奥深いVRMMOを舞台にして描かれる、独りの少女の温かな成長物語。

主人公は、最愛のペットを亡くしたことをクラスメイトにからかわれて不登校になってしまった女の子。
彼女はフルダイブ型VRMMO・RPGのなかで一匹のモンスターと出逢い、亡くしたペットと同じ名前をつけて飼う(作中用語で「テイム」)ことにする。
先輩のプレイヤーたちとの交流を重ね、テイムしたモンスターと一緒にこのゲームを攻略していき、
ステータス的にも精神的にも成長していく彼女は、やがてこのゲームの謎をめぐる大きな事件に巻き込まれていく。

本作の大まかな内容は以上の通りであり、ゲームを通じた一人の少女の成長譚が基本的なストーリーラインとなります。

本文を読んでまず目を見張るのが、登場人物の感情がありありと伝わってくる軽妙で巧みな筆致です。
「主人公の精神的な成長」を目標に掲げ、他の登場人物との交流によってそれを達成していくストーリーを表現するには、
主人公自身はもちろんのこと、他の登場人物の感情も活き活きと描かれている必要があります。
本文は基本的に、主人公の奈津(ナツ)による一人称視点で展開されていくのですが、
会話がとても自然に描かれており、かつ視点主人公の他者に対する心情を繊細に描写しているため、
読んでいると各キャラが「その世界で生きている」と感じられることでしょう。
本作の登場人物は、ナツを指導する先輩のプレイヤーであるロコやギンジをはじめとして、
基本的に善良で思慮深い人格の持ち主が多く、作品全体が優しい雰囲気に包まれています。
また彼らは「しっかりした大人」として描かれていて、ときに厳しくナツに接します。
「大人が子どもを成長に導く」という「児童文学」的なイメージを、本作からは強く受け取れます。

こうした魅力的な登場人物を表現するには、その魅力を伝えるのに相応しい活躍のできる舞台が必要ですが、
本作は世界観についてもしっかりと作り込まれています。
舞台となるのは【プログレス・オンライン】という架空のフルダイブ型VRMMO・RPGでありますが、
その設定は極めて精緻に作り込まれており、著者の仮想世界や情報技術、およびそれらに触れる人間の心情に対する深い造詣と推察が感じられます。
また本作においては、「全て数字で構成される仮想世界の中で、人間の感情が現象されるということは、どういうことなのか」
というスペキュレイティブな問題が提起されています。
こう書くと「敷居が高い」作品のように感じられる人もいるかと思いますが、
本作は著者の筆力およびストーリーの構成力の高さ故に、スッと溶け込むように物語を楽しみながら理解することができます。

総じて、児童文学的なテイストを、SF的な要素をふんだんに使ったVRMMO物へ落とし込んだ、秀逸な作品と言えるでしょう。僭越ながら、当レビューでお読みになって少しでもご興味を持たれた方は、是非本編をご覧になってみることをお勧めいたします。

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