空いているクレーンゲームへと足を進めるのだった。


 

 そして三十分後、結果は翔太の勝ちだった。


「やったー!僕の勝ちだ!」


 流石はゲーマーだ。翔太が持っているビニール袋には大量の景品が入っている。


「おー、おめでとー」


 最初から勝ち目なんてないので、俺は棒読みで祝福の言葉を送る。

 そうこうしているうちに、予約していたカラオケの時間が迫っているのに気づく。

 元々、ゲームセンターに長居をする気はなかったので、俺たちは急いで店を出て、カラオケ店へと向かった。


 ゲームセンターから歩いて十五分のところにあるカラオケ店に入ると、休日だからか利用客でいっぱいだった。


「これは予約しておいて正解だったね」

「そうだな」


 俺たちは予約ブースのカウンターへと向かい、手続きを済ませて、カラオケを楽しんだ。


 

 そこから二時間ほど熱唱した俺たちは、カラオケ店を出て、ぶらぶらと街をほっつき歩いていた。

 歌ったことによって、日々のストレスがだいぶ発散された俺は、思わずスッキリ表情を浮かべてしまう。すると、隣を歩いている翔太から何やら視線を感じた。


「どうした?」

「いや、お腹空いたな〜って思って」

「確かにな。俺もカラオケで熱唱しまくったせいでお腹空いてるし、どこか入るか?」

「そうだね。なら、この先を曲がったところにお店があるからそこにしよう」


 歩いて歩道を右折すると、某ファーストフード店が見えたので、さっそく入ってみる。

 休日にもかかわらずお客さんの入りは少なかったので、自由に席が選べるらしい。

せっかくだから二階で食べようと翔太が言うので、俺はそれに合わせることにした。

 

 俺はドリンクとナゲット、翔太はドリンクとフライドポテトを注文して席につく。


「はぁ〜、疲れた……。でも、久しぶりに遊べてよかったよ」

「うんうん。たまにはこうして羽目外すのも悪くないよね。誘った甲斐があったってもんだよ」


 翔太のその言葉を聞いた俺は、とある疑問が浮かんだので言ってみる。


「そういえば、何でこんな大事な時期にわざわざ俺を遊びに誘ったんだ?」


 俺がそう問うと、何かを考えるように黙り込んでしまった。

何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのでは、と内心不安に思っていると、翔太が口を開いた。


「ほら裕斗ってさ、生真面目なところあるでしょ?だから、受験勉強とかも真面目に取り組みすぎて根を詰めてるんじゃないかなと思ってさ。どうせ、食事とか睡眠もロクに取ってないんだろうから、少しは気分転換になれば良いかなと思って誘ったんだよ」


 俺は翔太のその言葉を聞いて、図星を突かれたような気分になった。

どうやら翔太には見抜かれていたらしい。確かに彼の言う通り、受験に必死になりすぎて食事や睡眠を削った生活を続けていた。

 長年の付き合いのせいか、翔太にはそれが分かったようで、俺の言葉を聞いて「やっぱりね」と呟いている。

 それから俺は申し訳なさと恥ずかしさで何も言えなくなり、しばらく沈黙が続いた。


 気まずい空気が流れる中、翔太が沈黙を破る。

 

「……兎に角、今日から受験までの間はあんまり無理しない方が良いよ。受験当日に体調崩したら元も子もないからね。目の隈も酷いから当日までにはなんとかしておいた方が良いよ」

「確かにそうだな。わざわざありがとう」

「どういたしまして。……それじゃあ真面目な話はここまでにしてゲームの話でもしようか」

「あぁ」


 しばらく他愛もない話を続けていたが、明日は学校だから解散しようということになったので、俺たちは集合した時と同じ改札で別れた。


 

 そして、受験当日。有名大学なだけあってか、会場には千人は超えるであろう受験生たちが集まっていた。

 俺は人ごみの中、自分の席を見つけて座る。

 試験開始は九時半だからまだ時間があると思った俺は、最終確認のために単語帳をカバンから取り出した。

 これでこの単語帳とにらめっこするのも最後になるだろうと思い、隅々まで目を通していく。

 

 翔太と遊びに行ってから一週間。俺は生活習慣を一度見直して、ちゃんと食事と睡眠をとるようにと心掛けていた。

 目の隈や身体のだるさも改善されたのか、今日はすこぶる体調が良い。

単語帳の文字もすらすら頭に入ってくるのだ。今の自分なら試験の方も大丈夫だろう。俺はそう思いつつ、単語帳のページを捲った。

 

 あっという間に時間は過ぎ、試験開始まで残り一分を切っていた。試験監督者の説明も終わり、みんな試験が始まるのを今か今かと待っている。

 ちなみに、俺が受けるのは国語と英語だ。百五十分の中で、国語と英語の全ての問題を解かないといけない。

 

 ふと顔を上げて周囲を見渡してみると、緊張からか、そっとため息をつく人やそわそわしている人が見受けられた。肝心の俺はというと、そこまで緊張はしていない。もうどうにでもなれという思いが芽生え始めていたからである。

 

──早く終わらせてさっさと帰ろう。

 

 俺は時計の針を眺めた。もうすぐでチャイムがなるだろうと思った瞬間、時計の針が九時半を指した。それと同時にチャイムが受験会場に鳴り響く。

 

「それでは始めてください」


 試験監督者から試験開始の号令が出された。

一斉にペラペラと問題用紙を捲る音とシャーペンの音が会場に鳴り響く。

俺はその音を耳にしながら、問題を解いていくのだった。

 

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焦り 桜月零歌 @samedare

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