26. 悪意

 帰還結晶を使ってプライベートエリアへと戻った私は、早速『死者の森』の湿地帯へ行くために転送屋へと向かった。

 もう何往復もして慣れた道を進み転送屋へ入ると、まずは窓口の込み具合を確認する。受付は2つあるのだが、利用客が多いので時間帯によってはかなり混む。猿との戦いに時間を掛け過ぎてしまったため、少し混む時間に当たってしまったようだ。

 列の最後尾で並び順番を待っていると、1人の男性が近づいてきてきた。


「おじょ~さん♪ サモンリング着けてるけど君テイマー?」

「へっ!? あ、はい、駆け出しですけど一応テイマーです……」

「良かった! 俺もテイマーなんだけど、もし良かったらパーティー組んで一緒に狩りでもどう? 実は今日もう1人来るはずだったんだけどドタキャンされちゃってさ~」

「い、いえ、私ほんとに駆け出しで、一緒に戦える程ではないと思うので……」

「そうなの? でもそれなら猶更ソロって危なくない?」

「いえ、ゾンビクラブってモンスターを相手にしてるのでそんなに危なくはないです」

「あぁ、てことは『死者の森』の湿地帯かぁ~。確かにあそこなら混まないし複数体相手にする必要もないから初心者には最適だね。……そっか、じゃぁ今回は残念だけど機会があったら一緒に狩りに行こうよ♪」


 そう言ってそのプレイヤーは立ち去って行った。……怖かった。めちゃくちゃ怖かった。不意に声を掛けられるのはロコさんと初めて会った時も同じだったけど、あの時とは全然違う。自分より身長の高い男性が突然近づいてきて、凄い距離を詰めて話しかけてくるのは本当に怖いから止めて頂きたい。

 それから私は出来るだけ目立たないように気配を殺しながら自分の順番が来るのをまだかまだかと待っていた。……まぁ、両手両足に鎖付きの枷を着けて、顔に目立つタトゥーを着けている時点で凄く目立っているのだが。


 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「奴隷ちゃんの向かう場所が分かりましたよ。『死者の森』の湿地帯でゾンビクラブ狩りみたいです」

「そうか。あそこは奥から引っ張ってくるのが面倒なんだが……なんとかなるか?」

「あそこのモンスターはどいつもこいつも足が遅いですからねぇ。ま、ゾンビクラブ相手にしてるようなレベルですから、そこそこの奴引っ張ってくれば大丈夫じゃないっすかね?」

「そうだな。じゃあ選別は任せた」

「りょ~か~い」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ……


 …………


 ………………


「ワオーン!!」

「(ぶくぶくぶくぶくっ)」


 本日2匹目のゾンビクラブを倒した時、レキから金色の薄い光のエフェクトが立ち上がる。レベルアップのエフェクトだ。


「おお、レキやったね! これでレベル20になったよ。私の黒魔法スキルがもうすぐ30超えるから、そしたら別の場所での狩りだね♪」

「ワフっ♪」


 今の私が課せられている課題は『調教』『白魔法』『黒魔法』のスキル値を30まで上げること。この課題を達成すればテイマーとしてレキをもっとしっかりサポート出来るので、ロコさんから次のお勧め狩場を教えてもらえることになっている。

 調教と白魔法は30になったけれど黒魔法が27なのでまだ課題クリアには至っていない。ゾンビクラブでのペット育成もレベル20ぐらいまでが適性と言われているので、早く課題を終わらせて次の狩場に行かないとレキの成長が止まってしまうので大変だ。

 それから私達は少し休憩し、スタミナを回復させてから次のゾンビクラブを探し始めた。


「ッ! ワン! ワン!」

「どうしたのレキ!!」

 

 次のゾンビクラブを求めて湿地帯を捜し歩いていると、突然レキが木々の生い茂る方に向かって激しく吠え出した。今までレキのこんな警戒した鳴き声を聞いたことが無い。

 私はその鳴き声に驚き、慌ててレキが警戒している方向に意識を向けると、向こうからガサガサという音が近づいてくるのが分かった。


「……っ! なに!?」


 ガサガサという音と共に飛び出してきたのは1匹の黒くて大きな犬だった。その犬は凄い速度で私達の方へと走ってきて、目と鼻の先まで近づいてくると……そのまま私達を素通りして後方へと走り去っていった。

 今のはいったい何だったのか。前にロコさんからこの森にはゾンビやレイスなどの死霊系モンスターしかいないと言われていたのに、先ほどの犬は明らかにそういった類のモンスターではなかった。

 まだ状況が上手く呑み込めていなかった私は、警戒心を解かずに周りの物音に意識を向ける。すると先ほどの犬が現れた森の方からそいつらは現れた。


「ウヴァアア˝ア˝ア˝」

「……噓でしょ?」


 人型のゾンビが3体。今の私達ではきっと勝てないであろう敵が、しかも3体同時に出てくる。そのあまりにも想定外の現実に私の思考は固まり、立ち尽くしてしまう。


「ワン! ワン!」

「っ! ごめん、すぐ逃げなきゃね!!」


 隣りにいたレキの鳴き声で正気を取り戻した私は、すぐにその場から逃げることにした。ゾンビは基本足が遅い、全力で走れば逃げ切れるはずだ。


「痛っ! なに!?」


 踵を返し森の入り口へと向かって走り出した私の足に衝撃が走り、その場で転び倒れてしまう。何が起きたのか分からず足を見ると、そこには1本の矢が刺さっていた。

 敵は3体ではなく4体だったのだ。最初に出て来た3体のゾンビの後方に弓を構えた1体のゾンビの姿があった。それでも今度は思考を止めず、どうにか逃げ出す方法を考える。


 「そうだ! 帰還結晶を使えば! ……え、なんで!!」


 帰還結晶の存在に気が付きすぐにアイテムを使おうとすると「戦闘中のため使用できません」という警告ウインドウが表示された。そこでロコさんから戦闘中には使えないと教えられていたことを思い出す。

 

 ――4体のゾンビに1体は弓持ち、帰還結晶は使えない、弓矢で狙われているから走って逃げることも出来ない。……どうすればいいの?


 自然と私の目から涙が溢れてくる。それでもゾンビ達は歩みを止めてはくれなかった。

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