20. ロコ式ブートキャンプ 1

 今日はロコさんからテイマーとしての訓練を受ける日だ。

 ロコさんもとんでもなく強い人だけど、とても常識的で優しい人なのでギンジさんみたいに常軌を逸したスパルタにはならないはず。

 私はロコさんからどんなことを教われるのかと、ワクワクで胸を膨らませながら待ち合わせ場所である転移屋前へと向かった。


「……ナツよ、その枷は確かに有用じゃが、別に四六時中着けておかねばならぬ訳ではないのじゃぞ? もしや鎖に繋がれるのが癖になったとかではあるまいな?」

「違いますっ! デバフで体の感覚がコロコロ変わると良くないから常に着けておけってギンジさんに言われたんです!」


 開口一番にロコさんからあらぬ誤解を受け、私は電光石火の如き速さで否定した。


「まったく彼奴は。ナツよ、人前でそれは恥ずかしかろう。あの阿呆にはわっちから言い聞かせておくので、外しておいて良いぞ」

「いえ、正直もう慣れちゃったので大丈夫です。実際、デバフを受けた時のダルさって慣れるまでに少し時間が掛かるから、最初から着けておいた方がいいって言うのも体感出来るんですよね」

「……お主、本当に癖になった訳ではないのだな?」

「違いますっ!」


 そんなコントのような一幕を終え、ロコさんから今日の訓練についての説明を受ける。


「今のお主に必要なのは技術というより単純にスキル値じゃ。最低でも調教と白黒の魔法スキルが30は無いと碌にペットへのサポートが出来ず、本当に弱い敵しかいない所でしかペットと戦えん」


 魔法系スキルには<白魔法><黒魔法><深淵魔法>の3つがある。

 白魔法は回復やバフ効果を司る系統で、逆に黒魔法は攻撃やデバフ効果を司る系統だ。

 そして深淵魔法は少し特殊でMPだけでなく、使う深淵魔法に対応した対価を支払うことによって様々な物を召喚することの出来る魔法なんだそうだ。

 調教スキルには、自分のHPを対価にペットの力を底上げする物や、ペットと自分の位置を入れ替える物など、ペットに対してのみ効果を表す技能が多くある。

 テイマーとしてペットと冒険に行くためには、こうした白黒魔法や調教魔法が使えないと強敵どころかペットと同等の力を持った相手とも戦わせられないそうだ。


「ということで、ナツに渡す物がいくつかある」


 ――うっ! この流れは!?


「1つ目はこの『闇のスティグマ』じゃ。このタトゥーを顔に張るとHP上限を3割減らすデバフが付くが、代わりにMPの自然回復量が上昇し、更には魔法系統スキルのスキル上昇率も上がる。まぁ、スキル上昇率アップ効果は上限30までじゃがな」


 差し出されたそれはタトゥーシールのような物で、複雑な文様となっている。


 ――これを顔に貼って、手足に鎖付きの枷を着けるのか……私は一体何処へ向かっているのだろう。


「ちなみにこれはお幾ら程するんですか?」

「ん? そうじゃな、あまり気にせんでも良いが、値段的には1.5m程じゃな」


 1.5m、つまり150万G。ギンジさんも含め頂点に君臨する人はその資金も頂点に君臨するのだろうか。


「まぁ気にせんでも良い。わっちはもう使こうておらん物じゃし、スキル値30を超えれば上限60の物と上限90の物を貸し出す予定なのじゃから、値段なんぞ気にしても詮無いことじゃ」


 次やその次に借りるであろう物の値段は聞かないようにしよう。怖いから。


「さて、次はこいつじゃ」


 そうして手渡されたのは紐付きの陶器で出来たホイッスルだった。


「こいつは『帰還のホイッスル』といって、1日に1度だけ鳴らせばペットをサモンリングにして指に戻すことが出来る代物じゃ。こいつはそんなに高価な物ではないからナツにやろう」

「ありがとうございます。これ凄い便利ですね。触れてないとリングに戻せないデメリットを帳消しに出来るアイテムがあるなんて」

「確かに便利じゃが、あまりこの笛に頼らぬようにな。あくまで緊急用で、普段は通常のやり方でリングに戻すようにせんと、いざ笛を使えん時が対処出来んようになってしまう」


 確かに、ホイッスルに慣れてしまった私がホイッスルを使えないことに焦って慌てふためく姿が容易に想像出来てしまう。


「最後にこれじゃ。調教、白魔法、黒魔法のスキル30までに使える技能書と魔法書を一式をやろう。深淵魔法はちと特殊じゃからな、どんな物があるか調べて後々自分で買うと良かろう」

「あ、ありがとうございます。でも、こんなに貰っちゃっていいんですか?」

「なに、心配はいらん。低レベルの技能なんぞ小銭で買える程度じゃ。これからテイマーという沼に足を踏み入れる弟子へのはなむけとでも思っておけば良い」


 ――恩が……御恩がどんどん積み重なっていく!

 

 ご厚意の嵐に飲み込まれてどんな顔をすればいいのか分からなくなっていると、そんな私を見てロコさんがニヤリと悪戯を思いついたような顔をしだした。


「そうじゃ、せっかく先日料理を教えてやったのじゃ。今度はナツのオリジナル手料理でも食わせてもらおうかの」

「!?」

「ナツの手料理を楽しみにしておるぞ」

「もう少し修行期間を置いてからでなら……はい」


 返さなければならない恩が積み重なって破産しそうな私に、拒否権などあるはずもない。

 

 ――お母さんに、そうお母さんに訓練をつけてもらおう!


 それは、リアルとゲームで訓練の毎日が決定した瞬間だった。

 その後はロコさんから貰ったホイッスルを首から下げて、タトゥーシールを左目の下に張り付けると、昨日と同じように転移先のポイント位置が書かれた紙を受け取り、それを転移屋のNPCに見せてお金を払い現地へと転移した。

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