198. 阿吽道場
ルビィさんから新装備『暴食の籠手』を貰い、その使用感の確認と練習を行った翌日、私は技巧師のパッシブバフを手に入れる為に阿吽道場へと向かった。
「う~、何か緊張してきた。……失敗しても再挑戦は出来るんだけど、やっぱり1回でクリアしたいよね」
昨日、暴食の籠手でパリィの練習をしてみた結果、分かった事が2つある。
1つは、パリィに失敗した時のデメリットが思った以上に大きい事。
昨日は練習中に何度かパリィに失敗してしまい、耐久力の低さと被弾した際のHP・MPスタック値減少幅の大きさを体感した。何とこの籠手、初心者用の木の丸盾と耐久度がさほど変わらないのだ。
木の丸盾は安価なので、大量購入してインベントリに入れて持ち歩く事で対処していたが、この籠手では流石にそんな事は出来ない。折角溜めたHP・MPスタックも大きく減少するし、ルビィさんの言っていた通り、これはパリィに成功することが前提の装備だったのだ。
けれどここで2つ目のデメリットが響いて来る。それは、通常の盾よりパリィがとても難しいという事。
通常の盾は当然この籠手より大きい。それは盾を常時装備して普段使いしづらいというデメリットにもなるが、当たり判定の範囲が大きいのでパリィがしやすいというメリットにもなる。
逆に、籠手は常時装備しておけるので普段使いしやすいが、当たり判定の範囲が小さいのでパリィの難易度が上がる。特に槍や弓などの突いてくるタイプの難易度は急上昇する。
パリィ成功前提の装備でパリィの難易度が高い盾、それがこの『暴食の籠手』なのだ。
それでも、出来ればこの1回でクリアして、少しでも早くキャンセリングタイムの練習を始めたい。
そんな思いもあって少し緊張気味に阿吽道場へと入る。そこは木の塀に囲まれただけのエリアだった。地面は土ではなく、砂利が敷き詰められ、他には何もない。恐らくこのエリアを見て、道場だと思う人は居ないだろう。
「どの試練を望む者か?」
「っ!?」
誰も居ないと思って油断していた所に声が響き渡る。驚いて辺りを見回してみるが、誰も居ない。
「どの試練を望む者か?」
「あ、あの。技巧師のパッシブバフが欲しくて来ました! よろしくお願いします!」
「……了解した。これより技巧師の試練を始める」
そう言い終わると同時に、目の前に突然2体のNPC、阿形と吽形が出現した。
「これより、複数の武器による攻撃を行う。その攻撃を武器毎に10回パリィせよ。一度でも失敗すれば、その時点で試練は終了とする」
どちらが阿形でどちらが吽形なのか正直分からないけれど、(多分)阿形が手に刀を持ち、吽形は後ろへと下がった。どうやら2人同時に相手をするという事は無いようだ。
「それでは、始める」
正直、最初が刀だった事はラッキーかもしれない。何を隠そう私は、業血の合戦場で延々とスキル上げしていった結果、刀の対処が一番得意なのだ。
阿形の攻撃自体もそこまで速い物ではなく、悪鬼の速さに慣れていた私はその攻撃を冷静に見極め、着実にパリィで弾いていった。
すると段々と緊張も解れていき、やはり最初が刀でラッキーだったと確信する。
「合格だ」
「それでは、次の段階へと移行する」
阿形が手に持っていた刀を消して後ろへと下がり、今度は吽形が短剣を持って前に出て来た。どうやら交互に入れ替わりながら、色んな武器で試練が行われて行くようだ。
その後も特に攻撃速度が上がる事もなく、時々フェイントのような事もしてくるようにはなったが特に問題も無く試練を切り抜けていった。
短剣、メイス、棍棒、鞭、などなど様々な武器の攻撃をパリィしていき、そして最後に阿形と吽形の2人が前に出て来る。
「ここまで良くやった」
「これが最後の試練だ」
「パリィによって私達を倒せ」
「パリィ以外によるダメージは一切発生しない」
「えっ!? パリィで倒すってどういう意味ですか?」
阿形と吽形は私の質問に答えることなく、素手で殴り掛かって来た。
パリィは攻撃を弾く技であって、そこにダメージ判定はない。それでどうやって倒せばいいのか分からず戸惑ってしまったが、質問に答えてくれる気が無いのであればと、とりあえずパリィをしてみる事にした。
「ライオンハート!」
2人同時に相手にするとなると、バフで強化していない素の状態では少しきついと思い、自身に全能力値を強化するライオンハートを掛ける。
そして強化された機動力を活かして1体の攻撃を避け、その後に続く2体目の攻撃をパリィした。すると、パリィされた腕からダメージエフェクトが発生する。
――そういう事か。ここだけの特殊ギミックでパリィにダメージ判定が乗ってるんだ。……そして逆に、パリィ以外にはダメージ判定が乗らないと。
最後の試練のルールを把握し、どう戦うかの方針を固める。と言っても、やる事は今まで私がやってきた戦い方とあまり変わらない。
私は基本ソロで戦ってきたし、複数の敵と同時に戦う事なんてよくある事だ。こういう時の戦い方は……。
「片方の動きを阻害しながら1体ずつ丁寧に倒していく!」
私は殴り掛かって来る敵の攻撃をスルリと避けてその手首を掴み、全身を使った背負い投げで1体を投げ飛ばした。
「パル、来て! フロストバインド! エレメンタルブレス!」
「パルゥ!」
この試練でペットを使って良いのか分からなかったけど、駄目だとは言われて無いので躊躇なく使う。魔法を使っても何も言われなかったので、多分大丈夫だろう。
ダメージ判定が無いだけで魔法効果自体は無くならないようで、パルの魔法によって私が投げ飛ばした方の敵は凍り付いて動けなくなった。
後は定期的にパルの魔法を掛け直し、その間にもう一体を倒していく。
「アクセラレーション!」
1体の動きを封じた私は、機動力を上げる魔法を”もう片方の敵に”掛ける。
ライオンハートを自身に掛けたからというのもあるのだけれど、この2体の動きはそんなに速くないので結構余裕がある。
これが、普通の戦いなら敵の速度を速くするなんて事はせずにさっさと攻撃して倒してしまえば良いのだが、今回の戦いはパリィでしかダメージを与えられない。つまり、カウンター待ちをしなければいけない関係上、敵の攻撃速度が遅いとそれだけ倒すのに時間が掛かってしまうのだ。
なので私は、あえて機動力を上げる魔法を相手に掛けてパリィのチャンスを増やす事にした。
その後は特に苦労する事もなく、半ば作業の様に淡々とパリィを重ね、1体目を倒すと2体目も同じ要領で倒していった。
「シールドバッシュ!」
「ぐあっ! 見事!!」
<<パッシブバフ【技巧師】を獲得しました>>
2体目も光の粒子となって砕け散っていくと、技巧師獲得の通知画面が表示された。
「……これで終わり?」
少し緊張しつつも気合いを入れて試練に挑戦したというのに、結果そのあっけない終わり方に私は困惑してしまった。
後日、そんな感想をギンジさんに話したのだが……。
「お前さん、何言ってんだ? よく考えてみろ。お前さんは回避スキル100で、装備の効果で更に反応速度が上がってんだ。その上でお前さんの戦闘技術は俺たちの折り紙付き。それでクリア出来ない難易度なら、このゲームのプレイヤーでクリア出来る奴なんて1割も居ねぇよ」
回避スキルは集中した際の反応速度に影響を与える、しかも装備バフで更に反応速度が強化されているので、プレイヤーとしての素の反応速度も加味すれば、私はプログレス・オンラインの中でもトップクラスの反応速度の持ち主だと言える。そしてシュン君やギンジさんに接近戦の戦い方を叩き込まれてきた経験もある。
確かに、それでもクリア出来ないレベルの試練を課せるのは、1つのパッシブバフ取得条件にするには高すぎるハードルだろう。下手したら炎上物だ。
私は自分が上位プレイヤーになっていたのだと再認識しながら、あまりのあっさりとした結果に喜ぶタイミングを逃しつつ、キャンセリングタイムの練習を開始する事となった。
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