第34話 諦めない、そして俺のターン
大型のワニ魔物の体が、精霊シルフィードの魔法で刻まれていく。
凄まじい攻撃だ。魔力のコントロール技術だけなら、ラスボスのユーグラムより上だろう。
ただし、それでも精霊は使役する人間のスペックに左右される。
今のアイリスでは、どれだけ頑張っても精霊の能力に限界がある。
それはつまり、
「グルアアアアア!」
簡単にはあの魔物は倒せないってことだ。
全身に夥しい切り傷を作ったワニは、しかしそれでも動きを止めることなく前に進む。
血走る赤い瞳が、真っ直ぐにアイリスたちを睨み、その巨体には似合わぬ速度で迫った。
「シルフィード様はそのまま攻撃をよろしくお願いします! 隙を突いて私が急所を!」
『承知。気をつけなさい、アイリス。人の子よ』
「わかりました!」
元気よく声を出してアイリスは横に飛ぶ。
魔物の攻撃を避けると、再び風を起こすシルフィードに合わせて敵に接近した。
彼女は現在、精霊召喚を発動している。
あの能力は、俺の魔核ほどバランスに秀でた能力ではない。
精霊が魔力を消費し続けるかぎり、魔力を提供し続けているアイリスはまともに攻撃ができない。
それだけに、本人の頑張りは無意味だ。
どれだけ必死に剣を振ろうと、シルフィードの攻撃しか通らない。
かと言って、精霊であるシルフィードの攻撃も、ワニ魔物の命を奪うほどではない。
正直、このまま永遠に戦い続けても勝ち目はなかった。
なぜなら、あの魔物は再生能力も持っている。
「なっ……!? 傷が、回復している!?」
しばらく魔法により攻撃を加え続けていたアイリスだったが、そこでふと彼女は気付く。
最初に与えたダメージが、もう再生を始めていることに。
「ひひひ! 私の最高傑作がそんな簡単にやられるはずがないだろ! 苦しむがいい、アイリス・ルーン・アルドノア! 貴様が苦しむほどに我々は喜ぶ!」
遠くではワニ魔物を作ったマッドサイエンティストが喜びの声を上げている。
殺そうと思えば簡単に殺せるが、いまアイツに手を出すと、魔物が俺に引き付けられてしまう。
アイリスの邪魔はできない。男から目を離さない程度に様子を窺う。
すると、
「——きゃっ!?」
アイリスがワニ魔物の攻撃を食らって吹き飛んだ。
周りの木々を破壊しながら地面を転がる。
『アイリス……これ以上は魔力が持ちません。どんどん魔力の濃度が薄くなっていく』
魔力の濃度が薄くなる、とは、単純に周囲の魔力を吸収しすぎた結果に起こる現象だ。
一定時間が経ち、また魔力が空気中に、十分に広がるまで待たないとろくに魔力を吸収できなくなる。
これがあるから常人には限界がある。ユーグラムと違って。
「くっ……! 今の私たちでは、あの魔物に勝てないということですか……」
悔しそうにアイリスは唇を噛んだ。
そろそろ限界かな? と思って重い腰を上げると、しかし、彼女の戦意はまだ消えてなかった。
「——とはいえ、まだ負けていません」
「アイリス……」
彼女は立ち上がった。瞳には強い感情が宿っている。
剣を握り締め、真っ直ぐにワニ魔物を見つめた。
「ユウさんが私を信じて送り出した。私なら勝てるかもしれないと思って戦わせてくれている。その期待に応えないで諦めるのは、私らしくありません!」
アイリスはさらに魔力を吸収した。ほとんど魔力なんて集まらないだろうに、気合を入れ直している。
その姿に、俺は——惚れてしまった。惚れ直してしまった。
美しい。あれがアイリス・ルーン・アルドノア。
俺が焦がれ、俺が手を伸ばし、俺が好きになった女の子。この世界の主人公だ。
「すみません、シルフィード様。ここから先は私が戦います。シルフィード様は先に精霊の世界へ」
『……そうか。わかった。くれぐれも無駄に命を散らすことのないように。——それと』
ちらりとシルフィードがこちらを見た。
涼やかな瞳の中には、明確な意思が宿っている。
確実に、「アイリスに何かあったら許さないぞ」という顔だ。
俺は頷き、直後、精霊シルフィードは風と共にその姿を消した。
残されたアイリスは魔力を全身に巡らせて地面を蹴る。
魔物と正面からぶつかり、可能なかぎり相手の体力を削ろうとする。
しかし、当然、精霊をもってしても敵わなかった彼女に勝ち目はない。
次々に攻撃を受け、ダメージを蓄積していった彼女のもとに、あの巨体が突進を仕掛ける。
それでもアイリスは逃げなかった。剣を構え、相手の攻撃を——。
「はいストップ。もう十分だよ、アイリス」
ワニ魔物の突進が炸裂した。だが、その攻撃に割り込んだ俺が、——素手で止める。
地面が砕け散るほど足に力を入れ、下半身と腕力のみで何十倍もデカい魔物の攻撃を止めた。
「ゆ、ユウさん……」
「凄かったよ、アイリス。健気に、真っ直ぐに戦う君は美しい。誰よりも、美しかった」
「~~~~!」
アイリスはこんな状況でも顔を赤くする。いや、こんな状況でも俺を信用してくれているんだろう。
俺がいれば大丈夫だと、そう確信していた。
だから、俺は。
「あとは任せてくれ。コイツは——俺が倒す」
———————————
あとがき。
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