139. 極まった火力の使い方

 前回、モカさんと共にメナスタイガーと戦った時、私は上手くヘイト管理が出来ずモカさんとの連携がごたついてしまった。

 その後、私にヘイトを稼ぐ能力が足りないことを実感し、新たに叫びスキルを育て始めた。けれど本当にそれだけで上手く連携が取れるようになるのか不安になった私は、その後もモカさんの高火力と上手く連携して戦う方法を考え続けたのである。……そして1つの考えに辿り着いた。


 少しずつ積み重ねた攻撃とヘイト技により稼いだヘイトによって、悪鬼の注意は完全に私の方へと向かっていた。そしてその絶好のチャンスを逃さぬように、悪鬼の背後へと回り込んでいたモカさんから強烈な一撃が入る。

 モカさんのカウントナックルを完全な不意打ちで受けた悪鬼は、その体勢を大きく崩した。そしてその隙を私は見逃さない。


「フラッシュ ビジョン! ラピッド ラッシュ!」


 3秒間だけ機動力と反応速度を大きく向上させる技能を使い悪鬼の懐へと飛び込み、ラピッド ラッシュによる連撃を叩き込む。

 悪鬼は大きく体勢を崩していたこともあり、速くなり続ける私の連撃を完全に捌く事が出来ずHPを削られ続ける。けれどそれも永遠には続かない。

 悪鬼は私の攻撃を捌きながらも体勢を立て直し、元のイーブンの状態へと持ち直した。そこで次の行動へと移る。


「スピリット シャウト!『喝っ!』」


 私はまず相手の動きを一瞬だけ止める技能を浴びせる。耐性の高い悪鬼には本当に一瞬しか硬直させることは出来ないが、幾つものバフにより機動力が大きく向上している私にはそれで十分だ。

 私はその一瞬を狙ってするりと悪鬼の背後へと滑り込む。ちなみにこの動きはギンジさんから教えて貰った技術で、体の小さい私には有効に働く技術だと言われ、訓練時に教え込まれていたのである。


「バックスタブ!」


 悪鬼の背後を取り、完璧な形でバックスタブを叩き込む。確定クリティカル&クリティカルダメージ上昇効果による強撃を背後に受け、悪鬼は再度その体勢を崩した。

 けれど、流石にモカさん程の火力は無かったため悪鬼はすぐに体勢を立て直し、振り向きざまに攻撃を仕掛けて来る。私はそれを冷静に捌き、戦況を安定させることに注力する。


 ――焦らない。深追いしない。見極める!


 そう、これが私の行き着いた答え。前回はモカさんの高火力を単純に高火力として使おうとして失敗したのだ。だから、今回はモカさんの高火力を敵の隙を作るために使う。

 モカさんの高火力によるノックバックで大きな隙を作り、そこを私のコンボ攻撃で襲いヘイトを奪い返す。これが今の私達が出来る連携だ。


 悪鬼との戦いが元の安定状態に戻った所でレキのフェアリーハウルが発動する。結果は筋力低下(小)で、望んだデバフ的には小当たりぐらいだろう。

 その後も安定した連携ルーチンを熟し、悪鬼のHPを3割削った所で変化が起きる。今まで通常攻撃一辺倒だった悪鬼が特殊攻撃を放つようになったのだ。

 与えたダメージ分回復する特殊攻撃、斬撃を広く飛ばす範囲攻撃、それらは簡単に避けられたので問題はない。けれど厄介な特殊攻撃もある。それが高速で3連撃を繰り出してくる剣技だ。

 悪鬼がその3連撃のモーションに入ったらすぐに黒魔法やパルの魔法で行動阻害を行い、全力で敵の間合いから逃げる必要がある。相手モーション見極めと咄嗟の判断、これがなかなかに骨が折れる。


 そんな苦戦も強いられながらも何とか戦況を維持し続けた。そうしている内に遂に悪鬼のHPが6割を切る。


「あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝っ!!」


 悪鬼の体から黒いオーラエフェクトが立ち上がる。HPが6割を切ると自身の機動力と攻撃力を大幅上昇させる自己強化バフだ。

 

「モカさん、カウントナックル!」

「くまぁ!」

 

 自己強化バフ演出時は少しの間だが動きを止めて隙を作る。そしてその隙を突いて4発目のカウントナックルを叩き込んだ。


 ――やっとここまで来た。次のモカさんが叩き込む最大火力後の私の行動は絶対にミスれない! 絶対に成功させる!!


「モカさん、オーバーカウント!」


 モカさんがその場に静止して筋力を向上させるチャージを開始する。チャージ時間は100秒。その間を私とパルとで凌ぎきる。

 まず私はモカさんの攻撃で悪鬼が体勢を崩している間に白魔法と蹴りスキル技能によって機動力と反応速度向上のバフを掛け直す。


「ミスト! ネガティブリバース・マインドフォーカス! ネガティブリバース・アクセラレーション!」


 その後、黒魔法によって悪鬼に視界を悪くし、機動力と反応速度を下げるデバフを掛けた。


「ワフッ!」


 レキのフェアリーハウルが発動する。結果はMP上限低下(小)。今回の戦いはどうも乱数の神様に嫌われているようだ。

 体勢を立て直した悪鬼が迫って来る。HPが6割切ったことで掛けられた自己強化バフの効果はやはり強大だったようで、その速度は今までの物と全く別物となっていた。


「くっ! こんなの、ギンジさんの羅刹天に比べれば大したことない!!」


 それはどんな敵も怖く無くなる魔法の言葉。その魔法の言葉を唱えたことで緊張がほぐれ、体の強張りが解けていく。


「リジェネレーション! カースド・リベリオン!」


 気合いで悪鬼の攻撃を凌ぎながら追加で魔法を発動する。白魔法スキル80で使えるリジェネレーションはHPとスタミナを一定時間毎に継続回復してくれる。そして黒魔法スキル70で使えるカースド・リベリオンは受けたダメージの一部を相手に返す魔法だ。

 私は全ての攻撃を防ぐことを諦め、通常攻撃を出来るだけ捌きながら特殊攻撃だけは全力で回避する事に注力する。


「パルゥ!!」


 パルはフロストバインドによる行動阻害に集中してもらう。足を覆おうとする氷も一瞬で割られてしまい殆ど意味を成していないが、少しでも悪鬼の行動を阻害してくれれば大戦果だ。

 技能と魔法の連続使用でMP・スタミナの消費が激しい。私は高速戦闘の中でインベントリを器用に操作し、ポーションを取り出して自身に掛ける。

 

 ――苦しい! 早くチャージ終わって!!


 苦しい高速戦闘は尚も続く。……そして1つ目のチャージが何とか完了する。


「くまぁ!」

「OK! モカさん、カウントバスター!」


 次の1撃にダメージ上昇補正効果付与するカウントバスターのチャージが始まる。チャージ時間は最大60秒。

 今のギリギリの状態を60秒間も耐えるのは難しいと判断した私は次の賭けにでる。


「リバイブサンクチュアリ!」


 白魔法スキル90で使えるリバイブサンクチュアリ。その効果は広範囲に魔法陣を展開し、魔法陣上の味方HPとスタミナを一定時間毎に継続回復(中)。リジェネレーションとの重複も可能。

 上位魔法を使った事で私のMPは大幅に減少する。私は高まった機動力と反応速度を十全に使い、悪鬼の攻撃を凌ぎながらイベントリからMPポーションを取り出して使う。

 複数のバフによって機動力と反応速度は向上しているが、正直今の悪鬼との戦闘中にこの作業はかなり危うく、少しでもタイミングをミスればたちまち私は負けてしまうだろう。だから出来ればポーションを使うような事はしたくないのだが、どちらにしても高位魔法を使わなければ詰みそうなのだから仕方がない。


「ネガティブリバース・ライオンハート!」


 黒魔法スキル80で使えるネガティブリバース・ライオンハート。その効果は対象の全能力値を大幅減少。他のデバフ魔法による効果重複が不可で、デバフ効果がダブっている場合はネガティブリバース・ライオンハートが優先される。

 私は再度インベントリを操作しMPポーションを使う。


「ライオンハートォォオオオ!!!」


 白魔法スキル90で使えるライオンハート。その効果は対象の全能力値を大幅上昇。他のバフ魔法による効果重複が不可で、バフ効果がダブっている場合はライオンハートが優先される。

 私は大幅に上昇した能力値を信じて一歩踏み込む。凌ぐだけではなく、攻めながら悪鬼の攻撃速度を落とすのだ。攻めながら守る今の私を見れば、ギンジさんもさぞご満悦だろう。

 そうやって自分の技術とステータスを出しきって時間を稼ぎ、やっとのことで60秒を耐えきる。


「サクリファイス ブースト! モカさん、カウントナックル!」

「くっまぁ!!」


 調教スキル50で使えるサクリファイス ブースト。その効果はテイマーのHPを最大HPの2割分を消費し、対象ペットの攻撃力を2割上昇させる。肉を切らせながら耐えている今の戦いの中ではかなり賭けになる技能だが、私はここで決めるために躊躇なく使う。

 そして強化が完了したモカさんの最高火力が悪鬼を襲う。度重なるバフと5回目のカウントナックルによる確定クリティカルはさぞ効いたのだろう。悪鬼はその凄まじい火力に従い吹き飛んでいった。


「まだまだぁあ!! ウルフ シャウト!『アオーン!』」


 私の声にエフェクトが掛かり、狼の遠吠えが響き渡る。叫びスキル10の技能であるウルフ シャウトは機動力と反応速度を30秒間大幅上昇させる技能だが、そのデメリットとして消費スタミナも大幅に増えてしまう。

 スタミナが切れると技能どころか動く事すら難しくなるため、これはかなり大きなデメリットになる。けれど、今使わなければならない。何せ、悪鬼は残りHPが3割を切ると更に自身の能力を1段階上げて来るのだ。


 私は更に上昇した機動力を発揮し、吹き飛ぶ悪鬼を追いかけた。そして追い打ちを掛ける。


「ラピッド ラッシュ!!」


 ――削り切る、削り切る、削り切る!


 モカさんの最高火力によって、ボスモンスターであるはずの悪鬼のHPが6割弱から一気に1割以下まで消し飛んだ。けれどしぶとく生き残った悪鬼のHPを全力で削りに行く。

 モカさんの強打と私の捨て身の連続攻撃による強烈なノックバックで悪鬼は身動きが取れず切り刻まれ続ける。……そして。


「これで、終わりだぁあああ!!!」


 最後の渾身に一撃によって悪鬼のHPを削り切り、悪鬼は光の粒子となって霧散していった。


「お、終わった~」


 全てを出しきり戦い抜いた私は、戦闘終了と同時にその場に倒れ込んだ。あと私がやるべき事は、こちらの方へ向かってくるレキ達にもみくちゃにされながら癒されることだけだ。

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