80. 猿洞窟の卒業試験

 ロコさんから猿洞窟の卒業試験について聞いた私はすぐにギンジさんに連絡を取ることにした。


「おぉ、ナツか。ギルド設立に向けての打ち合わせとやらは終わったのか?」

「はい、今終わりました。で、ロコさんから猿洞窟の卒業試験について話があるって聞いたんですが……」

「あぁ、そうだ。その件で話があるんだが、明日時間はあるか? あるなら猿洞窟で待ち合わせをしたいんだが」

「分かりました。でも、遅刻は厳禁ですよ!」


 ギンジさんは「分かった、分かった」と軽く返事をしたが、本当に時間通りに来るのだろうか。ちなみに、明日はスライムダンジョンでデスペナを受けて来る必要は無いそうだ。


「ナツちゃんは相変わらずハードモードなゲーム生活を送っているようだね。そんなナツちゃんに私から1つ支援をしてあげよう♪」


 そう言ってミシャさんから渡されたのは、お寺か何かの形を模した玩具のような物で、大きさはタンブラーぐらいあった。それが何か分からず、ひとまずアイテムの説明ウィンドウを表示する。そこに書かれていたのは……。


「え!? ミシャさん、これ……」

「物が物だからあげることは出来ないけど、バグモンスターの問題が解決するまでは貸しとくよ。きっとナツちゃんの力になると思うから」


 そう言うとミシャさんは返されないようにか、手を振ってすぐに転移して行ってしまった。

 私の為とせっかく貸してもらった物を恐れ多いからと突き返すのも悪いと思い、私はそのご厚意を素直に受け取ることにした。けれど実際にこのアイテムを使う際、この説明ウィンドウに書かれた破格の効果に自然と気後れしてしまいそうだ。……説明ウィンドウのアイテム名欄には『毘沙門天の多宝塔』と書かれていた。


 ……


 …………


 ………………


「おう、来たか」


 翌日、約束の時間に猿洞窟に来てみると、なんとあのギンジさんが先に来ていた。私は驚きのあまり大口を開けて固まってしまう。


「……おい、ナツ。それは流石に失礼じゃねぇか?」

「ハッ! す、すいません!! 多分また1時間ぐらい遅れて来るんだろうなと思ってたので、つい」

「俺だって時間通りに来る時もある。……まぁ、今日は特別気合が入ってたからってのもあるがな」


 『今日は特別気合が入ってた』その一言で私は今すぐ全力でその場から逃げ出したくなった。


「……あの、卒業試験って何をするんでしょうか?」

「そりゃあ勿論、この洞窟の攻略だ」


 ギンジさんはそう簡単に言うが、ほぼ毎日この洞窟に通っている私にはそれがどんなに無茶なことなのかよく分かる。

 

「私全スキル50未満なんですけど、それで攻略って出来るんですか? 今の所、攻略出来るビジョンが全く見えてこないんですけど……」

「普通は無理だな。ボスの強さも考えると大体基礎スキルとメインの戦闘スキルが60~70は必要だろう」

「全然駄目じゃないですか!?」

「だから今回、ここを攻略するにあたって2つの救済処置を設けることにした。1つがペットと協力して戦うこと。2つ目が俺という助言者が常に付いていることだ。……もうすぐギルドが出来るみてぇだからな。それまでにここで学べることを学ばせときてぇんだよ」


 ギルドが完成すれば、私は運営スタッフが使ってるスキル上げ専用のダンジョンをメインで活動することになる。けれど、それはあくまでスキル上げの為だけのダンジョンであり、戦闘のイロハを学ぶための場所ではない。

 逆に猿洞窟は近接戦闘における重要な基礎を学ぶにはもってこいの場所であり、当初の予定ではもう少し時間を掛けながらスキル上げと近接戦闘の経験をここで積ませる予定だったらしい。

 

「そこでだ、俺も一緒に着いて行って攻略していく過程で必要な技術を直接叩き込んでいく。ついでにペットも連れて連携訓練も同時にやる。ロコの奴も了承済みだ」


 ロコさんの了承を得ているというのはかなりの安心材料だ。それにギンジさんが直接指導してくれるというのも心強い……ちょっとだけ怖いけど。

 私は試験の内容に頷くと、レキとパルを呼び出してギンジさんと共に洞窟へと入っていった。


 ……


 …………


 ………………


 私はこの猿洞窟での戦いにはかなり慣れている。最初は苦戦していた複数体への対処も手慣れた物で、今ではその先に居る上位種モンスターが出るエリア手前まで行ける程だった。……けれど今、私は1匹の猿に苦戦している。


「くっ! こっちを向きなさい!!」

「グギャァアア!!」

「パルゥ!」

 

 1人で戦っていても苦戦しない相手であるのに、レキとパルを引き連れた状態で逆に私は戦いづらくなっていた。

 レキには強化魔法とマナシールドによる行動阻害、そしてパルには遠距離での魔法攻撃をしてもらっているのだが、猿は今までと違う行動パターンを取ったり不意にレキ達に襲い掛かったりと予想外の行動を取るため、戦闘のリズムが狂いに狂っているのだ。

 そうこうしている間にやっと猿を1体倒すことが出来た。


「見事にボロボロだな」

「はぁ、はぁ、はぁ……今まで1人で戦ってたので味方が居る時の行動パターンが読めませんでした」

「……違うな。今の戦闘がボロボロだった理由はロコの責任が8割だ」

「どういうことですか? ロコさんにはペットとの連携について指導してもらってましたし、実際に連携も昔より出来るようになりました! さっきの戦いは単純に私が習った通りに動けなかっただけで……」


 ロコさんは私のためにいつも時間を使ってくれていて、レキ達のレベル上げや立ち回りの指導をしてくれているのだ。それなのに私が不甲斐ない原因がロコさんだと言われるのは我慢ならない。


「ロコがやってんのはペットのパワーレベリングと、戦闘での位置取りに指示だしの訓練だろ? それだけじゃ実践でなんの役にも立たねぇんだよ。……お前さんに一番欠けているのは『ヘイト感覚』だ」

「ヘイト感覚?」

「今、誰がどの位の敵意を持たれているのか、連携での戦いにはこのヘイト感覚が必要不可欠だ。ロコはペットロストを危険視するあまり、過保護になり過ぎてお前さんのヘイト感覚を養う機会を奪っちまってたんだよ」

 

 私はその予想外の言葉に硬直してしまった。ロコさんが私の成長の機会を奪っていた。そんな言葉は到底信じられなかったのだ。

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