第13話 求愛
「まるで花畑ですね」
エドワードが朝と夕に持ってくる花束がそこかしこに飾られた部屋を見渡し、呆れたため息を吐くミリアムにアリエッタは苦笑する。
エドワードがアリエッタに贈ったのは花束だけではない。
ベッドで過ごすことが多いアリエッタのために巷で人気の本や、読書の合間に軽くつまめる小さな砂糖菓子。
床には柔かな色合いのラグがおかれ、そこにはアリエッタのもとを訪れたリチャードのためにと絵本や木の玩具が置かれている。
そして部屋のあちこちに置かれたイスたち。
運動機能を回復させるために歩く訓練をいているアリエッタが休憩できるようにとエドワードが用意したイスたちは、部屋の中だけでなく廊下にも等間隔で置かれている。
過保護だなとアリエッタは思ったが、「こういう優しさや気遣いは素晴らしいではありませんか、愛されていますね」というターナの言葉は素直に嬉しかった。
「エドワード様もようやく女心を学んだようですね……エドワード様ときたら婚約者に花ではなく野菜の苗、香水ではなく農薬を贈る方でしたからね」
「野菜を育てるのは楽しかったわよ」
エドワードも花はきれいだと思うが、同じ面積を使うならばその後食べられる実がつく植物のほうがお得だという考えの持ち主だった。
「いつか一つの苗で数種類の野菜、例えばジャガイモとトマトとかができればもっとお得よね」
「エドワード様と同じことを……ご婚約者がアリエッタ様であることを、エドワード様はもっと神に感謝するべきですわ」
「毎朝起きたら、そして毎晩寝る前に拝礼して感謝しているよ」
エドワードの声にアリエッタとミリアムは入口のほうを見る。
さっきまで歩く練習をしていたので扉は開けっ放しで、戸口にもたれかかるようにエドワードが立っていた。
「ただいま」
「まあ、今日はお早いのですね」
今朝アリエッタの部屋にきたとき、今日は遅くなると聞いていたのに窓の外はまだ明るい。
「先方の都合で夕方からの約束がなくなったから神殿からそのまま帰ってきた」
「だから白い礼服をお召しなのですね。白い服を着た姿を初めて見ますわ」
アリエッタの言葉にエドワードは自分の体を見下ろす。
「エドワード様はいつも黒や濃い茶色といった濃い色をお召しなので」
「白い服を着るとどうしても大きく見えて怖がられてしまうからな……まあ、黒や茶色を着ても『ヒグマ』に見えるだけだが」
アリエッタは図鑑や絵本でしか見たことはないが、ウィンソー領の森ではときおりヒグマが出没し、家畜だけでなく村の人にも被害が出ることからヒグマは天災と同じくらい恐れられている。
アリエッタから見ればエドワードはヒグマからほど遠い。
確かに一騎当千を思わせる大きな体躯は迫力があるし、ウィンソー公子としてのエドワードは基本的に無表情なので『怖い』という印象を与える。
しかし実際の彼は使用人に対しても丁寧で、リチャードといるときはその翠色の瞳に慈しみを込めた温かい光を灯している。
「母上に似た金髪ならばまた違っただろうが」
深い森の樹のようなダークブランの髪をつまむエドワードの仕草がほんの少し拗ねたように見えて、同じような「おばあちゃんみたいにキラキラの髪がいい」と自分の黒い髪をつまんでいたリチャードと重なる。
「リチャードも同じことを言っていましたわ」
「君も他の色が良かったのか?」
エドワードに問われてアリエッタは昔を思い出す。
まだ父と母が生きている頃、絵本の中の魔女はいつも黒髪だったから「黒髪なんていや」と言って、同じ黒髪をしていた父親を悲しませたことを思い出した。
「黒髪ってどうしても悪役が多くて、絵本の中の王子様やお姫様のような金色の髪に憧れましたわ」
「ないものねだりは皆同じか」
「くすんだ茶色い髪に平凡な茶色の瞳をした自分からすれば、お二人の色はとても羨ましいですわ。特長的な色があると贈り物にも困りませんし」
ミリアムの言葉に「忘れていた」とリチャードはジャケットの内ポケットから袋を取り出す。
そしてアリエッタの近くにあるテーブルの上に置く。
今までと変わらない態度に口調だが、こうやって近づかないように距離をとられてアリエッタはエドワードを責めた夜を意識させられる。
この距離はいつなくなるのか。
時限爆弾が爆発したらなくなるのか。
いま考えても答えが出ないので、アリエッタは一抹の不安と寂しさをそっと横において「ありがとうございます」と贈り物を受け取る。
「これは、オニキスですか?」
「黒真珠を道すがら買う勇気はまだなくてな」
「そんな勇気は一生持たないでください」
黒真珠は滅多に市場に出回らない貴重なもので、真珠の産地である南の国に行ってもなかなか手に入らない。
黒真珠を使った宝飾品をもつことは貴族たちの憧れである。
「オニキスは成功に導く石といわれている。正しい選択をする意志を与えるという意味だそうだ」
「……正しい選択」
いまはただ、エドワードやローランドたちに与えられるものに囲まれて幸せであるが、これは時限爆弾の上にある幸せだとアリエッタにも分かっていた。
時限爆弾が爆発したとき、アリエッタは自分が必ず選択しなければいけないのだと感じていた。
「私に、できるでしょうか」
「……さあ、どうだろう」
『できるか』と聞けば、エドワードだったら「できるよ」と優しくいってくれると考えていた自分の傲慢さに気づかされてアリエッタは恥ずかしくなった。
そして同時にエドワードの表情から、アリエッタが過去に間違った選択をしたことが分かった。
それは記憶のない三年間か。
それとも前からアリエッタに気に入らないことがあったのか。
「アリエッタ。そのときが来たら、どうか君が幸せになれる選択をしてくれ」
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