第24話

 カリバーが作る朝食の匂いで目が覚めた。

 芳しい匂いがまどろみの中を漂い、寝惚けまなこの鼻腔をくすぐる。カリバーもエクスも料理が上手い。これも俺が女性に抱く理想像だった。


「ご主人様っ! おはようございますっ!」

 目を開けると絶世の美女が、手料理をふるって迎えてくれる。最高の目覚めだ。

「セイライさんとラブリュスさんの朝食もご用意したのですが……」

 昨晩のどしゃ降りのような情事が頭をよぎり、思わずニヤけた。

「……そうだな。朝飯くらいは一緒に食べたいな……」

 そう言いかけて、部屋には近づかないでくれというセイライさんとの取り決めを思い出し言葉を詰まらせる。


 仕方なく二人で食事を始めると、二階から物音がしてセイライさんが降りてきた。寝起きだというのに、麗しい瑠璃色の髪は寝癖一つなくまとまっていた。


「おはようございます」

 爽やかな挨拶に颯爽とした立ち姿。完璧主義者であるかのようなそつのない物腰に、俺は心の中で苦笑する。


 かっこつけてますが、昨日、激しく燃えてましたよね? 普通、人の家では遠慮しませんかっ? 神経質ぶってますが、その辺、図太いですよね? 何回戦したんですかっ? クール気取ってますけど実は絶倫ですよね?

 面と向かっては決して言えない湧き出す無礼千万の言葉たちを押し殺した。


「おはようございます。お二人の朝食もご用意しています。よかったら一緒にどうですか?」

「お気遣いありがとう。あいにくラブリュスも私も人と食事をするのが苦手でね。二階で有難くいただくとするよ」

 セイライさんは軽くあしらい、二人分の朝食を持っていそいそと二階へ消えてしまった。拍子抜けした俺たちは、互いに視線を合わせ再び朝食を頬張った。


 まっ、これから長い付き合いになる。

 そのうち心を開いてくれるだろう。

 焦ることはない。


 ──と、その時はそう感じていたのだったが、セイライさんの人嫌いは尋常ではなかった。

 くる日もくる日もセイライさんは俺たちと食事をとる事はなかった。ラブリュスさんに関しては、姿すら見せることがなかった。


 ある日の晩。前世に伝わる天岩戸神話が頭に浮かんだ。洞窟に隠れてしまった天照大御神アマテラスオオミカミを誘い出すために宴会をしたという逸話だ。

 毎晩のように降り注がれるラブリュスさんの嬌声。甘美な声の持ち主は一体どんな女性なのだろうか? 一目会いたい。そんな衝動に駆られていた。


 そこで一計を案じる。

 題して、──天照大御神作戦。


「ご主人様っ! 今日は要望通り腕をふるって夕食を準備いたしましたっ!」


 目の前にはいつにも増した豪華な食事が並んでいる。普段は晩酌をしない俺だったが果実酒も用意してもらった。

 ポイントはさりげなくだ。あざとくてはいけない。誘うではなく、あくまでも自発的に参加してしまったことを装う必要がある。


 俺とカリバーは二人で宴会を始めた。楽しそうにやっていればきっとセイライさんたちも気になるはずだ。

 果実酒を煽りテンションが上がってきた俺は、

「よしっ! カリバー、お前に日本の伝統芸能をみせてやるっ!」

 布をほっかぶりし、極太眉毛、飛び出す鼻毛、ホクロから伸びた長い一本の毛。思いつくありとあらゆるメイクを施しドジョウすくいを披露した。

「あらっ、えっさっさぁ〜〜」

「ぷっ、ぷぷぷぷ、ぷぎゃあぁぁーーーー! ぎゃははははっ! ご、ご主人様、なんですかっ? そ、それはっ?」

 カリバーもエクスもゲラだった。俺のやることすべてを笑ってくれた。古典芸能でこれだけ笑いが取れればボケ甲斐があるというもの。まさに理想の女性だ。


「私もやりたいですっ!」

 思わぬ主張が飛び出した。どんぐりまなこが興味津々と輝いている。


 ──はいっ? はいはい?

 いや、美女がやる芸ではないのですが……。


 不安をよそに、カリバーはなんとも悲惨なメイクを自分に施しドジョウすくいを始めたのである。

「あらっ、えっさっさぁ〜〜」

 美女の顔に、極太眉毛、飛び出す鼻毛、ホクロから伸びた長い一本の毛。挙げ句の果てに唇は、タラコのように分厚く塗られ、閉じたまぶたにはふぬけた瞳が描かれている。

「あ、ほれっ! あ、ほれっ! あ、ほいっさっさぁ〜〜」


 なんというノリの良さ。

 美女には無縁な、滑稽な姿に俺はニンマリと顔が綻んだ。


「カリバーくんっ! それでは師匠が伝統芸能第二弾をお披露目しよう!」

 気を良くした俺は宴会芸の代名詞でもある腹芸を披露することになった。腹にメイクを施し、ペコペコ、クネクネと踊ってみせる。

「ぷ、ぷぎゃあぁぁーー! し、師匠、それ私に伝授してくださいっ!」

 カリバーは無邪気な子供のように、目を潤ませて懇願し、そしてまた腹芸を披露したのであった。

 くびれたウエストに描かれたトンチンカンな似顔絵がアヘアヘと笑い、大きな乳房が不規則に、ぶるんぶるんと揺れる。


 とんでもない宴会芸。

 まるで、──神の遊びではないか。


 俺は大富豪にでもなったかのような気持ちで果実酒を飲み干し、カリバーの腹芸をスケベな視線で眺めていた。なんと素晴らしい晩餐なことか。なんと健気で愛おしい女性なことか。


 おおいに盛り上がった宴会だったが、それをあざ笑うかのように、二階の客室からは恒例行事となった喘ぎ声が聞こえてくる。

 太陽神と呼ばれる天照大御神は未だ顔を出すことなく、淫らな雨は今夜も降り注ぐのであった。


「ご主人様っ! 腹芸というやつ、今度はお尻に顔を描いてやってみたいですっ!!」


 一方で、こちらの女神様はセイライさんたちの事などお構いなしに目をキラキラ輝かせている。

「……カ、カリバーくん、 そ、それは名案だ! もちろん日本では、本来お尻でやるものなのさっ!」


「師匠っ! お尻にメイクをお願いいたしますっ!」


 カリバーが下着を脱ぎ捨て、ぷりんとしたお尻を差し出した。


 わぁーおっ! なんという至近距離。俺は産まれたての我が子に対面したかのような気持ちでまなでる。そして、隙間から覗く菱形ひしがたの蜜壺に顔を埋めたいという欲求をこらえて筆をとった。


「ご、ご主人様……、く、くすぐったいです……」

「これこれカリバーくん、動いたら絵が歪んでしまうではないか? ジッとしていなさい」

「……は、はい、かしこまりました……ぁ、ぁっ」

 

 スベスベな桃尻に描かれたセイライさんの似顔絵が、だらしのない笑みを浮かべていた。

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