190. 極限の先で
これまで私は沢山の逆境や壁を乗り越えて来た。
ゾンビMPK、かくし芸大会、初めてのバグモンスター戦、猿洞窟の卒業試験、レジェンダリー・アントヴァンガードのバグモンスター、剛剣 悪鬼、ハイテイマーズとの戦い。……師匠達の(とても)厳しい訓練。
そんな経験を経て理解したのは、『最終的に事の成すのは根性』だという事。
日々の積み重ねは大切だと思うし、根性だけで全てが上手く行くなんて私も思っていない。けれど、行動に移すのも、やり遂げるのも、やっぱり必要なのは根性なのだ。
どんなに時代が変わろうが、考え方が古臭かろうが、ここだけは絶対に変わらない。……だから私は思考を止めない。弱気も無理な理由も、1度行動を起こしてしまば全てを気合でねじ伏せる。
「スラッシ! スパイラル エッジ! バックスタブ! コーリング ライト!」
毘沙門天を発動した私がまずやった事は、沢山のクリスタルモールの背を駆け抜けながら少しでも茨の短剣を成長させる事と、地下空間のあちこちに光源を発生させる事だった。
毘沙門天の有効時間は30分しかない為、出来ればすぐにでもシャドウ ラピッドラッシュを使いたいが、それはさっき使ったばかりなのでまだクールタイムを終えていない。だからと言って逃げ回るだけでは勝てないので、少しでも勝率を上げるために今は勝つための下地作りをする。
頭が焼き切れそうなほど高められた集中力と、神化装備と毘沙門天により大幅に向上したステータスによって、私は四方八方から飛んでくる魔法の弾幕を全て避けながら地下空間を走り回っていた。
「……来た! シャドウ ラピッドラッシュ!!」
「キュイーーッ!?」
各種ポーションを使いながらも戦い続け、遂にシャドウ ラピッドラッシュのクールタイムが明けた。ここからが本番だと気合を漲らせ、1体のクリスタルモールに標的を定めて強襲する。
全てを振り絞るような怒涛のラッシュに、クリスタルモールは堪らず悲鳴を上げる。1体目よりも少しでも速く倒すと更に勢いを増して切り裂き続け、2体目は4分程で倒す事が出来た。
――こんなんじゃ全然足りない! もっと速く!!
今のままでは勝つことは出来ないと分かった私は、更にリスクをとる事にする。決断は一瞬で済ませ、コンボを重ねながら流れる様にインベントリを操作し、HPを削る毒入りエナジーバーを取り出し躊躇なく頬張った。
本来これは、フォローをしてくれる仲間がいない状態で使うのはリスクが高すぎるが、そんな事知った事かとばかりに食べられるだけ口に頬張りバフを盛る。
今回食べたのは機動力向上のエナジーバー。筋力向上とどちらにするか少し迷ったけど、速度を上げてクリスタルモールを切り続ければ結果的に攻撃力は上がると思いこちらのバフを盛る事にした。
リスク承知のバフにより私の勢いは更に増し、その分私の機動力と攻撃力は更に増していく。もはや私の頭は避ける事と切る事、そしてそれらを熟しながらもインベントリを操作し自身にポーションを掛ける事のみに特化していき、1体を倒すのに掛かった時間は計らないようにした。
もうこれ以上私に出来る事は無いため、後はこの3つを極めていくしかないのだ。
戦いはどんどん加速していき、いつの間にか私の短剣は大太刀程の大きさまで影の刃が成長していた。恐らくもうすぐで、私の速度は反応速度のステータスによって制御できる範囲を超えるだろう。
そこからは自分自身との勝負になる。以前、レジェンダリー・アントヴァンガードとの戦いの際、無限増殖する子蟻を使ったバフ大盛り作戦を決行したが、あの時はかなりギリギリで、終盤には殆ど視界で状況が判断出来ないレベルになっていた。
あの時は目の前の黒い物体に刃を滑らせるだけで済んでいたので何とかなったが、今回はそんな高速戦闘を行いながらも魔法の弾幕を避けつつ、インベントリ操作をミスなく操作し続けなければならないのだ。
――難易度が鬼過ぎて笑えてくる。ノーミスで出来たら絶対ギンジさんに自慢しよう!!
そんな空元気で気力を保ち、この絶対的な逆境との戦いに振り絞り続ける。
もう毘沙門天を発動してどれだけの時間が経ったか分からない。今何体のクリスタルモールを倒し、残り何体居るのかも分からない。
ひたすらクリスタルモールの背を駆け抜けながら影の刃で切り、インベントリ画面に指を滑らせ、踊るようにターンや加速や飛び跳ねながら障害物を避ける。
自分で言うのもどうかと思うけど、恐らく今の私の動きは神懸かっていると思う。今までで一番気持ちよく戦えていて、それが更に私のテンションを上げてくれた。
何処までも速くなれる。何処までも強くなれる。そんな確信を胸に、更に先へと進む……けれどそこで、タイムアップが来た。
――そんなっ! 私はまだ戦えるのにっ! 私はまだ強くなれるのにっ!!
毘沙門天の効果が切れ、大きな力を手に入れた反動が私を襲う。反転していたデバフの倍化だ。
私はもはや真面に動く事も出来ず、体のバランスを崩して地面へと倒れ込み、それまで高めていた速度の慣性に従って地面を転がり続けた。
そしてその勢いのまま壁へとぶつかり、強い衝撃と共に私のHPを大きく削りとった。
その後、目を見開いて状況を確認すると、残りのクリスタルモールは8体。そして、データ保護アイテムの残り時間は10分弱。絵に描いたような絶体絶命だ。……それでも私は立ち上がった。
これはもう、私の負けでほぼ決まりだろう。だけど、寝そべったまま諦めてやられるのは格好悪くてレキに話せない。
どうせなら、みんなに胸を張って話せるよう最後まで格好良くありたい。だから私は、両手で短剣を強く握り締め、歩きだした。……その時、天井からドコンッという大きな音が鳴り響いく。
その音に驚いて上を見上げると、天井から大きな光が差し込み……2人のプレイヤーが落ちて来た。
「ギンジさん! シュン君!」
「よう、間に合ったみたいだな。よく耐えた、後は任せろ」
天井から落ちて来た2人はゴロンと転がりながら受け身を取り、即座に立ち上がって状況を把握した後、そのままクリスタルモールへと駆けて行った。
ギリギリの所で助けが来てくれた事実にやっと頭が追い付き、感動と安堵で胸がいっぱいになる。だが、それと同時にある事に気が付く。
「シュン君もギンジさんも、今データ保護アイテムのインターバル中ですよね!?」
「なに、やられる前に倒せばいいだけだ」
「バグモンスターの攻撃に当たらなければ、データ保護が有っても無くても同じですよ。あ、でも、ギンジさんも僕も十二天のインターバルが明けてないので、倒すまで少し待っていて下さい」
2人のあまりの頼もしさに涙が出そうだ。……けれど、そんな感動の時間も長くは続かなかった。
8体のクリスタルモールを相手取る2人を見つめていると、突然私の近くの地面が盛り上がり、更に追加の1体が現れたのだ。
何とも意地が悪い事に、このクリスタルモールはずっと地中に隠れて不意打ちを狙っていたのだろう。
だが、そんなクリスタルモールを見ても私に焦りはなかった。
頼もしすぎる2人が助けに来てくれた事によって、それまであった極度の緊張が解けており、その反動で半ばぼんやりとしていた私が考えていた事は……。
――……疲れた。早く終わらせてベッドで寝たい。
そんな事をぼんやりと考えた私は、そのまま無意識にクリスタルモールの方へと歩いて行った。
それを見たクリスタルモールは私を倒すべく魔法を発動しようとするが、魔法を発動しようとした時点で何故か飛んでくるであろう魔法の射線が分かり、射線から少しズレるように歩く。
私の左スレスレに石の礫が飛んできたが、私は全く焦らない。今の私は全く頭が働いておらず、放心状態のままスルスルと敵の魔法を避けながら歩き続けた。そして近づく程、クリスタルモールの中に何か汚れのような物を感じ取る。
遂に触れられる程まで近づいた私は、短剣を軽く振りぬき、その汚れを切り裂いた。その汚れが何なのか、何で切れると思ったのか自分でも分からない。本当に何も考えず無意識に切っていたのだ。
「キュイーーッ!!」
切られたクリスタルモールがその場で倒れ込み、そして体中に広がっていたバグテクスチャが光の粒子となって剝がれ始める。
それをぼーっと見ていた私だが、疲労が限界を迎えたのか急に視界が暗転し、強制ログアウトとなってしまった。
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