いやぁ〜ん聖剣美女 ご主人様にニギニギされて、もうエクスカリバー!

@pink18

第一章 聖剣エクスカリバー

第1話


 アーサー王の物語において聖剣エクスカリバーは、千の松明たいまつ如く輝く剣であり、さやには、あらゆる病を治癒する能力が宿っていたと記される。




♢♢♢




「ご主人様ぁ〜〜、会いたかったぁあ〜〜‼」


 たわわな胸が俺の顔に押し付けられた。蛇の装飾が施された胸当てから、ものの見事な谷間がはみ出している。慌てふためく度にふくよかな柔らかいものが揺れる、揺れる。

 これはもう顔をうずめるしかない! 

 ──って、


 ちょっと待った!

 こいつ一体どこから出てきた?


「ご主人様ぁ〜〜、三百年も待ったんですからねっ! 私の名前はエクス! これからはずっ〜〜と一緒ですからねっ!」


 エクスと名乗る謎の銀髪美女が否応いやおうなしに、チュッチュと唇を重ねてくる。


 待て待て待て待て!

 お前は何者だ? どうしてここにいる?

 男性諸君ならば誰もが羨む展開ではあるが、俺は一旦、この銀髪美女を力強く押し退けた。



 ──何が起こったのか?


 ──話はさかのぼる。前世で日本の高校生だった俺は、不慮の事故に遭い「世界で一番モテる男」という願いを女神に唱えて、この世界に生まれた。


 枯渇人こかつびとの街で生を受け、枯渇人の両親と暮らしていた。枯渇人の説明はまたのちほどするとして、簡単に言ってしまえばスラムの街だ。今日、食べるのも必死の生活だった。

 両親が失踪してからは修道院が運営する養護施設に預けられた。そこでの生活、とにかくよくモテた。淑女に童貞を奪われると、毎晩のように取っ替え引っ替え犯された。

「世界で一番モテる男」。女神との約束は嘘ではなかった。願いはしっかりと叶えられたのだ。


 そして、分かったことが一つある。

 モテる理由。

 それは、俺が黒い瞳を持っているからだった。


 日本人ならば普遍的な黒い瞳は、この世界ではかなり稀少で、それだけでモテた。実際、俺以外に黒い瞳を持つ人間に出会ったことがない。

 俺の容姿はある一箇所を除いて、前世の頃と幾分も違いがない。たまに目つきが悪いと揶揄やゆされるが平凡な日本人男性だ。つまり女神は、俺がモテる要素のある世界へと転生させたのだ。


 ここが大きな誤算だった。

 今いる世界は、平和ではなかった。

 ファンタジーでお馴染みの剣と魔法の世界。

 魔王なる者が存在する。


 俺はモテまくってハーレム生活を送りたかっただけだ。魔王とか勘弁してくれ! 律儀にモテる理由なんていらない。と、──まあ、そんな風に思ったが、とにかくよくモテる。この世界の片隅でひっそりハーレム生活を送ってやろう、そう気楽に考えていた。


 十四歳になると、王都にある兵士育成所に入れられた。徴兵制度みたいなもので、この国では十四歳から成人までの四年間を強制的に兵士育成所で過ごすことになる。ちなみに成人年齢は十八歳。俺は、今年成人を迎え、そして今日、いまこの時が卒業式であり、成人の儀である聖剣の儀が行われていたのだった。


 ——聖剣の儀。

 剣に選ばれし勇者のみが、台座から引き抜けるという言い伝えがある。成人を迎えた人間は言い伝えにならい、聖剣を抜くことができるかを試される。

 卒業記念の小さな勲章を戴き、聖剣の儀の順番を待った。聖剣堂と呼ばれる建物の前には長い行列が出来ていた。


「どうする? もし自分が聖なる力を持つ勇者だったら?」

「そんなわけないだろ! 三百年もの間、抜かれたことがない聖剣だぞ!」


 好奇心と期待に満ち溢れた声があちこちから聞こえてくる。

 どーせ、人生で一度しか触れることができない代物。俺は思いっきり握ってやろうと、呑気に浮かれていた。

 聖剣堂の中は、神聖でかつおごそかな空気が漂っていた。張り詰めた雰囲気に、浮ついた気持ちが一瞬で引き締まる。


 

 天窓から差し込む日差しが閃光となって、一筋の光を落とす。そしてその光の先に、それは鎮座していた。


 ——聖剣エクスカリバー。


 つかは金と銀、二匹の蛇が絡み合う装飾が施されている。刀身は重厚でありながらも鋭利な輝きを放ち、神々しくその存在を示していた。

 あまりの美しさに息をのんだ──。

「はい、次の者」、神官の声にハッと我に返る。

 じっとりと汗ばんだ手のひらを着衣で拭い、恐れ多くも伝説の聖剣にかけた。生涯に一度の機会。当然、抜けるはずもないので思い出作りに、めいっぱいニギニギしてやった。


 ——その時だった。目を刺すような光とともに、ぽわんっとした風圧が起き、


「いやぁ〜〜んっ! ご主人様っ! そんなにニギニギされると、もうエクスカリバー!」


 艶っぽい声が聞こえ、目の前に銀髪美女が腰をくねくねさせながら、突然、現れたのだ。

 頬は薄紅色に染まり、潤ませた口を半開きにし、とろけてしまいそうな瞳でウルウルとこちらを見つめている。

 そして、いきなり飛びかかってきて、これでもかというくらいに俺を抱きしめた。こともあろうに、公衆の面前で不埒ふらちな醜態をさらすことになった。


「ゆ、勇者様だっ! 勇者様が現れたぞ‼」


 辺りがざわめき、ことの重大さを理解する。

 台座に刺されていたはずの聖剣がない。驚きのあまり、思わず銀髪美女を突き倒してしまった。


「いったぁー! ちょっとご主人様! なにするんですかぁ〜〜! もうっ!」


 突き飛ばされたにもかかわらず、嬉々ききとした瞳で見つめてくる銀髪美女。


 ひょっとして、こ、こいつが聖剣エクスカリバー ⁉ この銀髪美女が⁉

 俺は、──こいつを抜いちまった⁉


「私は聖剣エクスカリバーのエクス! ご主人様よろしくねっ!」


 よろしくねじゃねぇーわ!

 お前のせいで、勇者扱いされちまうじゃねぇーか!

「……だ、だめなんですかぁ?」

 今にも泣き出してしまいそうな顔。

 か、かわぇー‼ どストライク‼ とんでもない美女だ。


「い、いや、ダ、ダメではないけどさ……」

「やったぁ〜〜! ご主人様よろしくねっ!」

 

 そうしてまた、銀髪美女に抱きつかれ、至福の時? を味わうのであった。

 いやだから、人前でくっつくのだけはやめてくれ! 元日本人の記憶が残る俺にははなはだ抵抗があるっ! 美女と戯れるのは密かにムッツリと──、が信条だ!


 三百年の時を経て抜かれた聖剣エクスカリバー。

 案の定、俺たち二人は、謁見の間へと通されることになってしまった。 

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