第6話

         

 外をうろつくと悪い虫がつくとのことで、俺は宿屋で監禁されることになってしまった。いわゆる束縛だ。エクスが一人でモンスター討伐のクエストをこなしてお金を稼いでくる。俗に言うヒモ生活。


 エクスが帰ってこれば、肩や足を揉み、夜にはご奉仕で胸やお尻を揉み、ニギニギされることは嫌いなくせに、ニギニギすることは大好きで体力が持たない。

 食わせてもらっている手前、頭が上がらない。俺は情けないほど肩身の狭い生活を送っていた。



 そんなある日、宿屋に一人の男が訪ねてきた。

「勇者さん元気にしてますか?」

 宮廷学者のバロウさんだった。以前、何度かお会いしたことがある。さらりとしたセンター分けの髪型で、学者らしいやさ男だ。

「ここではなんなので、どうですか? 一杯?」

 ちょうど監禁生活に飽き飽きしていたところだった。相手が男性ならばエクスも許してくれるだろう。バロウさんのお誘いに心が弾んだ。俺は置き手紙を書いて、バロウさんと街へ出掛けることにした。



 街は夕飯支度の時間帯ということもあって、美味しそうな匂いがあちこちで漂っている。ちょっぴりエクスに罪悪感を抱きながら、久しぶりに繁華街を歩いた。


「お兄さま、私と一緒に飲みませんか?」とエルフ族。

「あら、素敵なオメメのお兄さま! 一緒にどうですニャ?」と獣人族。


 あっという間に、人だかりができてしまった。

 めんどくせーな。モテる男の能力は生活に支障をきたした。種族の隔たりもないらしい。モテる男ならではの贅沢な悩み。有名人の有名税ならぬ、モテ男のモテ税だ。


「随分とおモテになりますね……」

 バロウさんが驚いていた。俺はポリポリ頭をかいて顔をしかめる。たしかに次から次へときりがない。街を歩けばメスというメスが押しかけてくる。

 王都の繁華街には多種多様の種族が混在している。


「お兄さま、一緒に飲みましょうよ」

 六つの乳房を携えた牛のような種族に声をかけられた。その奇怪な容姿に「いえ、結構です」、そっけなく断ると「調子に乗ってるんじゃねーよ!」六つの乳パットを投げつけられた。ズシリとした砂袋の六連撃に体がつんのめる。


 痛っ! オカマかよっ! 

 さすがのモテる能力もオスには適応しないようだ。


 俺たちは欲望の坩堝るつぼと化した雑踏を掻い潜り、結局、バロウさんの行きつけの店で晩飯を食べることになった。猥雑わいざつな繁華街の奥に佇むレンガ造りの店だった。


 しばらく果実酒と料理を楽しんだあと、俺の眼の話になる。

「勇者さんの右眼、突然、白眼になってしまったらしいですね」

「ええ、白眼と言っても視力はあるんですけど……」

「……珍しい症状ですね……」

 バロウさんは魔力と眼について研究しているらしい。

 俺が知っているこの世界の魔法は意外と単純で、属性が眼の色として現れる。例えば赤い瞳。炎属性で、炎を自由に生み出し操ることができる。属性魔法ならば特に修行をする必要もない。前世でいうところのセンスとか、感覚に近い。

 ただし、魔力が0になると白眼になり失明するという恐ろしいデメリットがある。

 どうやら俺の右眼は通常の白眼とは違うようだった。


「原因は勇者さんの左眼、黒い瞳にあるのではないかと思っているんですよ」

 バロウさんが果実酒を煽りながら言った。

「黒い瞳ですか?」

 漆黒眼しっこくがんは時空属性。時間と空間を自由に操れる。

「勇者さんは時空魔法を使ったことがあるのかい?」


 俺は枯渇人の両親の影響もあって、魔法を使うことに抵抗があった。料理のために炎魔法を使う人間や、体を洗うために水魔法を使う人間がたまにいるが、魔力を無駄使いしやがって! と憤りを感じていた。つまりは魔力の倹約家。貧乏性だった。


「いいえ、一度もありません」

「そうですか。時空魔法は事例がほとんどないため、未知なる部分も多いのですが文献にはこう記されています。時空を移動する場合、空間軸によって『存在』に影響を及ぼすことがある」

「存在に影響を及ぼす? どういうことですか?」

「例えば、過去に戻って父親を殺せば、あなたの存在はいないことになり消えてしまう。そんな話じゃないですかね?」

「なるほど……」

「でもまあ、一度も時空魔法を使ったことがないのであれば、その線はなさそうですが……」

 そう言ってバロウさんは本日、十杯目の果実酒を飲み干した。淡々と話を紡ぎながらもお酒を運ぶ手が止まらない。



「ぢゃあ、ごごはぼぐが、おぎょりまずがら……」

 ようやくバロウさんのろれつが回らなくなり、俺たちは席を立った。

「今日はごちそうさまでした!」

「ぢょれでば、まぢゃねーー! ウィンドゥーリターン!」

 バロウさんは支払いを済ませると風魔法を使って、まさに疾風の如く姿を消した。大酒飲みでもあり、魔力の浪費家でもあった。センター分けの髪型が、辛うじてインテリジェンスさを保ってはいたが、根はダメ男に違いない。



 帰り道、バロウさんの泥酔ぶりを思い出し、ニヤついていると、不審者でもみるかのような視線を背中に感じる。うん? 誰だ? 背後にくすんだ色の外套がいとうまとった人間が立っていた。目深に被ったフードの中で蒼白眼そうはくがんが光っている。


 ──なんだ、エクスかっ⁉


「迎えに来てくれたのか!」

 俺は置いてけぼりにしてしまった申し訳なさと、愛されている喜びを感じて、飛びつくように抱きつこうとしたが、その腕は振り解かれ、エクスは足早に去ってしまった。


 あれ? なんか怒ってる? ちょっと飲みすぎたからな……。


 酔っ払ってたせいもあり、気にすることなく宿に戻るとエクスは気持ち良さそうに寝息を立てていた。


「……ご主人たまぁ……、ムニャ、ムニャ……」


 うむむ? さっきはたしかにエクスだったはずだが……。俺もかなり酔ってるのかな? バロウさんのことを笑ってる場合じゃないや……。

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