第73話 蹂躙、そして虫使い

 ゴリラ顔の男の強烈な一撃が頭上に落ちてくる。


 その一撃を後ろに跳んでかわした。


「ほほう。いまの動きを見切りますか」


「遅かったからね」


「減らず口を! どこまで私たちの攻撃に耐えられますかね!」


 さらにジャックは動きを速くする。


 俺は魔力がほとんど使えないし、ジャック以外にも敵はいる。


 離れたところから、ドレスを着た女が鞭を飛ばしてきた。


 不規則な動きで俺を狙うが、剣を使って鞭を弾く。


「おおっと~? あの人とんでもないですねぇ。ミキの鞭の軌道が分かるんですか?」


 驚くドレスの少女。しかし、その問いに答えている暇はない。


 攻撃を弾いた瞬間には背後にジャックが回っている。


「今度こそ死んでください!」


「断る」


 ジャックの攻撃が届く前に前進した。


 背後への防御は間に合わない。なら距離を稼げばいい。さっき避けたのとはちょうど逆。


 ドレス姿の少女の下へ向かった。


 鞭は中距離武器だ。近付けばその持ち味を失う。


「——やらせると思うか?」


「ッ」


 横から拳が飛んできた。


 剣を盾に防御する。


 凄まじい衝撃を受けて横に吹き飛んだ。


 地面を何度もバウンドしながら体勢を整えると、いつの間にか目の前には鎧女が。刀を構えている。


「もらった」


「残念」


 鎧女は刀を使う。刀は納刀してあるから、攻撃するには抜刀しないといけない。


 最初から剣を抜いている俺より不利だ。


 その証拠に、剣の切っ先を彼女の刀の鍔に当てる。


 押し込む力が、鎧女の抜刀タイミングを遅らせた。


「小癪!」


 俺の剣を無理やり押し返して鎧女は刀を抜いた。


 煌めくほどの速度で武器を振るう。


 だが、一瞬でも遅れたら回避が間に合う。


 首目掛けて放たれた一撃をしゃがんで避けた。


「足もらい」


 すかさず鎧女の足を払う。


 彼女は体勢を崩して倒れた。


「ちょこまかと猿みたいですねぇ!」


「お前が言うなよ」


 攻撃モーション終了間際をジャックに狙われる。


 ナイフがまっすぐに頭上へ振り下ろされた。


 回避は難しい。ならば——。


 ギィィンッ!!


 剣を盾に攻撃を防いだ。


 さすがのジャックもこれには驚く。


「魔力無しで私の攻撃を……防いだだと!?」


「いいや。いくらなんでも魔力がないと身体強化したお前の攻撃は防げないよ」


「ではどうして……ッ!?」


「気付いた? その通り」


 俺は分かりやすく魔力の濃度を上げて連中にも見えるように可視化した。


 確かにそこには魔力がある。


「おかしい……なぜ、なぜ魔力が使えるのですか!」


「お前が持つアーティファクトは魔力を乱すものだ。魔力を封印するわけじゃない。乱されているなら、その状態でも魔力を操作できるようにすればいい。単純な話だろ?」


 より多く、より緻密に魔力を練りあげればアーティファクトの影響なんて無視できる。


 少し、慣れるまでに時間はかかったが、もう問題ない。


 魔力障壁は展開できないが、身体強化さえできれば一方的に蹂躙できる。


「さあ……次は俺の番だな」


「くッ! 一度退きま——」


「逃がすかよ」


「ぐはッ!?」


 踵を返そうとしたジャックの腹部を殴り付ける。


 勢いそのまま壁に激突して大きな穴を開けた。


「まず一人。次は……」


「殺す!」


 背後から鎧女が抜刀術を放った。


 刃が無防備状態の俺の体に当たる。


 当たって——パキィィンッ!!


 砕けた。


「は……?」


「お前程度の魔力で、俺の体に傷付けられると思ったの?」


 鎧女に蹴りを入れる。


 鎧が凹み、直線状に吹き飛んで壁に激突。壁を砕いて地面に落下した。


「二人。あと三人か」


 男二人に女が一人。


 女の方はあまり殴りたくないが、事情が事情なのでしょうがない。


 一歩前に踏み出し、


「消えッ——きゃッ!?」


 ドレスの少女の背後に移動する。


 相手からしたら瞬間移動したように見えただろう。


 ガラ空きの少女の首を叩く。


 意識を奪った。力なく少女は倒れる。


「あと二人」


「クソッ! 二人で同時に攻撃だ!」


「了解!」


 俺を挟んだ二人の男。武器を手に同時に俺の頭上へ振り下ろした。


 二本の刃が迫る。


「無駄だ」


 俺は床を踏みつける。


 衝撃が周囲の床をまるごと破砕した。


 足許が崩れ、二人の攻撃がキャンセルされる。


「これで——ゼロ」


 男二人の腹を殴り、ほとんど同時に男たちはダウンする。


 魔力さえ使えればあっけなかったな。


「でもあのアーティファクト……アイリスに使われてたらまずかったな」


 現状のアイリスでは魔力が練りあげられなくて一方的にやられていただろう。


 倒れたジャックの下に行き、魔力を乱すアーティファクトを回収する。


「さて……アイリスたちの方はどうなってるのかな? 無事だといいんだが……」


 そして倒れたこいつらをどうすべきか考え、全員を引き摺って兵士たちに引き渡すことに決めた。




 ▼△▼




 ユーグラムが王宮に侵入した賊たちを捕まえている頃。


 街中を走るアイリスたちは、住民たちの悲鳴を聞きながら中央広場の近くまでやってきた。


「な、なんてことを……」


 中央広場には魔物によって食い散らかされた住民たちの死体の山が。


 鮮血により赤く地面は染まっている。


 その山のそばに、フードを被った謎の人物がいた。


 フードの人物はアイリスたちを見るなり笑みを浮かべる。


「おー、こっちにいるんですね、アイリス殿下」


 声は男。男のそばには……一匹の巨大なムカデがいた。

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