第6話 世界への第一歩 おそと編
今日はベビーカーで近くの公園へ行くそうだ。
公園デビューというやつか。
近所の奥様方や、ぼっちゃん、お嬢ちゃんと仲良くせねば!
ママンのヒエラルキーがわからないから、とにかく足を引っ張らないように気をつけよう。
たしか、うちは中級家庭だったな。
俺もの魔力も中級だしな。
中級スマイルの練習をしておかなければ!
中級スマイルってなんだ!?
まぁ、いいや。
俺赤ちゃんだし、自由にしとこ。
「おはようございます。ブロンコ様。いい天気ですね。先日は主人がお世話になりました」
おっと、様付けで呼んでいる。
上級家庭様のおでましか。
中級スマイルの登場だ!
へりくだったような顔をしておこう。
「あら、ごきげんよう。こちらこそお世話になりました。マナ抽出のノルマ達成にご貢献いただいたそうですね」
「いえいえ、とんでもない。ブロンコ様には、いつもよくしていただいているお陰で、気持ちよく働けていると主人から聞いてます」
マナ抽出?あぁ、パパンの勤務先がたしかそんな名前だったな。
「ありがとうございます。主人にも伝えておきますね。そういえば、先日のマナ暴走未遂の話は聞かれましたか?」
「いいえ、聞いておりません。なにかあったのですか?」
「いえ、どうやら、計測器の故障だったらしいのですが、とんでもない量のマナが消費されたのではないかという測定結果がでたらしいですわよ?」
「そんなことがあったのですね。主人からは聞いておりませんが、それはひょっとして、ブロンコ様がご解決なされたのですか?」
「いえ、主人は報告を受けただけで、計測器の確認はご主人のアルデウス様がされたそうですよ?」
おっと、やっと家名を知ることができた。そうか、俺はライラック・アルデウスか。
悪く無いな。
やっぱ、家の中に居てるだけだと家名を使わないから知るのが遅くなってしまったな。
「そうだったんですね。うちの主人は何も教えてくれませんね。後でイヤミの一つでも言っておきます。教えて下さってありがとうございます」
「お気になさらないで下さいね。きっと大したことではなかったのでしょう。そちらのお坊ちゃんのお名前を伺ってもよらしいですか?」
「これは遅くなりました。ライラックと申します。お見知り置きを。」
「すてきなお名前ですね。うちの子とも仲良くしてくださいね。」
「ええ、もちろんです。学年はうちの子がひとつ下ですね。また、学校でもお世話になるでしょうね。よろしくお願いいたします」
「それでは失礼しますね」
その後、他の中級家庭や下級家庭の奥様方と顔見せ程度の会話をして、家路についた。
道中、ママンが「疲れたぁ」とぼやいていたのは聞かなかったことにしよう。
どうやら、改まった話し方をすることが疲れたらしい。
たしかに、普段のママンとは雰囲気が違ったな。
肩の凝る思いをしたのだろう。
家に帰ってからはグズらないようにしよう。
昨日の散歩に続いて今日もお出かけらしい。
車でお出かけするそうだ。
ドライブだ。
俺は車の運転が好きだ。
ハンドルを握ると性格が変わるとよく言われる。
どうも、ギリギリを攻めたくなるようだ。
ドリフトはできないが、いつも頭の中はDの一文字が思い浮かぶ。
どれ、パパンのドラテクを見せてもらおうかな。
(おっ!)
駐車場へ行くと、白のSUVが停まっていた。
ガッシリしたパパンの体にSUVが似合っている。
パパンは家のコンセントに接続していたプラグをはずし、コードを車の中へしまった。
すごい!
プラグインハイブリッドだ!
運転したいなぁ!
文化水準は地球と似てると思っていたが、まさか、車は負けてるんじゃないか?
地球では家庭用コンセントで充電なんてできないはずだぞ!?
「あら、ライったらこんなに真剣に見つめちゃって、自動車に興味があるのかしら?」
「そうだなぁ、男の子は好きなもんじゃないかな?」
だっこしながら言ったママンにパパンが返事をした。
「そうかしら?アースは全く興味が無いのか、今日も勉強するって言ってたわよ?」
「そうだなぁ、せっかくの休みなんだし、一緒にドライブしたかったなぁ。まぁ、アネモネは来てくれたからよかったな」
「そうね。あの子もやっと家族と馴染んできたものね」
「そうだな。ゼルエルから連絡があった時は、急過ぎて驚いたもんな」
「ええ、半年ちょっとで心を開いてくれて安心したわ。あ、来た来た。アネモネー!こっちよー!」
ちょ、タンマ!
な、なんて!?
やっぱりアネモネは居候だったんだ。
それで?ゼルエル?という人の娘なのかな?
ずっと気になってたことがやっと確定した。
すると、アネモネがやってきた。
「はーい。遅れてすいません」
「いいよいいよ。ちょうどアンタの話をしてたのよ。一緒にお出かけしてくれてよかったってね」
「そ、それは、ライも行くって聞いたから…」
「あぁ、そうだね。アンタはライが大好きだもんね。この前の絵本読んでくれてたの見たよ?しっかりお姉さんしてくれてるんだね。ありがとう」
「い、いえ…」
「ドライブ、楽しく行こうね!ライもアンタが笑顔の方が喜ぶよ?」
「そうですね。わかりました」
「もう、その敬語もやめなさい?私たちのことは家族だと思ってほしいもの。」
「そう、ですね。でも、お父さんとお母さんがどうなったか分かりませんし。」
「心配だろうけど、連絡が無いのだからどうしようもないでしょ?」
「うん。そう、です…だね。ここまで親切にしてもらって、感謝しています。家族のように受け入れててくださるのなら、甘えることにします」
「また敬語。まぁ、急には無理よね」
「とにかく車に乗りましょう?」
「うん」
そして、兄を除く4人で乗車すると車は走り出したのだった。
外の景色を見るに、どうやら目的地は海のようだった。
家のカレンダーでは9月と書いてあったので、遅めの海水浴だろうか?
すると車内では先ほどの会話の続きになっていた。
「アンネさん、私の両親から連絡がないと言っておられましたが、連絡の手段はあるのですか?」
「あぁ、気になるよね。一応、マジックフォンの「ユニゾン」メッセージアプリで連絡をやり取りしているわ。アンタがうちに来ることになったのも、そのメッセージがきっかけだったんだよ」
「そうなんですね。それがこの半年は連絡がないわけですね」
「そうだね。ゼルエル…アンタの父親は私たち夫婦のよく知る人物だし、急だったけどアンタを預けに来た時はしっかり頭を下げられたからね。私もそんなに薄情な人間にはなりたくないからね。」
「そうだったんですね…」
しばらく沈黙が車内を支配した。
重苦しい空気だった。
しかし、内容は興味深い内容だった。
恐らく、アネモネの両親は、何かの事件か事故に巻き込まれている可能性が高い。
さっきから一言も話さず渋面を作っているパパンのことも気になる。
何か知っているのかもしれない。
さて、ここで俺の切れるカードは…。
「ぴえーん」
行動選択肢の3番「泣く」を選択した。
「あら、ライ、難しい話でごめんねぇ。楽しい話をしましょうね。あ、そういえば、エルバー、あなた、この前の測定器誤作動事件で大活躍だったそうじゃない?昨日、ブロンコ夫人から伺ったわよ?何か隠し事をされてる気分になったわ!」
「あぁ、そんな大した話じゃなかったから言わなかっただけだよ。ブロンコさんは、からかいたかっただけだろ?」
「そうでしょうけど、私の知らないあなたを他の女に語られるのは、いい気分じゃなかったわ」
「あぁ、そうだな。それは悪かった。大したことではなかったんだが、先週の誤作動は桁が違ったからな。なんせ1人が1分で100万mpものマナが抽出したと表示されたからな」
「え!?それって魔速100万ってこと?ムチャクチャじゃない。龍脈は枯渇しなかったの?大事件じゃないの!?」
「だから、あれは誤作動だから問題ないんだ。計測器は反応したけど、実際にマナが消費された形跡はなかったんだ。それをブロンコ部長に報告に行ったのが俺だったんだよ」
「そうだったのね。でも、誤作動に気づいたのがエルバーなんだったら、私は知りたかったわ。これからはエルバーのカッコいいところをもっと教えてね」
そう言うとママンは運転しているパパンの頬にチュッとキスをした。
まだまだ2人はラブラブ期間のようだ。2つの茶髪の頭がピッタリくっついている。
弟か妹ができる日も近いだろう。
その後、後部座席のチャイルドシートに座っている俺の額にアネモネもキスをした。
いや、張り合わなくてもいいからね?
まぁ、嬉しいからいいけど。
というか、昨日の話は先週のことだったんだ。
俺の魔力暴走が影響してたりして?
確か、国を水没させたってさらっと言われたもんな。
見えてる範囲が家の中だけだから、あんまり実感はないけどね。
あ、それか、天使アリエルの時間の巻き戻しのほうかな?
あんなムチャクチャな魔法使ったらマナも大量にいるだろうし。
まぁ、100万mpがどれほどなのかもわからないから、なんとも言えんが…。
でも、巻き戻しだから使ったことにはならないか?
それなら、俺の暴走も巻き戻したしな?
あ、だから誤作動という結論になったのか?
するってーと、俺は魔速100万のありえないと言われる魔力があるというのか?
それが本当だと、とんでもない転生特典だな。
ママンがすごいって言ってるからすごいと言ってるが、どれだけすごいのかはわからんが…。
まぁ、いいや。
とにかくすごいのだろう。
どっちにしろ使ったらダメと言われている以上、無いものと同じだ。
仮説の上の仮説だし、話半分くらいで聞いておこう。
俺は、俺の力で成長しよう。
そして世界一になろう。
しばらく楽しいおしゃべりをしていると、目的地の駐車場に到着した。
やはり海へ来たらしい。
俺はパパンにだっこされて海辺を歩いていく。
「この辺りでいいかな?」
パパンがつぶやくと、杖を構えた
〈サンドフォートレス〉
呪文のようなものを唱えると、辺りの砂がテントのような形に形成されていく。
〈レッサーレイン〉
テントの上に小さな雨雲が現れ、テントの上だけ雨を降らせた。
〈フローズンウォーター〉
みるみる濡れたテントが凍っていく。
おぉ、魔術だ。初めてみた。
ここまで長かった。
パパンすごいな。
「どう?ライ?あなたのパパはすごいでしょ?中級のなかでも成績がいいのよ?」
「あはは、よしてくれ。まだ0歳の赤ちゃんに得意げになるほど、幼くないよ」
「エルバーさん、すごいです」
「お、アネモネに褒められるのは素直にうれしいなぁ。ありがとう」
「何よ?私じゃ不満なわけ?」
「そんなことないよ。アネモネは普段はあまり話してあげる時間がないからだよ」
「それなら許したあげる。あなたもカッコつけるためにわざわざ呪文名の詠唱したんでしょ?」
「いや、あれはだな、術式の付与された杖を使っても詠唱することでスムーズに魔術が展開できるという論文があってだな…」
「はいはい。そういうことにしといてあげます」
「ぐぬぬ」
確かに、術式を付与した杖を使うってアリエルも言ってたな。
今の話の感じだと、杖なしでも長文詠唱をすれば魔術が使えるのかな?
ぜひ、調べてみたいな。
杖に術式を付与するところも見学したい。
さて、テントの入り口を布で覆って、中を隠すと更衣室の出来上がりだ。
周りは凍っているので、ひんやりする。
赤ちゃんの体力でも残暑の厳しい9月初旬の気温でも快適に過ごせる。
水着に着替えた後、海で遊んだ。
そして、日が落ちた頃、花火大会が始まった。
花火大会が終わるとアネモネがつぶやいた。
「きれい」
すると俺も言った。
「ほんと、きれいだな。アネモネと見られてよかったよ」
一同がバッと音を出して振り返り、俺を凝視した。
ヘタクソな口笛で誤魔化そうとしたが、余計に不自然だった。
どうやら、声帯の成長は思ったより進んでいたようだ。
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