169. 観戦

「いや~、楽しみだね! ここ最近のプレイヤー主催イベントの中じゃ1番の盛り上がりじゃない?」

「悪趣味なイベントだけどね。あの賭け事の内容もそうだし。……見てよ、あのペットの布陣。どう考えても、碌な抵抗もさせずに1人を圧殺する気満々じゃない」


 今日は何時も一緒に遊んでいるフレンドに誘われて『ハイテイマーズ 32人 VS アンタッチャブル』という一瞬目を疑うようなイベントを観に来ていた。

 ただ、正直に言えば、私はこのイベントを観戦する気など無かった。噂では、ハイテイマーズが1人の女の子を罠に掛けて、避けられない戦いに引きずり込んだという話まである。どう考えても真面なイベントではない。


 そしてこれから始まる戦いは、戦いにすら成らないのではないかという可能性すらあった。

 コロシアムの会場に居る大量のペット。あれらはハイテイマーズの主戦力のはずなので、恐らくその全てがレベル100に到達しているカンストペットだろう。

 更にその種類が問題だ。ハイテイマーズが用意しているペットのうち半分が拘束や状態異常などデバフを得意とする種類で固められており、残りは遠距離火力と少数の近距離火力で構成されている。

 恐らく、試合開始と同時にアンタッチャブルに複数のデバフと拘束技の重ね掛けして動きを止め、遠距離攻撃で一気に勝負を終わらせる気なのだろう。先ほど、ハイテイマーズから行われたルール説明で、フレンドリーファイアが起きない設定にしてあるとも言っていたので、味方ごと総攻撃を仕掛けるとみてほぼ間違いない。


 その上でハイテイマーズは、アンタッチャブルのペットを何体ロストさせるかで賭け事まで行っているのだから、悪趣味以外の何物でもない。


「う~ん、僕はそんな悲観してなよ? 何と言ってもあの二つ名持ちを束ねるギルド【エイリアス】のギルマスだからね。きっと何か面白いことが起きるんじゃないかって期待してるよ」

「ギルマスって言っても子供なんでしょ? それに、本当か嘘か知らないけど、アンタッチャブルってこのゲームを始めてまだ1年経ってないって話もあるし」


 そんな話をしていると、多くのペットとテイマーがひしめき合う会場に、1人のプレイヤーが現れた。

 軽装の上下に黒のロングコート、手足に鎖付きの枷を着け、顔には大きく目立つタトゥーがあり、その瞳を赤く輝かせる。それは正に噂通りの姿であったが、驚いたのは私が思っていた以上に小柄な女の子だった事だ。

 恰好によって少し分かりにくいが、見た目から察するに恐らく中学生か、下手したら小学生では無いだろうか。

 そんな子が、今からあの大人数と戦うというのだから少し心配になってくる。


 ハイテイマーズのギルマスが出てきて、アンタッチャブルと何か話している。その内容は聞こえないが、あのニタニタした態度からしてあまり愉快な内容ではないような気がする。

 話が終わったのかハイテイマーズのギルマスは後方へと下がり、司会進行の声が鳴り響く。


『大変長らくお待たせ致しました。ただいまより、ハイテイマーズ VS アンタッチャブルの試合を開始致します。尚、本イベントの司会進行は、プログレス・オンライン公認アイドルこと、ロロアが務めさせて頂きます♪』


 ――この人は本当に何処のイベントにも出没するなぁ……。


 こうして32対1、総勢128対4の戦いが始まった。


 ……


 …………


 ………………


「は、ははは……何か面白い事が起きるんじゃとは思ってたけど、こうなるとは思わなかったよ」

「これが二つ名持ち……」


 目の前に広がる光景……それはアンタッチャブルによる狩場だった。


 戦闘エリアは黒い霧に覆われ、あちこちに歪な形の大きな石柱が生えている。

 黒い霧の中で赤い瞳がキラリと輝けばハイテイマーズの誰かの悲鳴が上がる。ハイテイマーズの誰もがアンタッチャブルを追おうとするが、アンタッチャブルは石柱の間をスルスルと走り抜け、時に大きな狐の背に乗り、時に翼を生やして飛び回り、かと思うとその姿は溶ける様に消えていった。

 

「ねぇ、あの黒い霧と石柱が何か知ってる?」

「石柱は召喚魔法だね。一応ガチャ品だけど、戦闘では役に立たないからスクショ用のオブジェみたいな扱いになってたんだよねぇ~。実際何の特殊効果もないから、そういう意味で作られた魔法で間違い無いんだけど、まさかこういう使い方するとはね。……霧は多分、クレイジークレイジーの作品かな」


 クレイジークレイジー。プログレス・オンライン内に8人しかいない二つ名持ちの1人で、様々な頭のおかしいアイテムを作り出す狂人。

 詳しい話を聞いてみると、あれは黒魔法のミストと同じ効果を発揮する消費アイテム【霧玉】を魔改造したアイテムらしく、以前街のど真ん中でそれを使い大騒動になった事があるそうだ。ちなみに、クレイジークレイジー被害ノートという名前のブログにその時の事が詳しく書かれているらしい。


「ミストの効果って事は、外から見てる私達以上にハイテイマーズの人達は視界不良を起こしてるってことか」

「範囲が広すぎるし効果時間は短い、そして魔改造の結果とんでもなく高価になったって事で需要は少ないらしんだけどね。……今見てる限り、今回の戦いにはもってこいのアイテムだ」


 効果時間は短くとんでもなく高価なアイテム。恐らく戦闘中にアイテムを連続使用しているんだろうけど、いったいこの戦いにいくらつぎ込んでるのか。


 今こうしている間にもあちこちでハイテイマーズの悲鳴や怒鳴り声が聞こえ、まさに阿鼻叫喚の嵐だ。

 そうして1人、また1人とアンタッチャブルに狩られて行く。


 アンタッチャブルが1人屠る度に観客席からは歓声が沸き起こるが、私はそれに交じる気にはなれなかった。

 黒い霧の中、淡々とプレイヤーを屠っていくアンタッチャブルを見ていると背筋が凍っていくのを感じる。


 以前、掲示板で二つ名持ちの事を化け物だと言っていたのを見た事がある。

 目の前の光景を見ていると、それが真実なんだと分かる。一般プレイヤーとは隔絶した存在。


 ――これが二つ名持ち、アンタッチャブル……。

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