第32話 夢

 俺は今、体を縛られている。

ロープでは無く、腕でガッシリと……

言い換えると抱かれているという事だ。

前から抱かれている訳じゃあないのが不幸中の幸いだ。

受け流すと決意したものの、少し無理があるかも知れない。

今は、取り敢えず理性を保つ事に尽力しよう。


「っぐ?!おい!首を締めるんじゃあ無い。」


天羽がいきなり、首を締めてきた。

気が触れたのだろうか……


「いっその事さ、一緒に死んだ方が良いんじゃあない?」


「はぁ?!正気に戻れよ!!まだ死ぬ時じゃあ無い!」


視界がどんどん狭まって来た。

喉が圧迫され声が出しにくい。

まずい……このままだと意識が……

その途端、呼吸が出来るようになった。

天羽が手を緩めてくれたのだ。

危なかった……あのままだったら天羽が殺人犯になっていた。


「……私、何て事を……」


「ま、落ち着けよ。俺は死んでないんだ。」


天羽の呼吸は乱れていた。

それに対して俺は酸素を求めて深呼吸をした。


「もう寝ろよ、寝たら全て忘れられる。」


俺はそう言い、天羽に背中を向けた。

理性を保つとか保たないとかもうそんな余裕は無かった。

もう考えを捨てて眠ろう。

最近、色々とありすぎた。

異性が隣りに居てもぐっすり眠れるだろう。

不意に天羽が手を繋いできた。

天羽の体温が伝わってくる。

俺はその手を引き剥がすこと無く、意識を手放した。


 また、俺は夢を見た。

最初にいたのは赤い部屋だ。

真紅に染まった壁は血を彷彿とさせる。

いや、血なのかもしれない。

ピチャリ、ピチャリと何かが滴る音が聞こえる。

俺は真紅のドアを開け外に出た。

外にあるのは果てしない廊下だった。

しかも、壁と同様全てが真紅だった。

怖い夢だなと思った刹那、目の前にナイフが現れた。

ナイフは俺の頬をかすった。

ツーとそこから血が流れる。

それは床に落ち、同化していく。

俺はナイフが飛んできた方向を見据えた。

しかし、そこには何もなく、真紅が広がっている。

俺は反対方向に走り出した。

嫌な予感がしたのだ。

また、後ろからナイフが飛んできた。

俺はそれを躱し、走る。

俺は殺されたくない一心で無我夢中に走った。

夢の中なので体力に限界は無い。

恐らく、無限に走れる。

俺は走り、走り、走った。

そして、俺は空を飛んでいた。

正確には、落ちていた。

いきなり、広い廊下が渓谷に変わったのだ。

俺は重力によって落ちていった。


 グジャアという鈍い音で俺は目を覚ました。

しかし、それはただの幻聴で実際には何も鳴っていなかった。

天羽は隣でスヤスヤと眠っている。

悪夢の所為で嫌な汗をかいた。

俺は台所に水を飲みに行く事にした。

静まり返った家の中、何処からかピチャリ、ピチャリと何かが滴る音が聞こえた。

全身に鳥肌が立ったが俺は水を飲む為のコップを何とか取った。

ナイフが俺の喉元に飛んできたがそれはすり抜け、消えた。

全部、幻覚、幻聴だと気持ちを落ち着かせながら水を注ぐ。

俺は薬を飲むことにした。

救急キットからその薬を取り出し飲んだ。

そして、部屋は静まり返った。

俺は安心して眠りに向かった。


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