17. ギンジ式ブートキャンプ 1
「さて、じゃあ次に行くか」
私がロコさんに肩を抱かれながら慰められていると、ギンジさんが何か言い出した……非常に嫌な予感がする。
「あの~、次のと言いますと?」
「そりゃ勿論、自分の戦闘スタイルが定まった後の行動と言えば、訓練以外無いだろ」
「えぇっ!! 今日はもう身も心もベコベコなので、家に帰ってレキに癒されたいんですけど!!」
「大丈夫だ。限界まで訓練すれば、疲れがどうの何て考えは吹っ飛ぶ」
「いや、それ不味い状況ですよね!?」
ギャーギャーとギンジさんと言い合っていると、額に手を当てため息をついたロコさんが仲裁に入ってくれた。
「ギンジ、いつも言っておろうが! お主の基準を人に押し付けるでない!!」
「それからナツよ。此奴の理論は普通でないので無視するとして、今日のうちに訓練を受けておいた方が良いとは私も思っておる」
「えっと、何でですか?」
「此奴はとんでもなく時間にルーズでマイペースでの。そして基本自分の訓練ばかりに時間を使っておるからじゃよ」
ロコさんの話によると、基本的にギンジさんは対人戦をやっているか頭のおかしい訓練をソロでやっているからしく、用事がある時でもなかなか捕まらないそうだ。
そして事前に約束をしていたとしても、訓練にかまけて約束をすっぽりと忘れていたり大幅に遅刻して来たりはざらなのだそうだ。
――なんて、駄目なおっさんなんだ。
「じゃから、次訓練を付けてもらおうとするといつになるか分からんでな。今日出来るのであれば多少無理してでも受けておいた方が良いのじゃ」
「う~ん、分かりました。そもそも今日は私のために時間を作ってもらってますし、私が頑張ってついて行かないとですね」
「此奴は見ての通り阿呆じゃが、実力だけは折り紙付きじゃ。頑張った分だけの成果は出るじゃろう」
という事で、その後はギンジさんの案内で中央市場の近くにあるNPCのお店へと向かった。
ちなみに、今日はギンジさんの訓練がメインという事でロコさんは帰って行った。
ギンジさんと2人というのは少し不安だが、頑張ろう。
「ここって何のお店なんですか?」
「ここは転送屋って所でな、指定の座標に一瞬で飛ばしてくれる便利な店だ」
「そんな便利な施設があったんですね! 今まで森へ行くのに地味に時間が掛かってたので嬉しいです」
「いや、あんな近くの森へ行くのに態々ここは使わんぞ。1回の転送に1,000G掛かるから、大体はもっと遠い所へ向かうのに使う」
1回1,000Gは高い。何せ私の森での収入は大体1日800Gだから1日働いても転送出来ない。
「今日はこれで何処に行くんですか?私今あまりお金が無くて1回でも結構キツイんですけど……」
「心配するな、今日の分ぐらい俺が払ってやる。今日の行先は低ステータスの奴にお勧めのダンジョンだ」
申し訳ないけど、転送料金を出してもらえるのは凄く助かる。財布に全く余裕が無いからお言葉に甘えさせてもらおう。
それに行先が初心者用ダンジョンっていうのも安心した。ギンジさんのことだから、初心者を高レベルダンジョンに置き去りにして「さあ、戦え」って言われるのかもと想像してビクビクしていたのだ。
それからギンジさんは私に転移先の座標が書かれた紙を渡し、それを転送屋のNPCに渡す様にと促された。
転送屋の利用方法はまず転送先の座標を示す数字をNPCに伝えて、その後に利用料金を支払うことで指定した座標に転送してくれるのだそうだ。
私はドキドキしながらNPCに座標が書かれた紙を見せて、ギンジさんから貰った1,000Gを受け渡した。するとNPCから「では、行きますね~」と声を掛けられた直後、足元に魔法陣が浮かび上がり一瞬で景色が切り替わった。
その後、ギンジさんも転移してきて無事目的地到着だ。目の前には大きな洞窟の入り口があるので、この先がギンジさんの言っていたダンジョンなのだろう。
「早速ダンジョンに挑みたい所だが、その前にナツに渡すもんがある」
「何ですか?」
「1つはこのナイフだ。2本やるから両手で1本ずつ持って使え」
そう言ってギンジさんは黒くて無骨なナイフを2本取り出し、私に差し出した。
「こいつは攻撃力こそ高くねぇが、その変わり耐久力がかなり高い。まさに初心者の訓練用の武器だな」
「ありがとうございます。あの、頂いてもいいんでしょうか?」
「そんな高価な物じゃねぇから遠慮すんな。そして次にこれだ」
「何ですかこの囚人が着けてそうな手枷と足枷みたいな物は」
「おお、よく分かったな。これは『囚人の手枷』と『囚人の足枷』って装備アイテムで。それぞれ筋力低下と機動力低下のデバフを受ける。その変わり、スキル値30までは筋力と機動力のスキルの伸びが良くなるって代物だ」
手渡された装備品は2つの分厚い金属で出来た腕輪が鎖で繋がっている様な物で、それが2セットある。それぞれ両手両足に着ける物のようだ。
まさか洞窟に連れてこられて、両手両足を枷で拘束されることになるとは思わなかった。はたから見れば今から売られる少女のように見えるのではなかろうか。
私は少しどんよりした気持ちになりながら、毒を食らわば皿までと気持ちを切り替えて両手両足に枷を装着した。とたんに体が重くなり、動くたびにジャラリと音の鳴る鎖がなかなかに鬱陶しい。けれど、鎖の長さ自体は長めになっているため、鎖によって動きが阻害される心配はなさそうだ。
「準備は出来たな。この洞窟の先には何種類かの猿が居る。全体的な特徴としては動きが早くトリッキーな攻撃を仕掛けてくる、そして奥に進むにつれて集団で襲ってくるようになる」
「ここで鍛えるのはペットではなく、お前自身だ。だからペットは出さずに自分だけで応戦しろ」
そう言うとギンジさんはずんずんと洞窟の中へと入っていった。
私は沢山の猿たちが襲ってきてベコベコに叩かれる自分を想像して、ロコさんについてきて欲しいと頼み込めば良かったと少し後悔した。
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