第94話 夜這い? そして襲撃

 エルフ族の里、深夜。

 窓辺から差し込む月光の明かりを眺めながら、俺はゆっくりとベッドから起き上がった。


 ちらりと入り口のほうを見る。

 遅れて扉が開いた。中に入ってきたのは、美しい白髪の髪を伸ばしたアイリス。

 彼女の碧眼が俺の瞳と重なる。


「あら? 起きていたんですか、ユウさん」

「偶然起きた。廊下に気配を感じたんでな。夜這いか?」

「よッ⁉ そ、そんなわけないじゃないですか!」


 アイリスは俺の冗談に赤面した。

 犬みたいにきゃんきゃん吠える。


 対する俺は、人差し指を唇に当てて言った。


「しー。ナナはまだ寝てるんだ、騒いだら可哀想だよ」

「あっ……そうですね。というか、毎度のように寝ていますが、ナナに手を出していないでしょうね」

「おいおい。俺を変態にするなよ。子供に手を出すほど見境ないと思われてるのか?」

「ユウさんだってまだ十五歳ですけどね。ナナは恋愛対象に入るのでは?」

「確かに」


 言われてみればそのとおりだった。

 前世の価値観にたまに引っ張られることがある。思えばナナは今の俺とそう年齢は変わらないんだった。


「ユウさん……」

「いやいや、言ったのはお前だからな? 俺はあくまで同意しただけ。別に手を出したりしないよ。可愛い娘にな」


 さらりと足元で寝るナナの髪を撫でる。

 宵闇のごとき短めの髪は、わずかに端が月光を反射していた。


 カーテンを閉め忘れていたな。邪魔だし、閉めるか。

 ベッドから降りるてカーテンを半分ほど閉めた。もう半分はアイリスがいるので残しておく。


「それより、アイリスは何の用で俺の部屋に? 夜這いなら大歓迎なんだけどな」

「斬り殺しますよ。ちょっとユウさんとお話がしたかっただけです」

「お話?」

「これから攻めてくるであろう、帝国兵に関して」


 急にアイリスが真面目な空気をまとう。

 俺はやや眼を細めて、


「何か話すようなことあったか?」


 と彼女に訊ねた。


「ユウさんは元帝国の第三皇子です。これから帝国の人間を沢山殺すことになりますが……平気なんですか?」


 その問いは、恐らくアイリスがずっと訊ねたかった内容だ。

 俺の覚悟を、良心を見定めている。


「ふむ……そうだな。これから沢山の兵士が死ぬな。俺が殺す兵士も少ないないだろう」

「はい。別に無理をする必要は——」

「平気だよ」


 アイリスの言葉を遮って俺はくすりと笑った。

 窓の外を眺める。


「俺はとっくに覚悟を決めている。この手をいくら血で汚そうと、必ず帝国を潰すと」

「どうしてですか? 何がユウさんを……ユーグラム殿下を変えたんですか?」

「順風満帆な第三皇子が、わざわざ祖国を滅ぼす理由か?」


 そんなもん、一つに決まってる。


「決まってるだろ。全部俺のためだ」

「ユウさんの、ため?」

「俺は生きたい。自由に生きたい。好きなことだけして過ごしたい。大好きなお前を守りたい。それだけが行動理由だ。それだけのために、世界を敵に回してもいいと思ってる」

「ッ」


 またしてもアイリスの顔が真っ赤になる。

 コツコツと靴音を鳴らして彼女に近づいた。


「大丈夫だよ、アイリス。ずっと俺が傍にいてやる。苦しくても悲しくても支えてやる。だから、どうか俺を——」




 殺さないでくれ。




 最後の言葉は、口を出ることはなかった。

 代わりに、俺からアイリスの唇を奪った。前のお返しだ。


「ゆ、うさん……」


 アイリスは限界まで眼を見開いている。

 顔が真っ赤なんてレベルじゃない。今にも倒れそうな表情を浮かべていた。


 よろよろと二、三歩後ろに下がり、その後、——急に俺の胸元に抱き付いてくる。


「や、約束してください」

「約束?」

「絶対に私の下からいなくならないと。私をいつでも助けてくれると」

「いいよ。甘えん坊だな、アイリスは」


 自分から言ってくるなんて。

 可愛い可愛いと彼女の頭を撫でる。


 すると、アイリスは俺の胸元でこちらを見上げた。潤んだ双眸に不思議な魅力を感じる。


「知らなかったんですか? 私、まだ十五歳の子供なんです。誰かに……好きな人に甘えたい年頃なんですよ」

「さいで」


 それなら充分に甘やかしてやろう。

 チョコレートも眼じゃないくらいに甘やかしてやろう。

 ドロドロに溶かして、俺のためのアイリスを作る。

 永遠に、一緒にいられるように。




「——敵襲だああああ!」




 ぎゅうっと彼女を抱き締めた瞬間、外から男性の叫び声が聞こえてきた。

 カンカンカンカン、と甲高い警戒音もそれに続く。


 どうやらタイミング悪く帝国兵が攻め込んできたらしい。

 すっと俺の懐からアイリスが離れる。


「来たみたいだな、敵兵が」

「そのようですね……なんとも無粋な人たちですっ」


 ぷんぷん、と彼女は頬を膨らませて怒りを表現する。

 その様子にくすりと笑って俺は言った。


「まあしょうがない。さっさと殲滅して、またアイリスとイチャイチャしよう」

「うっ。い、イチャイチャとか言わないでください!」

「何の話?」

「ナナ⁉ いつの間に……」

「外がうるさくて起きた」


 掛け布団を剥がし、ベッドの上からナナが降りた。

 全員、やる気満々って感じだな。


「ちょうどいい。ナナ、敵襲だ。装備を持って俺たちも出るぞ」

「了解」


———————————

あとがき。


『俺の悪役転生は終わってる』

『最強の悪役が往く~実力至上主義の一族に転生した俺は、前世の知識を使って世界最強の剣士へと至る~』

新作二作も面白いのでぜひ見てください!

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