第32話

 街に滞在して一カ月が経った頃、異変に気づいた。所有者である俺たちを除いてドラゴンスレイヤーたちはどんどん疲弊していった。

 消費した魔力をレベルアップで底上げはしていたものの、ドラゴン相手では当然足りるはずもなく枯渇人寸前へと成り果てていく。そこで疑問が残る。

 なぜドラゴンスレイヤーたちはこの街に執着するのか?


 Sランク冒険者の彼らは魔力を消費しなくてもこなせるクエストはいくらでもある。一流の武人たちだ。ドラゴンスレイヤーにこだわる必要はない。

 異常に物価の高いこの街の暮らしはコスパがあまりに悪い。ドラゴンを倒せなくなったにも関わらず、彼らはなぜ街を出ていかないのだろうか?


 ドラゴンスレイヤーが大金を稼げるのは魔力を保有している最初のうちだけだ。保有魔力の残量に応じて下級エリアへと追いやられる。収入も減り生活も苦しくなる。貯蓄を食いつぶし借金まみれとなった彼らは妻や娘を奴隷商に売り飛ばす始末。

 この街には娼婦や、重労働を強いられる人間奴隷が存在する。それらすべてがドラゴンスレイヤーたちの身内や落ちぶれた彼ら自身だった。

 そこまでして彼らはなぜ残るのだ?


 獣人族に虐げられながらも彼らは街を離れようとしない。それどころか嬉々とした様子で、不当な社会の歯車となっていた。それが下級労働者の人間と搾取する獣人族の構図を生み出している。



 そんな街の風景に疑念を抱きながら歩いていると、──ドンッ!

 後ろから何かがぶつかってきた。

 ──ひったくりだ! ま、待て!

 慌てて腕を伸ばしたもののひったくりは、エクスを巻いた布を抱え、人混みを掻い潜っていく。し、しまった! おいっ! それだけはダメだっ!

 

「────『高速移動ツルベオトシ』────」


 俺は躊躇なく時空魔法を使いひったくりを追い詰めた。逃げる背後から腕を掴み、捻り込むように押さえつけた。握った腕が思っていた以上に華奢だということに戸惑う。薄汚い外套がはらりと捲れ、中からキリリとした眼光が向けられた。


 ──少女⁉ 高校生くらいだろうか? 緋色ひいろの眼。黄褐色おうかっしょくの髪に白いメッシュが入った髪型。

 野良猫のような少女の目つきに一瞬怯んだが、あどけない人間の少女に間違いない。落ちぶれたドラゴンスレイヤーの娘? 人間奴隷か?


「なんだやるおぢか?」

 おぢ? その響きに困惑する。三、四歳くらいしか違わないだろーが!


 少女は悪びれた様子もなく屈託のない笑みをみせた。野生の獣のような眼光が瞬時に愛くるしい少女の瞳へと変貌した。

「はい、これ大事なもんなんでしょ! ちゃんと持っておかないとダメだよ!」

 盗んでおいて逆に説教をかますような口ぶり。あまりのいさぎよさに拍子抜けしてしまう。

 少女は観念したのか素直にエクスを返してくれた。


「そうだ、おぢ! 今晩10万ドルエンでどう?」


 ──は、はい? 

 はいはい⁇


「ちょーお値打ちだと思うけどっ!」少女が目をすがめる。


 ──今度は売春かよ⁉ 

 援交の商談。なんちゅー開き直り方だ!

 さばけた態度で至極当然に誘ってくる。この街の人間は困窮している。観光で華やぐ栄華の影に隠れたドラゴンスレイヤーたちの末路。彼女もきっとその犠牲者なのだろう。

 俺には枯渇人の街で生まれた過去があった。生きるためには何でもする。生き延びることこそ正義。快活に振る舞う少女の態度に自分の生い立ちが重なった。


 少女は小ぶりではあるものの形の良い胸の谷間を強調させて「ねえ、おぢお願いっ!」猫撫で声で色仕掛けを仕向けてくる。


「まぁ、なんだ、その……、とりあえずメシでも食うか?」


 いたたまれなくなった俺は咄嗟にそう口にしていた。


「メシっ⁉」

 色香を装った少女はその響きに弾けるような笑顔を浮かべた。「ぎゅるるるるっ〜〜」可愛らしい悲鳴がお腹から聞こえ、恥ずかしそうに口を尖らせる。


「……おぢが奢ってくれるの?」

 先程とは別人のようなしおらしい態度で少女がモジモジしている。

「……ああ、おぢさんはこうみえてお金持ちだ! なんでも好きに食っていいぞ!」

 大金を手にした貧乏性の俺はいつしか気が大きくなっていた。正直、大金の使い道が分からない。慈善事業のように人に施すことで得られる優越感はある。これが成金というヤツの心理だろう。

 憑き物がとれたかのような少女の横顔に、俺は成金もまんざらではないなと喜びを噛み締めた。


 ジーーーーッ。カリバーの冷たい視線が背中を刺した。


 い、いや、これは人助けだからっ!

 必死に弁明をしたがカリバーは沈黙を保ったまま頬っぺたを膨らませていた。


 俺はカリバーに発した自分の言葉の羅列のなかに小さな疑問を抱いた。

 人助け? 本当にそうなのか? ただ良い格好をしたいだけなのでは?

 少女がもし、クソ生意気な少年だったとしても同じようにメシを奢るのだろうか? 

「可愛い少女」、その要因はたしかに大きい。

 すべてを見透かしているカリバーの視線。

 俺は何も言えず、女性に嘘をつくのはやめよう、──そう決心したのだった。

 


 垂れる前髪を耳に掛けながら、パクパク、モグモグと勢いよく搔っ食らう少女を俺は微笑ましく見守った。

「あー、美味しかったっ! おぢ、リッチマンだねぇ〜」

 おぢという呼び方はやめてくれないか? まだそんな風に呼ばれる歳ではない。俺はそう思ったが、この年頃の子には何を言っても無駄だろうと開き直る。


「で、おぢ、この後どうするのっ?」

 食事を済ませた少女はテーブルに頬杖をついて目を潤ませた。愛らしい瞳が一転、妖艶な光を宿した上目遣いへと変わった。


「えっ⁉ いやいやいや、俺はそーいうのいいからっ!」


 視界の端にカリバーの冷たい視線をとらえた俺は、即座に手を振り少女の誘いを断る。

「俺にはカリバーがいるし! てか、お前ももっと自分を大切にしろよ! 腹が減ったらいつでも頼ってこい! メシくらいなら奢ってやるから!」

 偽善者のような歯の浮くセリフに嫌悪感を抱きながらも少女を説き伏せた。

「世の中、俺みたいな大人ばっかりじゃねーし、用心しないと身を滅ぼしちまうぞ!」


「……そっか! おぢはジェン士だねっ!」

 ジェン士? ──ジェントルマンと紳士の造語か? 少女に力説は響かなかったようで、若者用語でおどけられた。ニュアンスで理解した俺はツッコむこともせずにそれを聞き流した。


「ジェン士ありがとねっ! ごちそうさまっ!」

「お、おうよっ! じゃあまたなっ!」

 少女は大きく手を振って弾むような足取りで帰っていった。俺はその無邪気な姿を見て、女性に対する感情の中でも性欲とはまた違う満足感を得ていた。


 スラムで生まれた先輩としての親心とでも言えばいいのだろうか? 少女の喜ぶ顔がクセになりそうなほどに快感をもたらしていた。


「……まっ、たまにはこーいうのもいいだろう」

 口には出さないが終始、不機嫌そうな顔をして隣りに佇むカリバーに弁解を計る。

 向けられた冷徹な眼差し。これを説き伏せるには骨が折れそうだ。


「……ご主人様」

 カリバーが口を開いたと同時に、

「ひ、人助けさ! 人助けっ!!」

 俺は間髪入れず自分を正当化するように口調を強めた。

「違います」

 いや、違わないからっ! 誰がなんと言おうとこれは人助けっ! 例え彼女が男だったとしても、俺は助けてやりますからねっ! 断じて下心ではありませんっ!

「だから違います!」

 カリバーは意固地なところがある。男の俺をたてることなく食い下がった。

 あー、もうしつこいなっ! 女性の情念、こえぇぇーー!


「違います。彼女は、名のある武器です」


 ──えっ⁉ 

 ええっ⁇ ──今、なんとおっしゃいました?


「彼女は名のある武器です」

 はい? ──あの少女が名のある武器?

「これは鞘としての勘です」

 女の勘じゃなくて鞘としての勘? どーいうことっ⁉


 彼女が名のある武器だとしたら所有者がいるはず。だったらなぜ彼女はあんなに困窮しているんだ? 魔力は使い放題なはずだ。この街でならばドラゴンスレイヤーとして大金を稼げるだろう。


「なにか理由がありそうですね……」

 カリバーがいつになく神妙な面持ちで言葉を詰まらせた。

 

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