第9話 依頼


「連行しろ!」


 男の言葉と共に三人の若者がこちらに歩み寄ってくる。真ん中歩く男の左腰には身幅の細い剣が鞘に収まっており、いつでも剣を抜けるようにこちらを警戒していた。


「抵抗しないでくれると助かるって言っても動けないか……。悪いことは言わないから大人しくしてろ」


「そうそう。あなたの素性が分かれば解放されるから」


「ってか何でダンジョンカメラを持たずにダンジョンに入ったんだよ」


 真ん中の黒髪の短髪男の言葉に左右にいる二人の男女が続く。同じく黒髪の長髪の女は筒のような物をこちらに向けており、残る一人の茶髪の男の手には槍が握られていた。


 その言葉を信じるなら彼らは警邏の人たちなのだろう。突然現れた俺を調べにやって来たようだが……。


「君には色々取り調べを受けてもらう。それまで魔法は使うなよ」


「魔法なんて使えないぞ」


 槍を持つ男の言葉に短く返す。すると槍の男は驚いた様子で呟いた。


「何だと? 覚醒者じゃないのか。そしたら少しまずいな……。性能次第ではあんたの持つ大剣。国に取り上げられるかもしれないぞ?」


「どう言うことだ?」


「あの大剣はダンジョンからドロップしたんだろ? ドロップ武器にもランクがあってな、Aランク以上のドロップ武器は所持資格を取らないといけないんだ」


 槍を持つ男はそう説明する。俺がいたところでも身の丈に合わない武器を持っていた者がいれば、追い剥ぎにあっていたりしていたから、どこの世界も同じなのかもしれない。

 あちらでは襲いかかって来た者達を皆殺しにすれば襲ってくる数も徐々に減っていった。


「そうか……なら殺すか」


 資格がないと言うのなら力を見せつけてやればいい。そんな考えで発せられた言葉だったのだが周囲には効果覿面だったようで……。


 こちらに歩いて来た三人の若者が大きく背後に跳躍する。そして俺から一瞬漏れ出た殺気に反応して幾人もの人達が腰を抜かした。


 静まりかえり、ピリリとした緊張感の中、最初に声を上げたのは理紗だった。


「絶対殺しちゃ駄目! あなたがいた世界とは違うのよ?」


「大人しく相棒を奪われろと? そんな馬鹿みたいな話承諾出来るわけが……」


「──エアリアル!」


「何でお前がその名を……」


 それは俺がいた世界の名前だ。この世界にも知れ渡ってる? 詳しい話を聞いてみないと分からない。


「お前じゃなくて理沙って呼んでって言ってたでしょ? あなたの聖剣なんだけど多分預けても大丈夫。誰にも扱うことが出来ないって分かった時点で戻ってくるわ。色んな人に見られているしね」


 理沙の言葉を信じるなら預けた方がいいのだろう。面倒ごとを避けるためには所持を認めてもらった方が一番楽だ。だがしかし、理紗はさっき会っただけの仲。そこまで信頼できるほどの間柄ではない。


「──政府の犬がこんなところで何をしてる?」


 声の先にはこちらに向かって統一性のない服装をした集団がこちらの様子を伺っている。そして先頭を歩く全身真っ白な衣服を纏っている麗人がタバコを咥えながらこちらに歩いて来た。


「この男の身柄はうちらが預かる。ダンジョンで起きた問題はギルドの管轄だ」


「──何を勝手な!」


「政府の連中がギルドの領分に首を突っ込むと言うのならこちらも考えがある。そのつもりで発言するようにしなよ……」


 白い衣を纏う女性の言葉に、先程の中年の男性が食ってかかろうとしたが、女性の忠告に口を閉ざす。


「撤収だ! 後は上の指示を仰ぐ!」


 同じような防具を纏っていた集団はその言葉でいそいそと離れていった。そして大きな箱のような乗り物に乗り込むとゆっくりと進んでいく。

 ……遅いな。あれだったら走った方が早いだろうに。


 タバコを咥えた女の仲間は遠巻きにこちらを見ている。そしてこちらに向いて何かを喋ろうとした瞬間、紬が女性に抱きついた。


「師匠! 引きこもりの師匠が何でこんなところに?」


「……酷い言われようだね。うちも用事があれば外にも出るさ」


 白衣の女はタバコを手に取って、抱きついた紬に灰が落ちないようにする。

 そして紬から離れると後ろで一つに束ねられた茶髪をふわりと揺らしてこちらに身を寄せる。


「いつでもうちを殺せるように身構えてる……。結局お前は変わんなかったんだな勇者」


「誰だお前は?」


 俺の過去を知っているかのような言葉を口走る女に警戒を強める。女はタバコを握りつぶし、俺の耳元に顔を寄せる。


「……あんなに逞しいもので貫いてくれたのに、うちのことを忘れるなんて酷いじゃないか」


「──ここに来た用件を教えてください! ギルドの幹部であるあなたがわざわざ出てくる何て普通のことじゃないんでしょ?」


 理沙が間に割って入ると怒髪天をつくような勢いで問いかけた。


「少しぐらい楽しんでもいいだろ……。でないと口が滑っちゃうかもしれないな?」


「良いですよ」


 白衣の女の脅しに理紗はあっさりと許可を出す。求めていた返答ではなかったのか、白衣の女は少し固まると……。


「だってこいつ勇者だぞ?」


「今の私の名前は北条理紗です。その称号は私には関係ありません」


 交差する視線。白衣の女は諦めたように離れるとこちらに紙束を放り投げる。


「それはうちが出す依頼の前金だ。勇者、お前に一つ依頼を出す。受けてくれるか?」


「……結構な大金よ。それ」


 白衣の女の言葉に迷っていると、理紗が小さな声で教えてくれる。

 ……まあ、いいか。魔王を見つけるまですることもない。


「依頼の内容は?」


「探索者としての登録。費用はこちら持ちだし、有事の際はダンジョンカメラ無しでの探索も認める」


 その依頼内容は拒否する理由もなかった。

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