第6話 ジム活で無遠慮な寛茂とこっそりカップル

 終業後、三人は浩和おすすめのジムにやってきていた。全国展開をしているだけあって、大きな施設である。


「料金設定もそこそこ、マシンは充実している。自分でどこをどう鍛えるのか分かっている人間ならば、ここで十分だろうな」


 そう言いながら、浩和は祥順用の室内靴を借りていた。レンタル品専用の棚が用意されていて、そこから借り受けるのである。ちょうど良いサイズの靴を見つけたらしく、渡してもらう。

 当然のように受け取るその瞬間になってようやく、いつの間にか靴のサイズまで知られてしまっていた事を理解した。寛茂にそんな親密さを気が付かれたら邪推されるのではないか、とほんの少しだけ不安になった。


 社内での日常でも普通の友人関係よりも近付きすぎているのでは、という事がたまにある。ネタにされる程度には親しすぎると周知されているものの、事細かにつついてくるような人間は今のところいない。

 だから基準がずれてきてしまっているように思う。

 ちらりと寛茂に視線をやれば、彼はにこっと会釈してきた。視線を逸らすわけにもいかず、そのまま会釈を返す。


「鍛える必要なんてなさそうですが……滝川さんも必要ないのにやってるので、もう趣味の域なんでしょうね」

「ほら、男によくある“より強く見せたい”みたいな感じですよ。周囲よりも一つ突飛出たものが欲しくなる奴。それは人によって違うと思いますが、ある人の一番になりたい、とか。誰よりも良い業績を残したい、とか。まあ、女性にも当てはまるか。とにかく人間の持つ欲求の一つですね。

 俺の場合は、昔鍛えてたから、それに比べるとずいぶんたるんじゃって気になってしまったんで、栗原さんがおお、と言うような肉体に仕上げてやろうと」

「うん……?」


 突然出てきた上司の名に、祥順は首を傾げた。それに、言っている事がおかしい。強く見せたい思考の進む先にどうして千誠がいるのかが分からない。


「俺、思ったんすよ。一つでも誇りに思える事がれば、自信に繋がるなって」

「自信」


 全くもって、脈絡が掴めない。浩和を先頭にして更衣室へと移動しながら、祥順は困惑しつつ寛茂の主張を聞いていた。


「今、栗原さんにいろんな事を教えてもらってるんですけど、こう……何て言うか、栗原さんのすごさと自分の至らない事を実感する毎日で。だからこそ、少しでも良い姿を見せたくて!」


 やや興奮しているらしい。どんどん声に力が込められていく。


「俺が、ただ駄目な男じゃない事を証明したい!」

「気持ちは分かったので、静かにしてください」

「あっ、すみません」


 さすがに声量が上がり、周囲の迷惑になるところだった。祥順が窘めると、彼はしゅんと小さくなった。まるで叱られた犬のようである。


「とにかく、俺の取り柄で栗原さんに自慢できそうなのってこれくらいしかないんでっ」

 今度は小さく叫ぶように言った。

「まあ、その気持ちはこれから発散しような」

 浩和が更衣室の入り口で寛茂の肩を叩く。寛茂ははっとした顔でしてから、意気揚々と中へ入っていった。


「やる気満々だな」

「そうみたいですね」


 張り切りすぎて怪我しなければ良いが。そんな事を考えていると置くから声が飛んでくる。


「早く着替えましょう!」


 はしゃぐ寛茂の声が二人を引っ張った。二人は顔を見合わせてから苦笑し、声の元へと早足で動くのだった。

 二人が追いついた時には、既に寛茂は自分の肉体を惜しげもなく露出していた。つまり、パンツ一枚だけになっていた。


「ほら、二人も脱いで」


 脱いで、と促す自分はスポーツウェアを着る様子はない。戸惑いながらも着替えをするべく、祥順はもちろん浩和もスーツに手をかけた。なぜか寛茂はそのまま二人が脱ぐのを見守っている。


「おお、梶川さんって意外ですね!」

「は?」


 祥順が声を上げたのと、寛茂が接近してきたのはほとんど同時だった。勢いよく近付いた彼は、そのまま祥順の腹を触る。


「ぜんっぜん鍛えてないのかと思ったら、何ですか。鍛えてるじゃないですか!」


 べたべたと、遠慮なく触ってくる。体温が高いのか、彼の手のひらは熱いくらいである。何なんだこいつは、と浩和の方へ視線を向ければ、浩和は相当驚いたらしく目を見開いて固まっていた。

 いや、自分だって驚いている。ただ冷静なだけで。


「少しくらいぽっちゃりとしてるのを想像してたのに、こんなイケメンな身体してるなんてすごい」

「いや、あの。伊高さん?」


 うっすらと見えている腹筋を辿ったりし始めた。性的な触り方ではないにしても、さすがに止めてほしい。


「えっ、何ですかこの肌触り! めっちゃ――」

「いい加減にしろっ」


 べりっと音がしそうな勢いで背後に引っ張られた。背中に体温を感じ、浩和に抱きしめられるようにして寛茂から引き離されたのだと気が付いた。

 ほっとして力を抜く。触れ合う面積を広げるように浩和の方へこっそりと体重を預けた。


「カジくんが減る」

「ええ、ずるいです!」


 かばってくれたのは嬉しいが、何だその言い方は。祥順は浩和が失言するのではないかと気が気でなかった。声色からして、とてもお怒りの様子。

 寛茂があまり気にしているように見えないところが、もっと恐ろしい。


「だめだ。そんなに男の身体が触りたいなら俺を触れ。カジくん。今の内に服着て」


 浩和はさっと祥順を自分の背後に隠すと両手を広げてみせる。


「おおっ、滝川さん。前の時より育ってるじゃないですか!?」


 寛茂はターゲットを祥順から浩和に変え、浩和の身体を触り始めた。そそくさと居心地悪そうに着替えながら、テンションのおかしな寛茂を見る。……俺達、何をしに来たんだっけ。そう祥順に思わせるくらいに、変な方向へ話が進んでいた。


「お前も、こうなりたいんだろ? だったら早く服を着てトレーニングしに移動するんだな。俺達の身体を触ったってお前の筋肉は育たないぞ」

「急ぎます!」

「ああ。そうしてくれ」


 寛茂は自分の荷物を入れたロッカーへと向き直り、いそいそとウェアを着始める。そんな彼を見ながら溜息を吐いた浩和は、振り向きざまに祥順に口付けた。ぎょっとした祥順だったが、浩和の機嫌が直っているのを見て、寛茂に見られていないならまあ良いか、と浩和の首筋に口づけをお返ししてやるのだった。

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