第31話 作戦、そして合流

「まず、私が着目したのは、素体となる魔物の生態だ」


 灰色ローブの老人が、自信満々に語り始める。


 敵を前にして随分と余裕だ。


 魔物のほうも老人の指示に従っているのか、こちらに攻撃してこようとする素振りはない。


 互いに睨み合ったまま、老人の声だけが聞こえる。


「ご覧の通り、このワニの魔物はかなり強靭な肉体を持っている。見た目こそワニだが、生態的にはトラやライオンのような存在でもある」


「それがどうしたらそんな風になるんだよ」


「簡単さ。魔物を合成した際に得られる呪い——いや、加護によるものだ」


「加護?」


 なんだか急に聞きなれない単語が出てきた。


 そう言えば原作でもそんなことを言ってる頭のおかしい奴がいたような……ダメだ、思い出せない。


 どうでもいい事はすぐ忘れちゃうのが人間だ。


「先ほどの呪いの話に戻るのだよ。この魔物は、他の魔物が宿していた呪いをすべてその身に宿した。最初こそ素体ごとに耐えられる許容限界というものがあったが、しばらく実験を進めていくと、その限界値を把握することもできるようになった。そうして生まれたのが、この魔物だ」


 老人は高らかに笑う。


 言ってることはだいぶイッてるな。まったく凄いと思えなかった。


「貴様もたしかに素晴らしい能力を持っているが、この魔物には敵うまい。少なくとも五体以上の魔物の呪いを宿しているからな。それだけでも肉体能力は前の数倍! 大きさも、数倍もの成長を遂げたのだ!」


「体も成長してんのね。どうりで無駄にデカいと思った」


「凄いだろう? 魔物の細胞を移植されると、肉体の構造にも大きな変化が起こるのだ! 皮膚が硬くなったり、目がよくなったり、そんなちゃちな反応じゃない。大きくなったのだ! 体の骨格からして変異した! これは素晴らしい。人間に転用できれば、新たな人類を生み出すこともできる!」


「いやいや、お前もさっき言ってただろ。魔物は呪いを受けているって。人間に呪いを移すのか?」


「そうだとも。それがどうしたのかね? 呪いだろうがなんだろうが、適応する生き物である人間は必ず応えてくれるだろう。私が望む通りにね」


「狂ってやがる……」


 本当にコイツは終わってるな。


 ただでさえ骨格すら変えるほどの呪いを人間に移植したらどうなるのか。


 答えは決まっている。拒絶反応が出て、実験体になった人は死ぬだろう。


 死ななくても、それはもう人間じゃない。魔物の能力を持った魔物だ。


 自我が保てると、成長できると本当に思っているのか?


 ——いや、この手のマッドサンエンティストの思考は、興味がある実験の結果を見たいだけに決まっている。


 それが失敗しようと成功しようと、あの老人には関係ない。


 試してみたい——ただそれだけなのだ。


 子供が新しい玩具を前に瞳を輝かせているのと同じ。


 あの老人にとって他人は、取るに足らない玩具ってわけだ。


「ひとまず、お前は殺す。生きてちゃいけない人種だ」


「うん? 貴様とは話が少しは合うかと思っていたんだがな……残念だ」


 スッと老人は手を上げる。それが攻撃の合図だったのか、ずっと動きを止めていたワニの魔物が動き出す。


「グルアアアアア!」


 大きな叫び声を上げながら地面を蹴った。


「本当に残念だ……殺さなきゃいけないのは」


 魔物がこちらに突っ込んでくる。


 カウンターで魔力をまとわせた剣を叩き込めば終わるが、それではもったいない。


 どうせアイリスのほうも無事に魔物を倒しているだろうから、この魔物を向こうまで運んでやるか。


 そう考えた俺は、全身にさらなる魔力を流して魔物の攻撃を避ける。


 決して離れすぎないように、徐々に後ろに下がる。


 一気に姿を消してしまっては、相手が逃げる恐れがある。なるべく悟らせないように、適度に手加減しながら反撃も行った。


 少しずつ傷を負う魔物だが、知能が低いので特に構わず突っ込んでくる。


 気分はさながら……闘牛士といったところか。




 ▼△▼




 徐々にユーグラムがアイリスに近付く中、彼女は迫りくる魔物の大半を斬り倒していた。


 ようやく、倒した矢先に新たな魔物が補充されるようなことはなくなる。


 どうやら頭うちらしい。


「ふぅ……! かなり倒しましたね。これは後でユウさんにも死体を運ぶのを手伝ってもらわないと」


 ユーグラムには帝都を抜け出す際に盗んだ不思議な収納用アーティファクトがある。


 あれを使えばどれだけ死体があろうとすぐに回収が終わる。


 いちいち村人を呼んで必死に魔物の死体を集める——という手間がなくなる。


「だから——あと少し!」




 残った魔物は二体だ。


 同時に魔物たちは地面を蹴り、左右からアイリスを挟む。


 相手の動きを見て、優先順位を決めてアイリスは立ち回った。


 まずは左の魔物の急所を斬り裂く。続いて、反対側の魔物のほうへ振り返り、鋭い突き技をお見舞いした。


 あっさりと魔物は倒れる。


 体力的にはまだ余裕はあるが、精神的に疲れた。


 多対一を体験することはほとんどなかったから、グッと大量の経験値を入手できた。


「はぁ……ユウさんはどこにいるのやら」


 ぼそりとどこかで戦っているであろうユーグラムの名前を呟く。


 すると、




「——あ! アイリス発見!」


「え?」


 噂をすれば影。


 木々や茂みを揺らして、ユーグラムがアイリスの前に現れた。


 アイリスは喜ぶが、その笑みもすぐに消えた。


 なぜなら——、




「グルアアアアア!」


 ユーグラムに続いて、何やらとんでもなく巨大な魔物まで現れたからだ。


 アイリスが豆鉄砲喰らったみたいになる。




———————————

あとがき。


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