179. 命名
「ナツ、いらっしゃい」
ハイテイマーズのギルドハウスでシャドウ ウォーバニーを受け取った後、心合わせの指輪の強化を依頼するため、私はルビィさんのお店へと訪れていた。
ちなみにロコさんはハイテイマーズのギルドハウスに残り、ギルドの閉鎖処理についてガザンさんと話し合っている。
「こんにちは。最近はエイリアスのギルドハウスで会う事が多かったので、このお店に来るのも久しぶりな気がしますね」
「最近までバグモンスター素材の装備作りや、ハイテイマーズのごたごたに掛かりきりだったからね。それもやっと一区切りついたから、これからは店に顔を出す時間が増えて来ると思うわ」
ルビィさんは自分のお店の事もあるのに、時間を割いてエイリアスを手伝ってくれていたのだ。先日のハイテイマーズとの戦いに関しても、武器や神化装備の製作を急ピッチでやってくれていたし、ルビィさんには本当に頭が上がらない。
「あの、ハイテイマーズの一件も一段落したばかりなのに申し訳ないんですけど……また装備作りの依頼をしていいですか?」
「なに遠慮してるの、私はナツの専属なのよ? それに生産職をやってれば、依頼がいくつも重なって忙しくなる事なんてよくある事なんだから」
そう言ってルビィさんは私からの新たな依頼を快く引き受けてくれた。
今回ルビィさんに依頼する物は2つあり、1つは心合わせの指輪の最大強化。2つ目はシャドウ ウォーバニー用のアクセサリー作りだ。
パルもモカさんも、バグモンスター製のアクセサリー装備を着けている。これはバグモンスターと戦うために必要な物なので、シャドウ ウォーバニー用の物も今回依頼することにした。
「そういえば、今回新しく私のペットになったシャドウ ウォーバニーは2本の短剣を武器にしているんですけど、これってプレイヤー用の強力な短剣と交換する事って出来るんですか?」
「あぁ、一応は出来るけど、性能は変わらないわ。完全に見た目だけ変わる感じになっちゃうわね」
ペットには種類によって武器を持てる者と持てない者が存在する。もしプレイヤー用の武器や防具を装備出来るとなると、ペットの種類によって格差が生まれてしまうそうだ。その為、プログレス・オンラインではペットの装備を変更しても、基本見た目だけ変わる仕様となっているらしい。
ただし、ガチャ産や一部プレイヤー産の装備にはペット専用装備という物があり、それに関してはペットに装備させる事でバフ効果などを発揮する。……良バフはとんでもなく高価だけど。
――ルビィさんへの依頼も終わったし、後は新しい家族の顔合わせだね。……大丈夫かな。
……
…………
………………
大丈夫ではなかった。
「パルゥ! パルゥ!!」
「……」
パルが新しい家族であるシャドウ ウォーバニーを威嚇している。しかし、当の本人はまったく気にしていない様子で、完全に無視を決め込んでいる。
そんな2人を見てオロオロするモカさん。……そんなモカさんも可愛いな~。
さて、なんでこんな状況になっているかと言うと、私がギルドハウスの自室へと帰ったあと、顔合わせの為にみんなをサモンリングから具現化したのだ。
そしてパルとモカさんにシャドウ ウォーバニーの事を紹介した……までは良かったのだが、パルとモカさんがシャドウ ウォーバニーに話しかけても無視し、雰囲気を良くしようと私がちょっと高級なペット用のおやつを皆に手渡していくと、シャドウ ウォーバニーはそれを「いらねぇよ」とばかりに床にばらまいた。
そして、それを見たパルがぶち切れたのだ。
「パル、落ち着いて! ……えっと、食べたくないなら無理に食べる必要はないけど、その態度はよくないよ。私達はこれから一緒に戦う仲間で家族なんだから」
「……」
シャドウ ウォーバニーは無言で私の顔をじーっとみて、その後、2本の短剣を抜いてぴょんぴょん飛び跳ね出した。そうやって床をバシバシ蹴り叩くシャドウ ウォーバニーを見て、私は恐る恐る尋ねる。
「えっと、言う事を聞かせたければ戦えって言ってるの?」
「……キュ」
本当に好戦的な子だ。でも、これがこの子なりのコミュニケーションなのであれば拒否する気はない。
「分かった。でも私が勝ったら、ちゃんと2人に謝る事」
「……キュ」
短く返事をしたシャドウ ウォーバニーを見て、私達は訓練場へと向かった。ただ、またシャドウ ウォーバニーのスタミナ切れするまで戦うと時間が掛かってしまうので、今回は訓練場の設定をフレンドリーファイア有効の決着判定をHP1割に設定した。
この設定をすると、テイマーとペットでお互いにダメージを与えられる状態で戦う事が出来、尚且つHPを1割以下になる事はないのでロストの心配もない。
そして私とシャドウ ウォーバニーの真剣勝負が始まり……それは3分も掛からず決着が着いた。ステータスと戦いの経験値が違い過ぎるのだ。
ただ、これからこの子もダンジョンでレベル上げをしていくし、戦い方もどんどん学習していく。同じ2本の短剣使いなので、教えられる事も沢山ある。なのできっと、これから少しずつ苦戦するようになっていくだろう。
「はい、私の勝ち。じゃあ、ちゃんとパルとモカさんに謝ろうね」
「……キュ」
シャドウ ウォーバニーは浅くペコリと頭を下げてパルとモカさんに謝る。モカさん元々気にしてなかったようなので良かったが、パルはかなり不満げな様子だった。これから少しずつ仲良くなってくれると良いんだけど。
その後、また私はおやつを出して皆で食べる事にした。すると今回はシャドウ ウォーバニーも大人しくそれを受け取り、無言でポリポリ食べている。
――ちょっと好戦的過ぎる所はあるけど、悪い子じゃなさそうなんだよね。……それに、そんな一面も何だか可愛く思えて来るから不思議。
「そうだ。君の名前なんだけど、クロとかどうかな?」
「……」
私がそう提案すると、シャドウ ウォーバニーは食べるのを止め、2本の短剣を抜いてぴょんぴょん飛び跳ね出した。どうやら、命名したくば戦って勝てと言っているらしい。
これから事あるごとに戦う事になるのかとちょっと苦笑いしてしまったが、これも楽しいペットとのコミュニケーションだと前向きに考える事にした。
ちなみに、この数分後にシャドウ ウォーバニーの名前はクロに正式決定した。
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