147. 全能感と違和感

 ルビィさんから託された新装備によって毘沙門天の力は格段に上がった。けれど私の準備はまだ終わっていない。


「レキ、フェアリーダストをお願い!」

「ワフッ!」


 レキのレベルが80を超えた事によって新たに覚えた魔法、フェアリーダスト。その光り輝く妖精の粉を受けた者は空を飛ぶことが出来る。

 レキのフェアリーダストを受けて、私の体がフッと軽くなる。そしてトンっと地面を蹴ると、私の体はフワっと宙に浮かび出した……よし!


「シュン君、こっちの準備はOK! いつでも変われるよ!」

「僕の方もいつでも大丈夫です! ヘイトが移り次第離脱します!」


 シュン君の火天の効果時間はまだ少し残っているけど、効果が切れると機動力スキルが0になるため戦線離脱するのも大変になる。捕食されるような最悪の事態にならない為にも、火天効果中に入れ替わって安全に離脱してもらう必要があるのだ。


「エアウォーク!」


 蹴りスキル技能であるエアウォークは空中を蹴ってジャンプする技能で、蹴りスキルが100になっている私の最大連続ジャンプ回数は5回となっている。そしてフェアリーダストを受けている今の私が使えば、それは縦横無尽に飛び回るための加速ブースターへと変わる。

 私はハイエンスドラゴンの顔を目掛けて飛び出し、数回の空中ジャンプを経て後頭部へと回り込む。


「バックスタブ! スラッシュ! スパイラル エッジ! ……メテオ スタンプ!!!」


 ハイエンスドラゴンの後頭部に連続で短剣技能を叩き込み、その後その頭を踏みつけて高く飛び上がる。そしてそこから高さによりダメージ量に上昇補正が掛かるメテオ スタンプによってハイエンスドラゴンの頭を強烈に踏みつけた。


 ――なんだろう、凄く体が動く。スキルも成長したし、ルビィさんの新装備もあって強くなったけど……それだけじゃない。


 それからも私はエアウォークにより縦横無尽に飛び回り、バフにより増した持久力とクールタイム減少の恩恵による怒涛のスキル回しの暴力を浴びせ続けた。そして遂にヘイトが私へと移り変わる。


「ナツさん、後はお任せします!」


 ヘイトが私へと移った事を確認すると、シュン君はすぐに後退しこの隔離エリアからすぐに撤退した。これであとは私がしっかりとタンクを全う出来れば、ギンジさんもロコさんも襲われない。……もう誰も死なせない!!

 ミシャさんは全く気にした様子は無かったけれど、今でもミシャさんがハイエンスドラゴンのブレスで吹き飛ばされた光景が頭から離れない。

 それにミシャさんが助けてくれなかったら、ロコさんのペット達もレキ達もみんなロストしていたかもしれなかったのだ。それを考えただけで自然と短剣を持つ手に力が入る。


「グゥウオ˝オ˝ォン!?」


 ハイエンスドラゴンが咆哮しようと口を開きかけた瞬間、私はその顎下へと滑り込み、渾身の力で蹴り上げた。


「……おい、ロコ。今あいつ、咆哮モーションに入る前から動いてなかったか?」

「分からん。今のナツはルビィの装備で機動力も反応速度も大幅に向上しておるし、その上自身の技能や魔法によるバフも掛けておる。単純にわっちらが認識するより速く、ナツが咆哮モーションに反応しただけやもしれぬ」

「まぁ、その可能性はあるんだけどよ……ロコはどう思う?」

「……咆哮モーションに入る前に察知しておったな」


 ハイエンスドラゴンとの戦闘は続く。


 ……


 …………


 ………………


 私は時々、戦闘に集中していく過程で変な感覚を覚える時がある。

 初めてその感覚を感じたのは猿洞窟のボス戦の時、戦闘が激しさを増していくにつれて私の集中力はその高速戦闘に引っ張られるようにどんどん増していった。けれどもその戦闘の激しさとは反比例するように、私の内面はどんどん静かになって行く。

 そうやってどんどん集中力が増していくと、今度は私と私の周りのものが繋がっていくような感覚に襲われる。最初はレキ達と繋がり、レキ達が今何を考え何をしようとしているのか感じ取れるようになり、逆に私の考えを口に出さなくてもレキ達に伝わり、阿吽の呼吸で動きを合わせる事が出来た。後にロコさんからこれはゲーム内仕様でリンクという現象なのだと教えてくれた。

 けれどそれだけではなく、私はボスである赤猿とも繋がっていたのだ。赤猿の動きが分かる。赤猿の考えている事が分かる。赤猿の感情が分かる……。


 そして次はレジェンダリー・アントヴァンガードとの戦闘。あの時、私は無限に湧き出る子蟻を使ってコンボ数を稼ぎ、一時的にシュン君をも超える機動力を手に入れていた。

 あの時の速度は私の反応速度を完全に超えており、本来であれば制御など出来ずに限界を迎えていても不思議では無かった。けれど、どんどん加速していく世界の中で、私の集中力は増していき、再度あの感覚に行き着いた。

 自身のあまりの速さによって移り変わる光景に目が追い付かず、もはや何を切っているのか視認出来ないような世界で、私は見るのではなく感じる事によってその速度を制御していた。その時の私も、周りとの繋がりを感じることが出来ていたのだ。


 今までは曖昧な感覚だったため、集中力が高まったことでそう感じるだけなのだと思っていた。けれど今ははっきり分かる。私は今、色んなものと繋がり、感じる事が出来てる。

 ギンジさんがクールタイムあけに大技を出そうとしている。ハイエンスドラゴンの視線と位置取りに気をつけなきゃ。

 ハイエンスドラゴンがまた咆哮して、その後私を捕食しようと考えている。事前に分かっていればそれを防ぐことなんて簡単だ。

 もうすぐフェアリーダストの効果が切れそうだ。私がそう思った時、指示を出すことなくレキからフェアリーダストの重ね掛けがされた。


 激化する戦闘の中、私は静かにその全能感を感じ続けた。……そして遂にハイエンスドラゴンのHPが2割を切る。


『ナツ君、少しの間でいい、ハイエンスドラゴンをその場から動かないようにしてくれ!』

「分かりました!!」


 私は更にギリギリの戦いに挑むため、息を吸いながら気合いを入れなおす。


「ウルフ シャウト!『アオーン!』 ラピッド ラッシュ!!」


 あまり逃げ回ると私を追いかけるハイエンスドラゴンもその場から動いてしまう、そこで私はハイエンスドラゴンに張り付くように戦い、ギリギリの所で躱しながら極力移動させないように行動した。

 私がハイエンスドラゴンとギリギリの戦いをしている間に、最初の時と同じように複数人の運営スタッフが転移してきて、その掌をハイエンスドラゴンへと向け鎖を放った。そして、その鎖は黒く淡い光を宿し、ハイエンスドラゴンを絡めとる。


 ――やっと、終わった。……疲れたぁ~。


 体中を鎖で拘束されたハイエンスドラゴンはその拘束から抜け出そうと暴れるが、今回の拘束はその強大なステータスを以てしても簡単には抜け出せないようだ。後は、この大幅に行動を制限されたハイエンスドラゴンを皆で攻撃し続け倒すだけ。

 長かった戦いもやっとこれで終わりだと息を吐き、体の力を抜く。……だがそこで、何か違和感を覚える。


「なに? ……何かおかしい」


 何か嫌な予感がした私がファイさんに注意を促そうとしたその時、拘束されて身動きが取れないハイエンスドラゴンの目に黒く怪しげな光が灯る。そしてその身が球体状の黒い半透明の膜で覆われた。

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