210. 自己認識の壁
私が今まで無意識にやっていた事はゲームの仕様外の物だった。その事が判明した翌日から、その能力を十全に発揮し、そして活かす為の訓練が始まった。と言うのも。
『人と違うって事は武器になるのさ♪ なら、それを活用しないのは勿体ないお化けがでちゃうよ』
『勿体ないお化けが出るかは分からぬが、活用しない手はないじゃろう。お主のその能力とテイマーという職業は、凶悪なまでに相性が良すぎるレベルじゃからな……』
との事だったのだ。
そしてまず最初にやった事は……能力の検証だった。
「あの、ミシャさん! これ、何にも見えないんですけど!?」
「大丈夫! 私はナツちゃんの事を信じてる! ナツちゃんが自分を信じられないのであれば、その分私がナツちゃんを信じる! だから頑張って!」
「いや、いくら信じられても見えない物は見えな、うぎゃっ!」
私は今、目隠しをされて四方八方からちょっと重くて固めのボールを投げつけられている。ロコさんとミシャさんと……それからクロから。
「ミ、ミシャよ。これはやはり少しやり過ぎではないかのっ! わっち、罪悪感で泣きそうなんじゃが!?」
「これもナツちゃんの為、今は心を鬼にして頑張る時だよ! クロちゃんを見習いなよ、ロコっち。愛するご主人様の為、心を鬼にしてあんなに頑張ってるよ」
「キュッ! キュッ! キュッ!」
「……楽しんでいるようにしか見えんがの」
最初はパワーのあるモカさんが投げる役をしていたが、優しすぎるモカさんは途中で投げる事を止めてしまった為、クロが投げる役をする事になった。
クロには罪悪感を抱く様子は全くなく、今も楽しそうに遠慮なくボールを投げつけている。……全くもって楽しそうで何よりだ。
そしてそんな能力の検証を30分程続けた頃……。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ。……ミシャさん、やっぱり無理ですよ!」
「う~ん、おかしいなぁ~。私とロコっちのボールは避けられないにしても、クロちゃんのボールは避けられると思ったんだけど」
確かに戦闘中はペットの動きが見なくても分かるようになってきたけど、今はそれが全く分かる気がしない。
「ナツちゃんは何時も、戦闘中にハイになっていく過程で敵や味方の動きや思考が見えるようになってくるんだよね? でも昨日は模擬戦中に、完全ではないけどその能力の一端が発現して……。要因はメンタルかな?」
「どういう事じゃ?」
「『信じる』って言葉があながち間違いじゃなかったって事だよ。まぁ仮説でしか無いんだけど、多分ナツちゃんは戦闘中にハイになったり凄く怒ったりすることで『出来ない』って思考が吹っ飛んでるんじゃないかな? でも今は『出来ない』って意識が前面に出てるから、本来知覚出来る情報が受け取れなくなってるって事」
そう言うとミシャさんは腕を組んで、人差し指で腕をぽんぽん叩きながら「う~ん」と唸りだした。
「……よし、そうしよう! ねぇ、ナツちゃん!」
「は、はい! ……なんでしょう?」
「ナツちゃんが一番気持ちよく、そして一番戦いにのめり込める相手って誰かな?」
「一番戦いに気持ちよくのめり込める相手ですか……。多分、剛剣悪鬼だと思います。私、ある程度テンポの速い戦いの方が集中しやすくて、それに魔法を使ってくる敵より物理近接勝負してくる敵の方が……何と言うかこう、ノリやすい感じがしますね」
「おぉ~、ナツちゃんはゴリゴリの近接ファイターだね。なら今から悪鬼と戦いに行っちゃおうか♪」
ミシャさんはその行動の意図を説明する事なく、私達は悪鬼と戦いに行く事になった。
一応ミシャさんに理由を聞いてみたのだけれど、「ナツちゃんは意識しちゃうと駄目なタイプだから、情報は伏せておくよ」と言われてしまった。……全くもってその通りなので、それ以上は聞かなかった。
業血の合戦場へと着いた私達は、まず戦場に居る人型モンスターを100体倒してサクっと剛剣悪鬼をポップさせる。
ちなみに私は今、何時もの訓練装備……つまりは、ジャージと訓練用盾、それに訓練用の武器を握り締めていた。
「普段の装備だと倒すまでに掛かる時間が短すぎて訓練の効率が悪いからね。それじゃあ、まずバロメーター10で戦ってみて。ダメージを受けてもロコっちが居るから、気にせず思いっきりね♪」
正直言うと、私はまだバロメーターによる演じ分けが上手く出来ていない。3や7ぐらいまでならまだ何とかなるけど、1や10への瞬時の切り替えが難しいのだ。
私はペットを3体全員出し、最近で一番気分がノッていたクリスタルモール戦を思い出しながら、私の中にその時の私を作り上げていく。
そうして悪鬼との戦いが始まった。
――やっぱり、今一歩ノリきれない!
あの時の全能感を思い出しながら、自分のテンションを上げようと頑張ってみるが、やはり最高潮へと意識的に持って行く事は難しかった。
ノリたいのにノリきれない。そんなモヤモヤが私を焦れさせる。
「ナツちゃん、演じようとしないで。今、ナツちゃんの中に明確なイメージがあるのなら、そのイメージを演じるんじゃなくて、今がそのイメージ上の自分の続きだと思って」
悪鬼の攻撃をパリィしながらミシャさんの言葉に耳を傾ける。
演じるのでなく、今がイメージ上の自分の続きだと思う。私が今思い浮かべているのはクリスタルモール戦の時の私。その時の私を作り上げるのではなく、今がその戦いの続きだと思う。
そう意識した時、私の意識がカチリと切り替わった気がした。
「認識も感情も全て勘違いなの。受け取る情報を自分で解釈し、解釈した結果に対して反応しているだけ。解釈の仕方を変えれば結果が変わる。自分の今の状態は自分で選べる。ナツちゃん、自分を騙しなさい」
そういえばギンジさんも前に同じような事を言っていた。
『人間の脳みそっていうのは複数の事を同時に考える事が出来ねぇんだ。これは感情に関してもだな。簡単な例で言うと、どんなに悲しんでいる時でも、腹が減っている事に意識が向けばその瞬間だけは悲しんでる事を忘れてるんだよ』
『そしてもう1つ重要なことは、自分の感情は自分で選択出来るってことだ。悲しいから悲しい、怒っているから怒っている、楽しいから楽しい、そうじゃなく自分で選択して今の感情を選択することが出来る。環境に流されて感情を制御出来ないのは甘ったれてるだけだな』
最後のはちょっと暴論っぽくはあるけれど、それは本当の事だったのかもしれない。
今どうありたいかを選択し、思い込み、自分を騙す。……今私は、クリスタルモール戦の続きをしているんだ。
「グァアアアアッ!」
「シールドバッシュ! パル!」
「パルゥ!!」
HPが削られ、自己強化で機動力と攻撃力が1段階上がった悪鬼が攻撃を仕掛けて来る。
私はそれをパリィで弾き、パルに指示を出してフロストバインドで悪鬼の動きを阻害させる。
「クロ、合わせるよ!」
「キュッ!」
「ラピッドラッシュ!」
私のラピッドラッシュと、クロのシャドウ ラピッドラッシュで悪鬼に怒涛のラッシュ攻撃を叩き込む。2人でラッシュを決める連携は今までに一度も練習した事がないけれど、私とクロの連携は怖いぐらいガッチリと嚙み合っていた。
クロの気持ちいいリズムが分かる。合いの手を入れて欲しいタイミングがクロにちゃんと伝わっている。私のリズムとクロのリズムが完全に1つになっている。
悪鬼は私達の連続攻撃から発生する細かいノックバックにより、まともに動けないでいた。
「パル、モカさん、決めて!」
「パルゥ!!」
「くんっまぁ!!」
悪鬼のHPを目標値まで削り取った私は、パルに指示を出しエレメンタルブレスで悪鬼を凍結状態にさせてクロと一緒に一歩後ろへと下がった。
そしてそこにモカさんのカウントナックルが叩き込まれる。勿論、カウントバスターとオーバーカウントの上に確定クリティカルという大盛りだ。
そんな強烈な一撃を碌に構える事も出来ずに真正面から受けた悪鬼は、遥か後方へと吹き飛びながら光の粒子になって砕け散っていった。
「うんうん、完璧♪ ……ナツちゃん、今乗り越えたそれが『自己認識の壁』だよ」
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