146. 神化

「ファイさん、聞こえますか! ミシャさんはちゃんとプライベートルームに戻ってますか!?」


 ハイエンスドラゴンのブレスに飲まれ消えていったミシャさんを見て唖然としてしまったが、その後にある懸念を覚えてファイさんに通信を繋いだ。


『問題無い。キャラデータの何処にも破損なく戻ってきている。だが、データ保護は完全に消えているため、戦線復帰は出来ないと考えてくれ』

「良かった……」


 運営スタッフの1人がハイエンスドラゴンに捕食され、そのキャラデータは完全にロストした。捕食攻撃以外は大丈夫だと言われていたが、ブレスに飲まれるミシャさんを見て急に不安になったのだ。


「ナツ、切り替えろ! 奴がブレス後の硬直から復帰するぞ!」


 先ほどミシャさんを吹き飛ばしたハイエンスドラゴンはゆっくりと私達の方を向き、その目に明らかな殺意を映していた。


「本来、あの咆哮は残りHPが1割を切ったときにやる最後の悪あがきだ。1度の戦闘で1回しか使わない隠し玉だが、行動ルーチンが無茶苦茶な現状じゃ何の保証にもならねぇ。最悪何度でも打って来ると思って警戒しろ」


 それからまた戦闘は開始された。先ほどと同じようにシュン君がタンクを担い、その間に私達で総攻撃を仕掛ける。

 けれど、この戦況は長く続かない。


「火天の残り時間が5分を切りました!」


 そう火天の残り時間だ。火天は最大で30分しか効果を発揮する事は出来ず、効果が切れれば火天により数値を弄ったスキルのレベルは火天を発動していた時間分だけ0になる。

 ハイエンスドラゴンが捕食した相手のステータスを取り込み強化する特性を持っている以上、火天が切れた段階でシュン君は戦線を離脱することになるだろう。その後、少なくとも30分は復帰出来ない。

 そうなれば残り3人とペット達だけで、あの理不尽の塊のようなドラゴンと戦うしかないのだ。


 ――勝ち筋なんてあるの?


 そんな不安を声に出さないように内心に押し止めていると、ファイさんから吉報が届く。


『これまでの戦闘ログを解析し、凍結処理システムを改修した。完全な凍結は不可能だが、敵の行動は大幅に制限出来るはずだ』

「凄い!! それじゃあ、私達は運営スタッフが凍結処理をするまでハイエンスドラゴンの足止めをすればいいんでしょうか?」

『いや、今の状況で凍結処理を試みても恐らく失敗してしまうだろう。出来れば敵HPを2割以下まで下げてもらいたい』


 現状のHPは5割弱。つまり3割近くを削る必要があるということだ。

 敵の攻撃パターンは体を使った通常攻撃、捕食、全体を行動不能にする咆哮、ブレス、咆哮の衝撃波による全体攻撃。ヘイト管理を行いながらそれらの行動を阻害する必要があり、しかも敵はどんどん怯み耐性が上がっているため半端な攻撃では阻害が出来なくなってきている。

 

 ――かなり厳しいけど、3割削るまで耐えればいいだけなのなら……。


 私はやっと見えた勝ち筋を逃がさない為に決断する。


「シュン君の後は私がヘイトを受け持ちます。その間、レキ達への指示出しはロコさんにお願いしていいでしょうか?」


 基本的にペットに指示を出せるのはそのペットのテイマーだけなのだが、ペットとの友好度が高く保たれ、ペット自体がそれを了承すれば、他者に指示出しを委ねる事が出来る。一部、本来のテイマーでなければ発動出来ない特殊なペット技などもあるが、それ以外はペットが了承すれば指示を出す事が可能だ。

 私のお願いを聞いたロコさんは眉間にシワを寄せ困った顔をしたが、その後諦めた様に溜め息を吐いた。


「分かった。お主のペットはわっちが責任を持って守ろう。お主もあれに突っ込むのであれば十分に気を付けるのじゃぞ? 間違っても捕食などされぬでないぞ?」

「勿論です。だって私は、これからもレキ達とこの世界を冒険したいですから♪」


 ロコさんは私の言葉に深く頷き、レキ達の事を受け入れてくれた。……そして私はルビィさんから託された新しい力を使う。

 インベントリから時戻しの懐中時計を取り出し、現在の装備一式を懐中時計に記録された装備へと切り替える。


 ・手足の枷は無くなり、腕には光輪の腕輪。足は素足になり光輪のアンクレット

 ・下は所謂アラジンパンツと言われる、だぼっとしたパンツ

 ・上は胸部に白いサラシ

 ・顔のタトゥーは消え、代わりに雫型の赤い斑点が額に付いた


 ルビィさん曰く、毘沙門天は元々インド神話に登場するクベーラという神様らしく、毘沙門天用の衣装もその神様にインスピレーションを得て作ったらしい。……正直に言うと、普段の装備と比べるとかなり露出が増えるので結構恥ずかしい。

 けれど、毘沙門天を使った際の効果は破格だ。完全に壊れていると言っても良い。というのも、プログレス・オンラインにはプレイヤーアンケート等から生まれた所謂ネタ装備といわれる課金装備が数多くあり、その中でも実用性に欠けるデメリットの大きい装備も多かったのだ。


「毘沙門天!!」


 インベントリから毘沙門天の多宝塔を取り出し毘沙門天を発動する。すると、体から金色のオーラが立ち昇り、背には黄金の輪っかが出現する。今の衣装との見た目の相性はバッチリで、以前の姿見でその見た目を確認したのだが、その姿は確かに神様っぽかった。

 そして強力なデメリットが付けられる程の強力な効果と、反転した強力なデメリットが私に力を与える。


 ・筋力150%上昇

 ・機動力150%上昇

 ・回避100%上昇

 ・HP上限50%上昇

 ・魔力40%上昇

 ・MP自然回復量上昇(大)

 ・スタミナ自然回復量上昇(大)

 ・叫びスキル技能効果上昇(中)

 ・MP消費量減少(中)

 ・スタミナ消費量減少(大)

 ・魔法耐性(中)

 ・技能のクールタイム減少(中)


 ――……なんかもう色々駄目でしょ。デメリット付き課金装備を最大強化してそれを反転させているので、その効果がとんでもないことになるのは分かるけど……これは駄目でしょ。

 

 30分限定のこの力は、正に壊れていた。

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