第26話
──ドラゴンキャニオン。
幾重にも重なる地層が剥き出しとなった世界最大の渓谷。赤茶色の岩肌が隆起した雄大な大自然は国立公園にも指定されている。一般人は制限付きの観光目的以外、立ち入ることが許されていない。
谷底にあるドラゴンスレイヤーの街。クリスタルドリームを夢見たSランク冒険者が
俺たちは街の入り口を守る衛兵にライセンスをみせてから、街を探索していた。さすがはクリスタルドラゴンの生息地。至るところに衛兵が配属され厳重な警備体制が敷かれている。その一方で露天商が立ち並び、躍然たる活気に満ちていた。
「まずは情報集めからですね。こういう時は、酒場に行くのが手っ取り早いですよ」
「酒場ですか……。勇者さん、私は宿屋で待機していますので、後はよろしくお願いします。それでは失礼」
はっ? なんて軽薄な人だ。
あんたの要望でここに来たんだろーがっ!
俺の提案にセイライさんは当たり前のように踵を返して、自分だけさっさと宿屋に戻ってしまった。まあ、セイライさんの人嫌いは徹底している。今更、責めるつもりもない。
「ご主人様っ! 修学旅行楽しいですねっ!」
カリバーが学生のようにはしゃいでいる。前世の俺は高校生活の修学旅行を待たずして他界してしまった。たしかに見知らぬ土地の景観は、いついかなる時も気分を高揚させる。せっかく来たんだ。美味いもんでも食べて観光を満喫しよう。俺の心もカリバー同様に舞い上がっていた。
俺たちは目に入った酒場に足を踏み入れた。西部劇を彷彿させる雰囲気にテンションが上がる。入り口のスイングドアが「ギッタン、バッタン」とネジが緩んでいるのか、ゆっくり閉まり情緒溢れる風情を演出した。
ガヤガヤとした店内は衛兵に付き添われた観光客や、屈強なドラゴンスレイヤーらしき人たちが競うように酒盛りを楽しんでいる。
キョロキョロと店内を見渡し空いているカウンター席に腰をかけた。
「おっ、兄ちゃん、衛兵を連れてないとこをみるとSランク冒険者か? まだ若いのにやるねぇー!」
隣に座る
「ええ、さっき街に着いたばかりでして……」
「兄ちゃんもクリスタルドリームに憧れて来たクチだろ? だったらまずドラゴンスレイヤーギルドを訪ねることだな」
「ドラゴンスレイヤーギルドですか?」
「ああ、ドラゴンの乱獲を防ぐために統括しているギルドさ。なんせクリスタルドラゴンは高額で取引きされる商品だからな!」
「……勝手に討伐したらダメなんですか?」
「あったりまえだろーがっ! そんな事したら衛兵にしょっ引かれるぜっ!」
予期しなかった規則に困惑する。どうやら、クリスタルドラゴンを討伐するにはドラゴンスレイヤーギルドに登録することが義務付けられているらしい。
「俺たちはダイヤモンドドラゴンを討伐するために来たんですが……」
「はっはっはっ! そいつは面白い! ダイヤモンドドラゴンってのはな、……おっといけねぇ、兄ちゃん、俺から情報を聞き出そうってなら一杯奢るのが筋ってもんじゃないか?」
「そうですね。ぜひ一杯奢らせて下さいっ!」
気さくなおっさんの人柄に釣られて二つ返事で承諾した。
「話が分かるじゃねぇーか! マスター、この兄ちゃんの奢りで例のヤツ頼むぜ!」
おっさんが注文したものは「テレレレッテッテッティー」という奇妙な飲み物だった。
「なんですか? その飲み物?」
「兄ちゃんテレレレッテッテッティーを知らねーのかよ⁉ そんなんでどうやってSランクになれたんだ? レベル上げの必需品だろっ!」
テレレレッテッテッティー?
すげぇーいいにくいドリンク名。ゲームのレベルアップ時の効果音みたいな語呂だ。
おっさんの話を要約するとこうだった。テレレレッテッテッティーはレベルが上がりやすくなる飲料で、ドラゴン退治には魔力が欠かせない。魔力が回復しないこの世界ではレベルアップして、消費した魔力を補うしかない。
つまりドラゴンスレイヤーたちは、永久にレベルを上げ続けなければ枯渇人になってしまうとのこと。
「俺ももう歳だからな。なかなかレベルが上がりにくいんだよ……うぇ、まずっ!」
おっさんは北欧人が飲むウォッカにも似た小さなコップを、鼻をつまんで流し込むと、苦虫を噛み締めたような表情をみせた。量は少なくともかなりパンチの効いた飲み物らしい。
俺がその光景に顔を歪めていると、
「私はこれ、ドラゴンのヨダレを下さいっ!」
メニューを見て難しそうな顔をしていたカリバーが突然、声を上げた。
ドラゴンのヨダレ?
どんなメニューだ?
話に夢中になっていた俺はカリバーから奪い取ったドリンクメニューを改めてまじまじと眺めた。
ドラゴンのヨダレ。ドラゴンのナミダ。ドラゴンのアセ。ドラゴンのハナミズ。ドラゴンの胃液。ドラゴンのお小水。
クリスタルドラゴン生息地にあやかった観光客向けメニューの数々。
完全にドラゴンに寄生しているじゃねーかっ!
しかもドリンクなのに3,000ドルエンもする。王都でも1,000ドルエン払えば、どんなドリンクでも事足りる。観光地ならではの悪徳価格。ドラゴン商法だ。
そして極めつけは、テレレレッテッテッティー。一杯100,000ドルエン。
たかっ‼
目ん玉が飛び出るかと思った。ドリンク一杯で、じゅ、じゅうまん⁉ あんな少しの量で⁇ ホストクラブじゃねーんだからなっ! 完全にぼったくりじゃねーか‼
顔面蒼白となった俺は疑惑の感情を乗せて、マスターを凝視した。
「も、申し訳ございません。この街は異常なんですよ……」
くたびれた感じのマスターが心苦しそうに頭を下げた。
──いくら観光地でも異常すぎるだろっ⁉
怪訝な顔でマスターを食い入るように見つめていると、
「……お客様、悪いことは言いません。ギルドに行くのだけはおやめください」
マスターがか細い声を漏らしたや否や、血相を変えたおっさんが被せるように声を荒げた。
「おいっ! マスター、それはどういう意味だ!」
「……も、申し訳ありません」
すぐさまマスターは視線を逸らして逃げるようにグラスを磨き始めた。
「ったくよ! この街でギルドの悪口を言うヤツは俺が許さないぜ!」
100,000ドルエンもする高額なドリンクを初対面の人間に奢らせる厚顔なおっさんが、ギロリとマスターを睨みつけた。
……100,000ドルエン。……マジか。王都でも半月は生活できる金額だ。
俺はその価格に驚愕し、詐欺まがいの手口で
「そんな怖い顔するなよ兄ちゃん! 100,000ドルエン分の情報は提供してやるからよ! 欲しいのはダイヤモンドドラゴンの情報だったよな?」
「……ええぇ、まあ、そうですけど……」
あっけらかんとしたおっさんの態度になげやりな返事を返した。
「だったらよ、諦めた方がいいぜ。ダイヤモンドドラゴンなんてのは空想の産物に近い。大昔に一度だけ討伐されたって話を聞いたことがあるがな、長年この街に住む俺だって一度も見たことがねーんだ。今日来たばかりの兄ちゃんが、おいそれと遭遇できるもんじゃねーよ! はっはっはっは!」
おっさんの高笑いが鼻につき、俺はカリバーの前に置かれたドラゴンのヨダレをヤケクソ混じりに飲み干した。
「あー、ちょっとご主人様っ! それ私の飲み物なんですけどっ⁉」
「ひどい、ひどい、ひどい、ひどい、ひどいっーー! わだぢのドラゴンのよだれぇーー!」
カリバーがジタバタと駄々をこねていたが、うわの空の俺には響かない。ドラゴンのヨダレの味すらも認識できてはいなかった。
「……さてと、テレレレッテッテッティーも頂いたし早速レベル上げに勤しんでくるかな! 兄ちゃんありがとなっ! まあ、そんなに気を落とすな! これも社会勉強だ! はっはっはっは!」
おっさんは俺の肩に手を置いて、足早に去っていった。なにが社会勉強だっ!
「ふぅー」
マスターの細い嘆息がカウンター越しから聞こえる。
「……旅のお客様、お気をつけ下さいませ。ギルドに行ったら最後。彼のように奴隷になってしまいますよ」
「……奴隷?」
行き場所のない怒りをマスターにぶつけるように言葉を吐き捨てた。
「クリスタルドラゴンの討伐報酬は5億ドルエン。……ですが、ドラゴンスレイヤーへの配当は一割の5,000万ドルエンです。それを十人一チームで分配するため一人辺りの取り分は500万ドルエン。それに、街の法律でテレレレッテッテッティーの代金は100,000_ドルエンと定められています。王都でも30,000ドルエンの代物が三倍以上の価格。彼らにとって必需品のテレレレッテッテッティー、ひと月に300万ドルエンは必要でしょう。差し引くと手元に残るのは200万ドルエンほどにしかなりません。物価の高いこの街で生活するには決して高額な報酬とは言えません。そのため彼のように旅行者や新参者にテレレレッテッテッティーを奢らせるという行為が横行しているのです。まさに不当な制度に縛られた奴隷としかいいようがないのですよ」
……200万ドルエンか。Aランクモンスター並の報酬金額だな。定期収入が保証されるわけではない。危険が伴うSランクモンスターの討伐報酬にしては割が合わない。
「九割ものみかじめ料をせしめるギルドが悪いのです」
「……だったらこの街に見切りをつけて、他の討伐クエストを引き受けたらいいじゃないですか? ドラゴンスレイヤーたちはSランク冒険者ですよね? もっと効率の良いクエストたくさんありますよ!」
「それもそうはいかないのですよ……。すべてはマダム・アスカの策謀なのです」
「マダム・アスカ?」
「はい、ギルドを支配する、いや、この街を支配するギルドマスターです」
聞き慣れない人物の名に眉根を寄せる。視線を彷徨わせると、どさくさに紛れてカリバーは二杯目のドラゴンのヨダレを注文していた。
ゲッ⁉ こ、こいついつのまに?
「……うーん、このヨダレ、思っていた味と違いますね」
カリバーはちゅるちゅるとドラゴンのヨダレをすすりながら小首を傾げていた。
また3,000ドルエンが飛んでいく。
この街に長居するのは危険だ。
──この時の俺はまだ、宿屋代が一泊200,000ドルエンもすることを、知るよしもなかった。
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