第64話 日頃の行い、そして釣られたクマァ
リコリスが地面を踏みしめながらこちらに近づいてくる。
俺はもう顔を隠すことが無意味であると悟った。
渋々彼女のほうを向く。
お互いに視線が合った。
「なぜそれだけ整った顔を隠すのですか? とても素敵ですよ、不審者さん」
「あまりにもモテすぎて困るからな。だから隠してるんだよ」
「へぇ……それにしても、どこかで見たことがあるくらいには綺麗な顔ですね」
「言われなくても自分で分かってる。それより、もう満足しただろ? さっさと自分の部屋に帰ってくれ」
「ふふ。それには及びません。ここまで暴れたら彼女も気づくでしょう。一緒に怒られましょうね、不審者さん」
「彼女……?」
リコリスが誰を差しているのか、それはすぐに気づいた。
魔力の塊みたいな女の子が俺たちの下にやって来る。
「あなたたち……こんな所で何をやっているんですか?」
「あ……アイリス……」
アイリス・ルーン・アルドノア王女。
鬼のような形相で彼女が姿を見せる。
その後ろにはリコリスのメイドもいた。頑張って階段を下りて来たのだろう。
そこでばったりアイリスと遭遇したってところか。
「さ、先に言っておくが、俺は悪くないぞ!? リコリス王女が勝手に暴れたんだ!」
「酷いですわッ。わたくしの下着を見ておいてそんな仕打ち……殿方に見られたのは初めてだったのに!」
えぇぇぇぇ!?
いきなり女優ばりの演技を見せつけたリコリス。
彼女の百パーセントの嘘に鼻水出そうになった。
「ユウさん……またそうやって他の女性に手を出したのですか? しかも今度は一国の王女と……」
「違う違う違うッ。リコリスの嘘だよ! 俺がそんなことするように見えるか!?」
「見えますね」
ですよねぇ!
俺も自分で何を言ってるんだこいつ? と思った。
ここにきてこれまでの罪が一気に圧しかかる。
「本当に違うんだ! いくら俺でも王女に手を出したりしない!」
「……出さないんですか? 王女に」
「え? あ、うん……」
いきなりアイリスの雰囲気が変わった。
ちょっと不満そうな声が漏れている。
「でも私には手を出しましたよね? 胸を揉まれ、下着を見られました」
「不可抗力も混ざってる!?」
まるですべて俺が悪いみたいに言ってる。
実際俺が悪い部分が多すぎて反論できない。ちくしょう。
「あなた様……普段からそのようなことを? 相手は神の御子と呼ばれるアイリス殿下ですよ?」
「やむを得ない理由があってな……」
「どんな理由ですか」
ごもっとも。
普通に考えて王族に手を出す理由なんて存在しない。
首が繋がってるだけでもアイリスの優しさがよく分かる。
「けど……そうですか。この方がアイリス殿下の意中の方なんですね! もしや大貴族の方だったりします?」
「ただの平民……だ」
実は帝国の皇子でーす、とは言えない。
王族相手に不敬な態度を取る平民がいるかよぉ! と思われるだろうが、貴族と言ってボロが出ると困る。
ここは無難に平民ってことにしておいた。
「平民……ねぇ」
リコリスの目は俺を疑っている。
そりゃあ信じられるわけがない。
平民がこんな所にいられるはずがないし、アイリスに対してタメ口をきくとかおかしい。
だが、俺は彼女の視線から目を逸らして言った。
「それよりリコリス殿下。お願いですから余計なことは言わないでください」
「余計なこと? わたくしは自分の身を守りたいだけですわぁ」
「うわ正直」
「ですから不審者さんも一緒に怒られましょう? 後でアイス奢りますから!」
「飴がアイスなんですね……」
ちょっと思考が平民っぽいのは可愛いな。
この世界だとアイスはそれなりに貴重な菓子だ。普通に高いけど。
「何をぶつぶつ話しているんですか。いまは私があなたたちに訊いてる最中ですよ!」
腕を組んだアイリスが俺たちの目の前に立つ。
窓ガラスは割るわ。扉はぶっ壊すわ。地面に穴を開けるわ……そりゃあ彼女も怒る。
でも言わせてくれ。
——俺一つもやってないからね!?
▼△▼
俺の言い訳は虚しく却下された。
普段の行いを含めて、リコリスとともに説教される。
リコリスは俺がクッションの役割を果たしたことでアイリスの怒りを分散し、へらへらと笑いながら怒られていた。
その態度は確実に常習犯。
きっと小王国でもいくつもの問題を起こしてきたのだろう。
あのゴリラなら被害は簡単に想像できる。
そんな感じで一時間近く説教された俺たちは、満足したアイリスにやっと解放された。
すぐに部屋へ戻ろうとした俺に、リコリスは声をかける。
「あ、お待ちください不審者さん」
「……なんですかリコリス殿下」
「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。嫌われてるみたいです!」
「嫌っているんです。お願いですから関わらないでください……」
あなたに関わった途端に不幸な目に遭いました。もう許して。
「酷い言い方ですわ。せっかく、不審者さんに高級菓子を奢って差し上げようと思ったのに!」
俺は犬か。
面倒事は嫌いだね。
そんなもんに釣られるか! と言おうとした俺の後ろから、ひょこっとナナが出てくる。
いつの間にか起きていた彼女は、俺の代わりに答えた。
「お言葉に甘えます」
ナナぁぁぁぁ!?
いたわ。釣られる奴。
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