【書籍試し読み増量版】理不尽に婚約破棄されましたが、雑用魔法で王族直系の大貴族に嫁入りします!1/藤森かつき

MFブックス

第1章 理不尽な婚約破棄と一日だけの婚約者(1)

 華やかな衣装を身につけ侍女に見守られながら、マティマナ・ログスは馬車を待っていた。

 夜会に共に参加するため、婚約者であるザクレス・ジェルキが迎えに来ることになっている。

 やがて馬車は来たが、扉は開かず、ザクレスは窓から紙を放った。

「お前とは、婚約破棄だ」

 ザクレスは冷たい声で吐き捨てるように言う。

「なぜです?」

 驚きで、他に言葉が出ない。仕方なく婚約破棄の証書らしきを拾った。せめて理由が知りたい。

「知ったことか。じゃあな」

 ザクレスの隣には豪華に着飾った美人が乗っている。

 理由も告げず婚約破棄の証書だけを残し馬車は走り去った。拾った証書にも理由は書かれておらず、ただ婚約破棄するとだけ書かれていた。おそらく馬車に一緒に乗っていた美人で裕福な貴族と婚約するのだろう。

 ザクレスは親同士の決めた婚約者だった。富豪貴族の仲間入りをしたいマティマナの父のたっての願いだ。父の悲しむ顔を思うと苦しい。

 マティマナはしばらくぼうぜんと立ち尽くしていたが、今夜のライセル家の夜会には、自分にも正式な招待状が来ていることを思い出した。下級貴族のマティマナに正式な招待状が来ているのは、ひとえに富豪貴族ジェルキ家令息の婚約者だったからではある。

「あ、でも、これ、かすわけにいかないわね」

 ライセル家は、王族直系の大貴族。マティマナ個人へと宛てられた正式な招待状をにはできない。マティマナは気を取り直し、使用人に頼んで馬車を用意してもらった。


 ログス家の面々は、昨夜からライセル家の裏方として働きに行っている。ライセル家くらいの大貴族ともなれば、臨時雇いの働き手として下級貴族の者を使う。

 ログス家は、夜会などの手伝いに呼ばれることが多かった。

 マティマナもライセル家の裏方を何度か手伝っている。

 ライセル家に着いたら、家人と合流しようか。それがいいかな。マティマナは自分に言い聞かせながら馬車に揺られた。

 今夜の夜会は、ライセル家のおんぞうが婚約者捜しの旅から戻ってお披露目するらしい、と、極秘の情報が出回り、内々でうわさになっている。

 手伝いに駆り出されるログス家としては、そういう情報には事欠かない。

 ライセル家の門で馬車を降り受付を済ませた。馬車は奥へと誘導されていく。マティマナはぽつんと残された。城の夜会会場に、ひとりで入るのは気がひける。

 マティマナは門から城へと続く庭園を、とぼとぼ歩いた。春も終盤だが、ライセル城の庭園の花は美しく咲き誇っている。

 家人は、昨夜から泊まり込みだ。そちらに合流するつもりだったが、マティマナは夜会用の衣装で、髪も結って飾っているから裏方仕事はちょっと無理だと遅れて気づいた。

 だが、つい、庭園に転がっている小さな食器を見つければ、ほとんど無意識に魔法を使ってちゅうぼう横の洗い場へと届けてしまう。すでに裏方の手伝いに入っている気分だ。

「いけない。雑用魔法は隠せって言われていたわね」

 マティマナはひとち、きょろきょろと周囲を見回して誰もいないことにホッと胸をで下ろす。

 そんな端から、ついゴミを見つけてしまい、やはり片づけるために裏方のゴミ箱のなかへと魔法で届けた。マティマナが使えるのは雑用魔法だ。ゴミを片づけたり、小さな繕いものをしたり、ちりを除去したり、床の汚れをぬぐったり、着衣の乱れを直したり。

 両親からは「雑用は使用人の仕事です。それを魔法で行うなんて言語道断! 貴族がそんな魔法を使うなんて醜聞が立ったら取り返しがつきません。絶対隠しなさい」と、厳命されていた。

「ひとりなんだ?」

 不意に声をかけられ、マティマナは、ビクゥッ、と、小さく身体を跳ねさせた。

 見られてた?

 声のほうへと視線を向けると、旅装束のような格好の青年で、何やら心配してくれている気配だ。親しみやすい笑みを浮かべているので、ちょっとあんした。

「ええ。婚約者と来る予定が、直前に婚約を破棄されてしまって。裏方のお手伝いに回ろうかと、悩んでいました」

 ライセル家のお客様かな? いや、裏方の誰かだったかしら?

 マティマナは首をかしげながらも、ずっと悩んでいたので、ついつい見知らぬ青年に事情を話してしまう。

「そうだったんだ。急なことだね」

「お金持ちの貴族と、ずっと二股かけられていたみたい」

「こんなれいなひとを振るなんて、見る目がないね」

 しゅんとしているマティマナへと、青年はいたわるように言ってくれた。

「そうだ! もしよかったら、今日一日、僕の婚約者のフリをしてくれないかな?」

 僕も困っていたんだ、と、にっこり笑みを向けられた。なかなか爽やかな笑みだ。

 もしかして、願ってもない話なのではないかしら?

 マティマナは、なんだかホッとした気分になっていた。それなら安心して会場へと入れる。もう婚約者はいなくて自由の身なのだから、何も問題はない。

 長い金の髪に青い眼の笑顔が素敵な青年に、ちょっとかれてもいた。一晩、彼の婚約者としてライセル家の夜会をたのしむのもいいかもしれない。

「わたしでよろしければ喜んで。わたしマティマナ・ログスです」

 丁寧な礼をして名乗った。

「僕は、ルー。じゃあ、ちょっとこっちに来て」

 ルーと名乗る青年はマティマナの手を取ると、庭園から別邸のほうへと向かう。

 ひそかに警護をしている騎士たちは、敬礼する気配でシャキッと立って見守ってくれていた。


 どういうわけか、マティマナは妙に豪華な別邸で着替えさせられていた。次から次へと侍女がやってくる。薄茶の髪は結い直され、派手な頭飾りがのせられた。

 衣装も、見たことのない豪華さだ。薄絹に豪華刺繍ししゅうの厚絹を重ね着させられ、派手な帯には宝石の飾り。

 頭が重い。羽根飾りの扇を持たされ、袖飾りも透かし織りの華やかさ。

 鏡を見せられると、控えめだけれど綺麗な口紅。吃驚びっくりするほど宝石で飾りたてられ、困惑した緑の瞳が揺れている。

 豪華な衣装には上品な香がき染められていた。

 マティマナは念のため、婚約破棄の証書を懐に隠し持つ。

「わあ、やっぱり、とても似合うよ。すごく綺麗だ。じゃあ、行こうか」

 ルーは、さっきまでの旅装束から、金糸の刺繍が大量に施された豪華な長衣に着替えている。長く綺麗な金の髪は、首の後ろで宝石飾りにひとまとめにされ、襟元は大きな宝石のまった宝飾品が輝いていた。すさまじく似合っている。

「ルーさま、とても素晴らしいお姿です!」

 どこかの富豪貴族だったのかしら? と、マティマナは驚きに瞳を見開き、感動した声をあげていた。

「ありがとう」

 ルー青年に手を取られ、渡り廊下から夜会会場へと向かう。

「ルードラン・ライセル様、ご入場です! お告げどおり婚約者を得てのご帰還にございます!」

 夜会会場へと足を踏み入れる直前、会場のなかで、そのような声が響き、どよめきが起こっているのが聞こえていた。

 まあ! ルードランさまが婚約者捜しの旅から戻ってお披露目って本当だったのね。と、マティマナは噂が事実だったことに驚いている。

 ルードランさまは、どんな方なのかしら? お告げで見つけたという婚約者さんも、会場に入ればきっと見ることができるわね。

 ルーに連れられ、いそいそと会場に入っていくと、夜会に集まる者たちの全視線が一斉にマティマナへと注がれた。

「ルードラン様!」

「ルードラン様!」

 あちこちから、マティマナの隣の青年へと歓喜めいた声がかけられている。

「え? ルードランさまでしたの?」

 マティマナは、手を取ってくれている隣の青年を見上げ、思わず小声でいた。

「そう。ルードランは僕だよ」

 驚きと困惑で動揺しているマティマナへと、にこりと笑みを向けて小声で告げる。

 ひゃぁぁっ、うそでしょ? 気が遠くなって倒れそうだったが、刺さるような視線が注がれているので、必死に耐えた。

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