21. ロコ式ブートキャンプ 2
転移して訪れた先は、薄暗くどこか怪しい雰囲気のある森だった。
「なんだかちょっと怖い雰囲気がありますね」
「まぁ、当然じゃの。この森の名前は『死者の森』といって、多種多様なゾンビやゴーストが襲ってくる場所じゃからの」
「そんな場所で訓練するんですか!?」
「ゾンビやゴーストは一部を除いて基本動きが遅い。じゃから焦らず安定的にペットのサポートが出来るんじゃよ」
テイマーはとにかくやる事が多い。
ヘイト管理、クールタイム管理、自分自身だけでなくペットのHP・MP・スタミナ・満腹度の管理までしなければならない。ペットを最大値の3匹まで連れ歩いているのであれば猶更だ。
だから最初は、多少攻撃力が高くても動きが遅いモンスターを相手にした方がテイマーとしての技量とスキルレベルを上げるには丁度いいのだそうだ。
「という訳で、まずはこの先の湿地帯に生息しておるゾンビクラブという蟹のモンスターを相手にするぞ」
「ゾンビクラブってどのくらいの強さなんですか?」
「レベルは18でレキより倍近くあるのじゃが、動きが遅いので余程油断していなければ被弾することはないじゃろう。でじゃ、この蟹の良い所は防御力とHPが高い所なんじゃよ」
「何で防御力とHPが高い方がいいんですか? 低い方が簡単に倒せて良さそうに感じがしますけど」
「確かに金策を考えるとサクサク倒せた方が良い。じゃが、今回の目的は金策じゃなくてお主のスキル上げが目的じゃから敵は硬い方が良いのじゃ」
フルダイブ型のオープンワールドゲームの弊害というべき物があるそうだ。
その弊害というのが”手間”である。リアルな世界観を体験するゲームである為に、マップは広く、広大なマップを歩くのにも苦労する。これがモニターの前で操作するだけであれば多少の手間も許容出来るかもしれないが、敵を倒して次の敵を探すまでの手間は予想以上に負担になり効率が悪くなる。勿論、すぐに次の敵を見つけられるようなエリアでは、行儀よく1体ずつ襲って来るようなことはない。
更に言うとペットのレベル上げ的にも同じことが言えて、プログレス・オンラインでのペットのレベル上げは敵モンスターを倒した時ではなく、攻撃したり防御したり避けたりなどの行動を起こした時に経験値が入りレベルが上がるので、ここでもやはり敵を探す時間は極力短い方がいいそうだ。
「……と言う訳じゃな。ここは低レベルの育成用じゃから空いとるが、中級以上のレベルで動きが遅く、防御力とHPが高く倒すのに時間が掛かるモンスターはペット育成に人気があるから場所の取り合いになっておる」
「ということは私とレキがここでレベル上げして強くなったら、そういった場所の取り合いをしなくちゃいけないんですね」
「いや、極力そういう場所は勧めず、出来るだけ空いているお勧めの狩場を教える予定じゃ。……実を言うと、最近のテイマーはちと行儀の悪い輩が多いでな、極力近づかん方が良い」
「そうなんですね。あ、ちなみになんですが、ペットもテイマーも敵を倒さなくてもレベルが上がるのなら、訓練場でギンジさんやロコさんと模擬戦をするだけでもレベル上げになったりしないんでしょうか?」
「残念ながら、プレイヤー同士の戦闘ではスキル上げもレベル上げも出来ん仕様になっておる。一部例外のスキルもあるが効率は良くないのう」
そんな雑談を交えつつズンズン先へ進んでいき、森に入って少し歩いた所にある不気味な雰囲気の湿地帯へと辿り着いた。
「やはり此処はいつも空いとるの。新人テイマーがペットをレベル20までもっていくにはお勧めの場所なんじゃが。……お、さっそく蟹発見じゃ」
ロコさんが指さした先に居たのは、まさに蟹のゾンビだった。左手のハサミは砕け、体のあちこちの殻も割れて青い液体が漏れている。私はそのモンスターを目視すると、すぐにレキを呼び出した。
「レキ、今日は何時もと違う敵だよ。頑張ろうね!」
「ワフッ!」
「気合十分じゃの。ではまずレキに消音効果のサイレントの魔法と、敵の視覚を阻害するミストの魔法を使うのじゃ」
「サイレント! ミスト!」
「被弾する事はそうないとは思うが、被弾したらすぐにライトヒーリングを使うのじゃ。あとは何も難しい事は考えずクールタイムが終わったらサイレントとミストの魔法を掛け直すだけで良い」
ゾンビクラブの周りには薄く白い靄が掛かっており、あの靄の所為で敵モンスターはこちらの事を視認しづらくなっているらしい。
後でロコさんに「あんな薄い靄で効果あるんですか?」と聞いてみた所、味方からは薄く見えるが敵からは濃く見えるらしく、更にはスキル値が上がるとこの靄の濃さも上がるとのこと。
サイレントは掛けた対象の出す音を軽減してくれる魔法で、モンスターに気付かれずにやり過ごす為の魔法なのだが、今の私にはこれとライトヒーリング以外の白魔法が使えないので、スキル上げの為に利用している。
ロコさんが言っていたようにゾンビクラブの動きはかなり遅く、右手のハサミをハンマーのように持ち上げて振り下ろしてくるが、そんなにノロノロだと当たる方が難しいだろう。レキはゾンビクラブの周りをクルクルと飛び回り、敵の攻撃を避けては引っかいたり噛みついたりと一方的に攻撃を加えた。
ちなみに先ほど使った2つの魔法はMP消費量が意外と少なかった。回復魔法を打たなくていいって言うのもあるけど、やはり初級のバフ・デバフ魔法はMP消費量が少なく、そして何よりロコさんから借りているタトゥーのMP自然回復量アップの効果が効いているようで、クールタイムが終わった頃にはMPは全回復しているのでMP切れを起こす心配は無さそうだ。
――う~ん、これは……
「……やる事がなくて暇じゃろ?」
「そうですね。使える魔法が少なくてクールタイムが終わるのを只管待つだけなので結構時間を持て余しちゃいます」
「ふふっ、分かるのじゃ。敵は『レベルが高く』『動きが遅く』『倒すのに時間が掛かる』方がペット育成としては望ましい。じゃが、そうするとテイマーが手持無沙汰になって眠くなってしまうからの。全テイマー共通の悩みなのじゃ」
今も一生懸命戦っているレキには悪いが手持無沙汰なのには変わらない。私も一緒に戦えば暇も潰れるが、この戦いは魔法と調教スキルを上げる為の戦いだ。暇つぶしの為にスキル上げの効率を悪くする訳にはいかない。
ちなみに今使える調教スキルの技能はテイムしかなく、次の技能が使えるようになる為には調教スキルが20にならなければいけない。本当にやる事が無いのだ。だから私は適当に身の回りにある物を鑑定して鑑定スキル上げに勤しんだ。
「お、ようやく1体倒したの。1体倒すのに大体20分程か」
「レキ、お疲れ様! 水のむ? それとも何か食べる?」
「ワフッ♪」
レキをこれでもかと撫でくり回し、インベントリから水と事前に作っておいた料理を取り出した。レキはそれらをペロリと胃に収め、敵モンスターと長く遊べたのが嬉しかったのか、すぐに次のモンスターと戦いたいと私の服を引っ張って主張してきた。
「レキはなかなか好戦的じゃのぅ。いや、というより遊び盛りなのか? まぁ、テイマーとしては助かる性格をしておるの」
「犬と遊ぶのは体力勝負ですからね。無限の体力と付き合ってきたおかげで、リアルでは持久走も短距離走も得意でした」
「お主の反応速度の速さや体の使い方の上手さはそういう所から来ているのやもしれんな。ギンジの奴も褒めておったぞ」
「ギンジさん、褒めてくれてたんですね! あ、そういえば、ここから帰る時はこの蟹に倒されて戻る感じでしょうか?」
「……どういう意味じゃ?」
それから私は昨日のギンジさんとのやり取りについて話すと、ロコさんは額に手を当てながら大きくため息をついた。
「ほんに彼奴は……。と言うことは今日も帰還結晶は持っておらぬのか?」
「は、はい。その、死に戻りするのはやっぱり怖くて嫌ではあったんですけど、節約出来るし理には適っているかなって感じでしたし。トッププレイヤーは死に戻りするのが普通の行為なのかもしれないって思って今日も買ってませんでした」
「そんな常識はない。ナツよ、彼奴は阿呆なのじゃ。決して毒されてはいかんぞ」
他のフルダイブゲームと比べてもリアルな体験が出来るプログレス・オンラインでは、それがゲームだったとしても敵にやられて死に戻りするのはあまり気分がいい物ではないらしく、節約の為だけに死に戻りを許容する者は少ないらしい。更に言えば、トッププレイヤーにとって帰還結晶の費用などは誤差でしかない為、わざわざそこをケチる人はいないとのこと。
「あぁ、そうじゃ。これも気を付けておかねばならんことなんじゃが。帰還結晶は戦闘中には使えん。じゃから緊急避難時には敵との距離を離して戦闘が終了した判定を受けてから使うんじゃぞ」
「そうなんですね。分かりました、危なくなったらレキをサモンリングにして、走って逃げきってから帰還結晶ですね」
「そうじゃ。危険に晒されるとパニックになってしまうからな、そういう時にこそ冷静にじゃ」
それからまた狩りを再開し、追加で4体程ゾンビクラブを倒して今日の訓練を終えた。ちなみに今日の所はロコさんに帰還結晶を1つ貰うことになったので、死に戻りする必要はなくなった。
明日からは私一人でギンジさんとロコさんの訓練を熟すことになる。勿論料理の訓練も忘れない所存です。
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