第63話 ゴリラ、そして力技

 早朝。


 目を覚ましたばかりの俺の部屋に、なぜか一番会いたくなかった人物がやって来た。




 リコリス・フランベール・プロミネント。




 プロミント小王国の第一王女にして、原作ヒロインの一人。


 アイリス以上の身体強化を極めた女性で、純粋な腕力だけなら作中でもユーグラムに次ぐキャラクターだ。


 その力は、いましがた俺の部屋の扉を吹き飛ばすという行為で証明された。


 間違いなくリコリスだ。


 俺は慌てて布団を剥ぎ取り、蓑虫みたいにくるまった。


 顔を見られるわけにはいかない!


 だが、そんな抵抗も虚しく、リコリスは俺のそばに近づいてくる。


「ちょっと、あなた様? 素顔を見せてくださいな。人が話す時、相手の顔が見えていないと不安になるでしょう?」


「俺の顔は酷く焼け爛れている。王族にそのような顔を見せるわけにはいかない! 俺に近づくなぁ!!」


「一周回って面白い方ですね……でも、ちらっと見たかぎり火傷の痕はありませんでしたよ?」


「お前の目が節穴なだけだ」


「王女様になんてこと言うんですか!」


 たまらずメイドが叫ぶ。


 実にその通りだが、俺としては本当に勘弁願いたい。


 言動が不快なら謝る。アイリス相手に話してる時と同じになってしまうのだ。


「落ち着きなさいサテラ。わたくしは別に気にしませんわ。先に狼藉を働いたのはこちら。それに、アイリス殿下の護衛なら多少の不敬には目を瞑りましょう。ですから顔を見せなさい」


 ぐいぐいっ。


 リコリスが問答無用で俺の布団を剥がしにかかる。


 だが、俺は魔力を籠めて身体強化をすると、全力で布団を死守しにかかった。


 リコリスに引っ張られてもビクともしない。


「むっ……このわたくしが力勝負で勝てない? アイリスにだって勝てたのよ。あなた……何者?」


「通りすがりの不審者だ」


「不審者ではあったのね」


 甚だ不本意だが、ここは不審者だと認めて彼女から距離を置く。


 しかしリコリスはやけになっていた。さらに力を籠めて布団を剥ぎ取ろうとする。


「ぐぎぎ! いい加減、その手を離しなさいなッ!」


「断る! リコリス様こそ、俺じゃなくてアイリスとウホウホやっててくださいよ!!」


「わたくしゴリラじゃありませんわ! どちらかと言うと小動物希望ですの!」


「その筋肉じゃ無理ぃぃぃッッ!!」


 ゴリラがどれだけ化粧してもリスにはなれない。


 その逞しい肉体は変えようがないし、生まれながらの脳筋思考も直らない。


 だからアイリスもリコリスも揃って俺の中ではゴリラだ。


 小動物はどちらかというと俺に相応しい。


「キィィィッ! もういいですわ! こうなったら強硬手段に出ます!」


「最初から割と強硬手段な件」


「お黙りなさい! いきますわよ、不審者さん!」


 ぎゅうぅぅっっ、とリコリスが俺の布団を握り締める。


 引っ張る力が強くなるかと思ったが、彼女は力を一度下に沈めて——勢いよく上にあげた。


 まるで俺を投げ飛ばすように……っていうか、——実際に投げ飛ばされた!?


 先ほど扉が粉砕して風通しのよくなった窓から、俺は布団に包まった状態で落ちる。


 ここ城の最上階。普通の人間なら絶望して死を覚悟する。


 打ち所がよかったら助かるかも? くらいの高さだ。


「てめぇぇぇぇぇ!! やりやりがったなぁぁぁぁぁ!!」


 叫びながら俺は落下した。


 地面に衝突する直前、かすかに彼女の高らかな笑い声が聞こえた気がする。




 ▼△▼




 大きな衝撃音を響かせて俺は地面に落下した。


 身体強化と布団にも強化を施していたおかげで、マンションの三、四階くらいの高さから落ちても無傷でいられた。


 むくりと起き上がると、舞い上がった土煙に咽る。


「けほけほっ! あの女……面倒だからって力技がすぎるだろ!」


 布団は衝撃とともに体から離れた。


 手をぶんぶん振りながら土煙をどこかへ飛ばす。


 しばらくして視界がひらけてくると、——ズンッ!!


 またしても鈍い音を立てて何かが上から降ってきた。


 嫌な予感がする。


 降ってきたのは……当然、リコリスだった。


「おーほっほっほ! さすがわたくしと拮抗するほどの御仁! 予想通りあの高さから落ちても怪我しておりませんわね?」


「この野郎……それが分かっていて落としたのか」


 普通に殺人未遂じゃねぇか。


 俺じゃなかったら確実に大怪我してたぞ。そして当たり前のようにあの高さから彼女も降ってきた。


「仕方ありませんわ。わたくし、あなたの顔が見たくて見たくてしょうがなかったんですもの」


「あ」


 しまった。


 いまの俺は落ちた衝撃で布団がはだけている。


 つまり素顔が晒された状態だ。


 咄嗟に顔を逸らして隠すが、時すでに遅し。


 リコリスはにんまりと笑って言った。


「うふふ。もう遅いですよ不審者さん。あなた様の綺麗なお顔、この目でばっちり見ましたから! 素敵ではありませんか!」


 そう言って彼女が近づいてくる。


 俺はどうしたものかと頭を悩ませた。

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