23.

23.

 


 立ち並ぶ木々をかきわけて、道なき道を急ぐ。雪と泥とその下に隠れた木の根が行く手を阻んで、思うように前へ進めない。俺は言い知れない焦燥感を胸の内に必死に抑え込んで、あの炎で赤らんだ空の方角を目指す。

 俺の勘が言っている、これはただの火事ではないと。村人たちの根底にあった、あの、恐怖と怨嗟が具現化して形になっているような、そんな気がした。

 息を切らせて、実際の距離の何十倍もの道のりを走ったような気分になりながら、ようやく村の入り口が見えた。恐らく方角的には北側の門に当たる場所のはずだ。俺はその、変わり果てた村の入り口を見て言葉を失った。

 地面には無数に入り乱れた、何者かの足跡、そしてあの分厚い木材で出来ていたはずの塀と門だったと思しき、黒く焼き焦げた木の残骸。村人たちがまだ見ぬ侵入者たちへの対抗手段として建設したそれらの建築物は、まるでその努力をあざ笑うかのように、いともあっさり無力化され、恐らく役割を十二分に果たせぬまま、ただの焦げた炭の残骸となっていた。

 村は明らかに、何者かによる襲撃を受けていた。それは村の人々が語る終末と同一のものであるのかもしれない。

 俺は門に近づく前に、木陰に身を隠して、慎重に思考を巡らせた。

 あまりにも早すぎる。恐らく敵対者の侵入経路はこの北門であることは――敵兵力が分散されていない限り――間違いなく、その足跡を見る限り、それほど大人数ではないはずだ。あの地震が奴らの襲来に関与しているのなら、時間と戦力数的に考えて、この戦力は先遣隊であってもおかしくない。しかし、その少ない戦力で門は消し炭にされ、村は火の海となった。威力偵察にしては、あまりにも強大な戦力だった。

 門の周辺には人の気配を感じない。焼けた痕跡からして、彼らがここを通り過ぎたのはもっと前、俺があの崖淵で村の炎上を見たあたりであるように思う。あの崖淵から村までの距離は正確にはわからないが、それほど離れてはいないだろう。道なき道を進んで、実際の道のりより手間がかかったとはいえ、これほどまでに少人数且つ迅速な進入、圧倒的な破壊、燃え上がる炎と焦げた残骸――考えたくはなかったが、これらの被害と特徴を鑑みるに、恐らく敵は、話に聞く魔術師である事に違いなかった――――



 先を急ぐ。通り過ぎる家々は全て焼け焦げ、灰になっているか、炎がくすぶり、家の形を成していない残骸を焼いているかどちらかだったが、村の奥に進む度にその割合は減って、まだ家の形を成して炎上している建屋が増えていった。奴らの痕跡を辿っていることは間違いない。

 しかし、不思議なことに人の気配が無い。村の入り口に入る時に、門の残骸に混じって人の形をしたような炭を見た気がするが、俺はあえてそれを見なかったことにした。嫌な予感が高まる。俺は祈った。これが全て夢の中の出来事でありますようにと。しかし喉を焼く煙はやけに生々しく、頬に当たる炎の余波は、ひどく暖かみを感じるものだった。

 走りながら、見覚えのある建屋に気付く。俺はすぐに目をそらしたが、一旦それを目にしてしまったのなら、無視するわけにはいかなかった。

 俺はその、雪の中で倒れこむ人影にゆっくりと近づいていく。それは死体だった。うつ伏せに倒れるその死体は、後ろから剣かなにかの刃物で切り付けられ、更には胸のあたりに貫かれた刺し傷があった。俺は恐る恐る、その死体を表に向けて顔を確認する。その顔は予想通り、あの幸せの中にあった、家族の一人、カロルのものだった。

 俺は不思議と悲しみや憎しみの情が湧かなかった。それほどにこれらの光景は現実味のないものだった。


 「っ――――!」


 思わず小さく息を呑んだ口元を手で隠して、急いで燃え尽きた家屋の残骸の陰に身を隠した――――足音だ。話し声も聞こえる。


 「にっしても、小せえ村だなぁ、なんでこんなちんけな村に直々にあの魔術師様どもが派遣されてんだ?」


 「そんな事俺に聞いてもわかるわけないだろ、それより生き残りがいないかちゃんと探せ。物陰から刺されても知らんぞ」


 「んなもんいるわけねえだろ、見りゃわかるべ、村はほとんどもぬけの空じゃねえか。俺たちの襲撃はばれてたんだ。まともな人間は残っちゃいねえ」


 「お前、ちゃんと話聞いてなかっただろ?ここに逃げ場なんて無いんだよ。四方は険しい山に囲まれてるし、唯一、脱出できるのはメルクリオ様が開けてくださった“道”だけだ。だがそんなとこ通ろうとしたらそれこそ袋の鼠だ」


 「……お前さあ、メルクリオ様好きだよな、何処が良いんだ?やっぱり顔か?」


 「うるさい、今そんな話はしてないだろ!」


 「けっ、つまんねえな、俺はどこがいいのかわかんないね、あんな気味悪い連中。特に今回は皆殺しだって?――――はあ、そんな事する必要ねえだろ。いつもみたいに女かっさらって楽しい思いさせてくれよ。きっとサルファー様だけだったら、もっと楽しい遠征だったろうに」


 「はあ――――まあ、確かに皆殺しは意味がわからんな、逃げ道が無いっつっても、森の中にでも隠れられたら骨だ。サルファー様は確信があって雪山に入っていったみたいだけど、そんなん俺達はやってらんないな。こっちが逆に凍え死んじま――――っ、誰だ!!」


 足音が近づいて、かちゃかちゃと鉄製の武器が鳴る音が聞こえる。俺は息を殺した。


 「隠れても無駄だ出てこい!!」


 残骸を蹴り上げる音。そして振り下ろされる武器の音。ぐちゃりと肉と骨が砕ける音。


 「なんだコイツ」


 「……羊だな。なんでこんなところに……?」


 「さっきの牧場から逃げ出したんじゃねえ?ほら、よぼよぼの爺さんがいたところ。――全く、哀れだね。きっとこの羊も爺さんも置いてかれたんだろうよ」


 俺は思わず声が出そうになった。


 「こんな事してても埒が明かねえ。今日んところは適当に流して、明日の本隊を待とうぜ」


 「ああ、そうだな」


 足音が去っていく。俺は完全に奴らの気配が消えるのを待って、残骸から陰から身を起こした。手元が黒いすすで覆われている。俺は暗澹たる気持ちでそれを見つめた。

 しかし、空虚な心持ちの中、ふと、目の端に何か止まるものがあった。

 必死で瓦礫をかき分ける。ここがカロルの家ならもしかして――――


 瓦礫の下にあったのは、一人の死体だった。背中は焼け焦げ、鋭い瓦礫の破片が体を貫いている。

 その死体は何かを守るようにして、背中を丸めていた。火災の死体は自ずとそうなるようらしいが、それとも違う。それを裏返してその腹に抱えた赤ん坊を彼女から奪い取って抱く。奇跡的に息があるようだった。

 母親の顔を見る。最後まで使命を全うした一人の母親の慈愛が現れていた。

 腕の中で冷たくなっていく赤ん坊の手を俺は握りしめた。どうか……どうか死なないで欲しい――――

 しかし、その願いは虚しく、俺の腕の中で赤ん坊は静かに息を引き取った。

 しばらく、この世の無常さと、微かに胸の内に生まれた、何かどろどろした、今まで味わったことのない、ひどく苦い感情を抱えつつ、俺はその場に立ち尽くしていたが、今の状況を思い出して、そのまま胸に抱いた赤ん坊を瓦礫の中から救い出すと、雪の上で横たわる父親の横に並べ、続けて母親の死体も同じように運んで、彼らをあるべき形へと戻した。


 (ごめんなさい、いつか必ず、あなたたちを弔います。だから今はどうか)


 俺は彼らを置いて足を進める。赤ん坊を死なせたのは俺だ。彼らは必死にその使命を全うし、命を繋いだのだ。



 時折出くわす、帝国の兵士かと思しき、革の鎧をまとった人影から身を隠しつつ、ふらふらと村を徘徊する。どうやらこの村にいる兵士たちはそれほど大人数でなく、この状況ならば地の利があるこちらを発見することは難しいだろう。ならばまだ生き残りがいるはずと、村を徘徊するが、一人として生きたままの村人を発見することはできなかった。見知った顔、火で焼かれて、もう誰のものかもわからなくなった顔、そもそも首が無いもの、そのどれもが、もうこの世では助けを必要としていない者だった。

 俺はついにたどり着く。この村で唯一の無事な建物。向かいのエレナの家はもう焼けて、人の気配を感じない。俺は自分の部屋がある、家の裏手に回り、その窓から中を覗き込んだ。中はいつもと変わらない、見慣れた自らの部屋があったが、その変化のなさが逆に怖気となって、背中を撫ぜる。なぜこの家だけが無事なのか。その答えにはもうたどり着いていたが、俺は認めたくなかった。

 窓から侵入して、慎重に足を進めつつ、二階へ続く階段を目指す。どうやら一階には誰もいないようだ。階段に足を掛け、上る。いつもは気にならない、古くなった木のぎしぎしという音が今はやけに耳に障って、神経を逆立てる。

 上り切った先の廊下を歩いて、目的の部屋へ向かう。部屋の前で息を殺して中の音に耳を澄ませる。何者かの息遣いが聞こえた。それは微かで、もう途切れる寸前のものだった。足元でべちゃりと、何かどろりとした水のような感触がした。良く目を凝らすとそれは血だった――――


 俺はもう我慢ができなかった。俺は部屋の扉を開け放って、中になだれ込む。


 ――――そこには両手両足が切断され、椅子に縛り付けられた父の姿があった。


 「父さん!!」


 俺は父の元へ駆け寄って、縄をほどき、軽くなってしまった父を腕に抱く。見るからに致死量の血液が体に付着して、全身を濡らした。


 「…………ロビン……か…………駄目だ……ここにいては……早く……サロアの元に……」

 「喋らないで、まだ助かるから、助けて見せるから、サロアならきっと――」


 父は驚いたことにまだ息があった。母の姿を思い出す。魔術師に何かをされたことは間違いなかった。


 「…………駄目だ、ロビン……俺はもう助からん……俺の最後の願いだ……その剣で俺の心臓を刺せ……」


 「駄目だよ、父さん、諦めないで……母さんだって、そうして生きて……」


 「……すまない、ロビン。俺は母さんを守れなかった……最後まで……すまない…………だけど、お前だけは……」


 「父さん、だったら生きてよ、生きて俺のそばにいてよ」


 と言いながらも俺はもう、父が絶望的な状況であることを肌で理解していた。父を助ける唯一の術は、彼の言う通り、あの床に転がった剣でその心臓を貫くことだけだった。でも、俺はためらっていた。できない……


 「……なら、少し、話をしよう……」


 父は俺がこのままではいつまでたっても踏ん切りがつかないことを察して、そう言葉を続けた。


 「お前には、まだ謝らなければならないことがある……お前、あの時……あの丸太小屋で……俺とサロアの話をきいていただろう?……」


 「――――父さん……それは……」


 「……ふっ……隠さなくていい……すまない、お前には知られたく無かった……サロアはこの村の、お前の救世主だ……」


 「…………」

 

 「……そして、彼女は私の娘に……お前の姉に似ていた…………すまない、お前には姉がいたんだ……でも、お前はそれを知る必要が無いと思った……俺の息子はお前だけだと……お前に出逢った時に決めたから……」


 「父さん……?」


 俺と父の間に新たな実像が組み上がっていく。


 「……サロアは、どことなくその姉に、サリアに似ていた……そして、私はそれを利用して……彼女の、サロアの良心に付け込んだ……」


 「――――サリア……」


 欠けていた最後のかけら。


 「……ああ、お前の姉の名だ……一字違いだ……俺も最初は神が私に遣わせて、もう一度俺に会わせてくれたのだと思った……でも、そんなことは起こらない……一度なくなったものは元には戻らない……」


 父は苦しみに顔を歪めた後に、ふっ、と無理やり笑顔をつくって俺に笑いかけた


 「……しかも顔だって、俺の思い込みだった……お前も親になればわかる……自分の子供ならば誰だって天使に見えるものだ……ロビン、お前もな……」


 「……そんな……俺なんて……」


 彼の重荷でしかなかったはずだ。過去の忌まわしき記憶の――――


 「……ああ、だからといって、俺のしたことは許されることじゃないがな――――俺はそんな、サロアを利用して……俺の娘とすることによって、お前を守らせようと思った……」


 「……だからあの時……」


 ――――そうか、だが私は君を本当の娘だと思っている。だから――――


 あの後の言葉はきっと――


 「ああ、……ロビンを頼む……その言葉に彼女は最後には同意してくれた……確かに俺は彼女を一度助けた……しかし、その代償としてはあまりに重すぎる……釣り合わない……すまない……本当は俺自身の手でお前を守るべきだった……だができなかった……サロアとそしてお前には謝っても謝りきれない……」


 「……そんな、父さん……俺は……」


 「泣くな、ロビン。お前は生きるんだ。さあ、立ち上がって剣を取れ。時間が無い」


 父は目を見開いて、言葉を続ける。その言葉の通り下の階から人の気配を感じた。


 「俺の最後の願いだ……!生きろ……!俺を殺せ……!俺が死ななければ、奴らの魔術でお前の居場所を勘付かれるかもしれない……!だから早く……!」


 俺は次から次へと溢れでるいろいろな感情と、背後から押し寄せる敵の気配に何が何だかわからなくなっていた――――答えを求めるように、父の顔を見る。しかし、父は何も言わない。


「父さん……俺はできないよ……」


 震える声でそう言う俺に、父はいつもの威厳に満ちた表情を緩めて、父性に溢れた、子供の旅たちを見守る、慈愛に満ちた表情をこちらに向けた。父は俺がもうすでに答えにたどり着き、自らの言葉が不要であることを、知っていた。

 俺は顔を伏せて、床に転がった剣を手に取る。俺はなるべく父が苦しまないように横たえた父の心臓に慎重に狙いを付けて、一気に刺し貫いた――――

 父は最後に音を鳴らすことができない口元で、形だけである言葉を紡いだ。俺はそれを一生忘れることはないだろう。


 誰かが階段を上って、この部屋に向かってくる。間に合わない。俺は急いで書斎机の裏に身を隠した。帝国の兵士二人が、扉を開けて部屋に入ってきた。


 「こりゃあ……!」


 「ああ、まずいな」


 部屋に入ってきたのは、先ほどカロルの家で見かけた兵士とは別の兵士だった。


 「コイツだけは生かしとけと言われてたんだがな……」


 「この村のやつらですかねえ……?」


 「ンなわけあるか、わざわざ戻ってきて、自分たちのリーダーを殺してくとは思えん」


 「そりゃそうかあ」


 どうやら、魔術の情報は兵士たちには共有されていないようだった。そもそも父の言っていたことが嘘だった可能性もあるが、それでも俺は父を殺さなければならなかった。この状況で彼と、そして自分を救うにはそうするしかない事が、自分自身の冷徹な思考回路が導き出した答えだった。


 「うちの誰かが勢いあまってやっちまったんだろうよ。なんせ皆殺しって言われてんだしな」


 「だるまのコイツをですかあ?」


 「うるせえ、そんな事ぐだぐだ考えてても仕方ねえだろ。もう、良い。見なかったことにするぞ」


 「……でもぉ……あっハイっ、了解であります」


 二人はろくに部屋を調べもせずに、部屋を立ち去る。助かった……自らの位置を悟られないようにできる限り注意を払ってはいたが、部屋の中をきちんと調べられていたら、きっと血の跡などですぐに見つかっていただろう。

 念のために扉の裏で聞き耳を立てる。


 「――――そういえば、この部屋、サルファー様がうきうきで入っていって、その後なんかがっかりした顔で出て来たな……中に何があるか気になんねえ……?俺の予想だと女だぜ……たぶん女の趣味が合わなかったんだ。でも女ならまだ生きてるかもしれねえ」


 「や、やめときましょうよ……サルファー様が帰ってきたらどうするんですか」


 「んーーまあ、そうだよなあ――――うーん、でもなあ今日は一発もヤッてないしなあ…………」


 一人の帝国兵は何やら迷っているようだった。俺はこのまま立ち去ってくれることを、心から祈った。


 「うん、やっぱり、こんなやべえ所に配属されて、おいしいとこが一個もないなんて、おかしい!我慢なんねえ!」


 「あっ……」


 ドアがばたんと開く音がした。その音がした部屋は――――


 「おー!ビンゴー!あたりもあたり、大当たりじゃねえか……!」


 「……でも、よく見てみてくださいよ……」


 「あーそういうことね――――うーんこりゃ、死んでるわ。胸を一突き……もったいねえ、こんな美人なのに……」


 俺はほっと胸を撫で下ろした。自らの母親が死んだ事に安心するのもなんだが、自分の母親がなおも辱められることに比べれば、父と同じ時をしてあの世に旅立つ方がよっぽどましなような気がした。何せ、母とは生まれてから一度も言葉を交わしていない。母の死は、恐らく父が望み、叶えたことだ。俺より母の事を良く知っている父が選んだことならば、それが物を言うことができなくなった、母にとっての一番の望みなのかもしれない。しかし――――


 「……うーん、今日はこれでいいや」


 「ちょ、ちょ、何してんすか?」


 俺は血の気が引くのを感じた。


 「いや、なにって、まだ使えんだろ」


 「……そんな」


 「ああ、お前は新人だから、そんなもんか。こんなん普通の事だぜ。サルファー様はそういうの趣味じゃないっぽいから、お下がりでもらうんだ」


 「…………」


 「ああ、お前もそういう感じか。良いよ俺だけで楽しむから。でも意外と悪くないんだぜ、何よりこういうのが残ってたりする」


 扉の奥でかちゃかちゃと兵士の装具がこすれる音がした。俺は頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなっていく。


 ――――彼らは一体何の話をしている?彼らは一体なんだ?


 俺は何もかもを忘れて部屋を飛び出した。もう、何も考えられない、考えたくない。母の部屋を開け放ち、ズボンを下げて無防備になっている兵士を手に持った剣で切り付ける。


 「ぐわあっ――――」


 「ひい…………!」


 背中から鮮血を上げた兵士は飛び上がるように床に倒れこみ、慌てて苦悶の表情をして振り向いたが、俺はその隙を見逃さず、振り向いたその身に剣を突き立てた。その剣は心臓を正確に貫いて、兵士はズボンを下げて局部を晒した無様な姿で絶命した。

 それは、父を貫いた時とほとんど同じ感触だった。心の中が冷たい冷気で満たされていく。


 「……ま、待ってくだせえ……」


 そうだもう一人いた。


 「……ゆ、許してくれぇ…………」


 許す……?許されるはずがない……


 「ひいっ……待って……って、うわあ……!ぐえっ――――」


 しかし、新人らしい、言葉に訛りがあるもう一人の兵士は、命乞いをしながら後退りして、そのまま壁に激突し、その衝撃で倒れた箪笥の下敷きになって気絶してしまった。


 「…………」


 足りない。まだ奴らが支払うべき代償は足りていない。

 俺は隣にあった椅子を壁に叩きつけて、手頃な凶器を手に入れると、その椅子の破片を使って、局部をさらした兵士の顔面を殴打した。父の形見である剣をこれ以上奴らの血で汚したくなかった。


 「っ…………!っ……!」


 殴る。何度も殴る。顔が焼け焦げた、誰かもわからない死体を思い出す。何故、こいつがまだ人の顔をしていられる?

 殴る。ぐちゃぐちゃに殴っているうちに、顔がミンチ状になっていって、鶏の脳を下ごしらえしているような気分になってきた。


 ああ――


 殴る。そうか、今殺したのは人間じゃなかったんだ。

 殴る。そうだよな、人間がこんな悍ましいことするわけないもんな。

 殴るたびに安心する。同じ人間でなければ、安心する。だって、そうじゃないと俺はこいつらと同じ血が――――



 「――――ロビン……もう、気は晴れましたか」


 ずいぶん長いことそうしていた気がする、そうじゃないかもしれない。もう今の俺にはどうでもいいことだったけど、でも彼女には見られたくなかった。


 「……サロア……」


 美しい。ああ、彼女こそが本物の人だ。


 「……ロビン……」


 「触るな!!」


 彼女が俺の頬に触れ、その手で涙を拭う。俺はその手を慌てて撥ね退けた。彼女を、本物の人間である彼女を、俺の、人以下の獣の汚れた涙で穢したくなかった。


 「サロア……俺をほっといてくれ。俺は人間じゃない……」


 「でもあなたは私の家族です」


 「違う!!俺は君ともエレナとも違う……こいつらと同じなんだよ、こんな畜生どもと同じ血が俺の中には流れてるんだ」


 「ええ、そうです。きっと同じ血です」


 俺は彼女が真実を言っているのがわかった。その灰色の瞳は全ての虚偽や世迷い言を許さぬ色を湛えていた。


 「やっぱり、そうなんだね」


 俺はその言葉に一気に虚無感を覚えるとともに、不思議と肩の力が抜けていくのを感じた。

 でも彼女の目は俺をしっかりと捉えて離さない。立って抗え、その目がそう言っていた。


 「ええ、そして、エレナとも、君のお父さんとも、もちろんお母さんとも同じ血が流れています」


 「そんなはずはないよ」


 やめろ……違う。そんなことが聞きたいんじゃないんだ。


 「いいえ、真実です。人は皆、同じ血が流れて、生きて、そして死んでいくのです」


 「奴らは人じゃない」


 そんなわけない。だから、俺を終わらせてくれ。


 「いいえ、人です。同じ。あなたとそしてエレナや、他の皆とも」


 「――――嘘だっ!!」


 彼女は嘘をついてない。


 ふわりと薬草の香りが鼻を撫でて、俺はサロアの腕の中に包まれた。


 「だめだ……サロア……いけない……血が……」


 俺の全身はもはや、誰のかもわからない血で染まっていた。俺は彼女を穢したくなかったのに、その手を振りほどくことができなかった。


 「遺伝子……その言葉をあなたに教えましょう。そして進化と多様性という言葉も。これはもっと多くの積み重ねの中で、人類が手に入れる真実です。今は意味がわからないでしょう。でもそれが、あなたが人であるという証明であり、そしていずれ世界も、人が同じであることと、一人として同じではないことを知るのです」


 言葉の意味はわからない。でも彼女が嘘をついていないのは事実であるようだった。そしてそれが、俺を終わらせることができない理由であることも。


 「私の弟子のあなたなら理解できるでしょう。あなたは一人じゃない。でも一人でもある。私はあなたと繋がれなくても、あなたを一人にしたくない」


 俺はサロアの顔が見えなくても、彼女が必死に俺に語り掛けてくれていることがわかった。そうかこれは彼女の願望でもあるんだ。彼女は彼女なりに、俺を救おうとしている。言葉が上手く通じなくても、必死に――――もしかしたら彼女は俺が思っているほど、器用ではないのかもしれない。

 俺は知らず、首を縦に振っていた。サロアのぬくもりが離れていく。 


 「そして、頭の良いあなたならわかるはずです。残された私たちにできること、今しなければならない事」


 父の最後を思い出す。あの時誓ったのに、俺はもう忘れていた――頭がいいなんて嘘だ。


 「サロア……ありがとう」


 今度はこちらが相手の目を見て伝える。


 「いえ、師匠として当然の事をしたまでです」


 彼女はそれを見て微笑んだ。


 「さあ、急ぎましょう。エレナがあなたの帰りを待っています」


 エレナ……俺は急に彼女の顔を見たくなった。だけど――


 「うん、でも、その前に一つだけやっておきたいことがあるんだ」


 俺は立ち上がると、そのまま母に近づいて行って、頭のサギュリティアの髪飾りをとってそれを手の中に収めた。

 そして俺は階下から油を持ってくると、母が眠る寝台に油をまいた。脇にあった燭台に火を灯す。薄明かりの中でも母は綺麗だった。この美しさを守ることができた、それだけが俺が母にしてあげられた、唯一の親孝行だった。

 手に持った燭台を寝台に投げ入れる。


 「母さん、父さん、さようなら、そして行ってきます」


 油に引火した炎が勢いよく燃えた。燃える寝台を見つめながら、俺はここではないどこかで母と父とそして姉が一緒になれるよう、祈りを捧げた――――


 「ふがっ――なんだ、火!?だ、誰かー!助けてくれ!」


 忘れてた。箪笥の下敷きになっていた、訛りのある兵士が箪笥の下から、助けを求める。


 「……行こう」


 俺は彼を無視して扉に向かった。


 「いえ、助けましょう」


 サロアは俺の返事を待つまでもなく、その膂力を持って、箪笥を軽々と持ち上げた。下敷きになっていた兵士はその膂力に驚きながらも、感謝の言葉を言いながら、その下から逃れようとする。しかし、


 「ありがてぇ、ってありゃ、足が動かねえ」


 どうやら足を折ってしまっているようだ。こんな箪笥一個で足を折るなんて、なんて貧弱な足なんだろう。


 「ロビン」


 「……仕方ないなあ」


 俺はしぶしぶ兵士に肩を貸すと、火の手が回り始めた部屋を急ぎ足で出て、なんとか家を脱出することができた。玄関をくぐったその次の瞬間、後ろ手に玄関を支えていた柱が崩れて倒れる。


 「あ、危なかった……」


 「た、助かりましただ。このお礼はなんてすればいいか……」


 「必要ない。そもそもお前の足を折ったのは俺だ」


 折ったかどうかは議論の余地がありそうだったが、こいつらと縁ができるくらいならそんな議論の勝ちなんて、金を払ってでもいらなかった。


 「おーい!どうしたんだ!?その家はそのままにするんじゃなかったのか!」


 当然のことながら、脱出に手間取った俺たちは、脱出のタイミングを逸してしまったようだ。遠くから他の兵士が殺到する気配を感じる。


 「こっちには近づかないでくだせえ!!危ないですから!!いやあ、まあだおらのドジで家燃やしちまったんでせえ!」


 「なんだ、またお前かよ!今度こそサルファー様に殺されても文句言えねえからな!」


 彼はどうやら、その下手な嘘で俺たちを逃がそうとしているらしかった。しかしそれは存外、功を奏して、兵士を足止めできているようだった。彼の日頃の行いの賜物といったところだろうか。


 「ひぃっ!それは勘弁して下せえ!!」


 しかし彼の怯えは本物のようだった。彼はその名を聞いた途端、がたがたと頭を抱えて蹲ってしまった。彼らの話を繋ぎ合わせるとどうやらそのサルファーという奴がこの隊の親玉、つまり魔術師であるらしい。


 「ロビン」


 「あ……そうでした。ほら今のうちに……」


 サロアと訛りのある兵士が俺を急かす。その言葉にせっつかれるように、家の裏手側に回り込み、脱出を試みる。


 ――――あー!でも足が折れて動けないですだー!誰か助けて下せえー!


 ――――あーもう仕方ねえな!このうすのろ!


 背後で訛りのある兵士の助けを呼ぶ声が聞こえる。どうやら、他の兵士たちの注意を引き付けてくれるようだ。


 「今のうちです」


 「ああ」

 

 どうやら先ほどの借りは速攻で返されそうだ。俺たちは何とか兵士たちに発見されることなく、脱出することができた。

 焼けて崩れ去る村を駆け抜ける。どうやら高台にある父の家が燃えたことによって、兵士の注意がそちらに向いたようだ。元々少ない人数であることも相まって、最初に侵入した時よりもスムーズに村を抜け、俺たちは森に入っていった。


 「サロア、行く宛てはあるの」


 森の中ほどに入って、背後の敵に注意を払う必要がなくなったころ、俺はそうサロアに聞いた。情けないことに、俺はこれまで自身に降りかかってきた様々な事柄に、いっぱいいっぱいになってしまっていて、これからの展望については全く当てがなかった。


 「ええ……まずは、私の家に向かいます。エレナもそこにいます」


 彼女がそういうと同時に森が開けて、気付けばサロアの丸太小屋の広い庭に出ていた。気が抜けていたとしても何度も通った村とサロアの家への道を忘れるとは、何とも情けない話だった。


 「安心してください。気付かなかったでしょうが、この家の周りには人の方向感覚を狂わせる術がいくつか施されています。なので今のあなたの感覚は正常です」


 困惑した表情で周りをきょろきょろと見渡す俺に彼女はそう言って、表玄関の方へ向かっていく。にわかに信じがたい話だったが、それが俺に対する優しさである可能性を考えると、それ以上は何も言わず話を信じて、彼女について行くのが賢明だろう。


 玄関口に回ると、庭先でエレナが立っているのが見えた。俺たちの姿を見つけた彼女は真っ先にこちらに走って来て、そのまま俺の胸に飛び込んできた。突然のことに俺はどぎまぎしながらも、彼女をしっかりと受け止める。


 「ごめんなさい……!ロビン……!――――私、私……」


 俺は崖淵での自らの言葉を思い出して、胸が高鳴らせたが、自らの胸の中で泣く彼女の声を聞いて、彼女の気持ちを悟った――――そうかやっぱり……


 「大丈夫だよ、エレナ。俺は君が隣にいてくれるだけで良いんだ。こうして、生きて一緒に居られるだけで、十分なんだ」


 俺は父と母との別れの記憶を思い出した。残された俺にできること……


 「違う、違うの、ロビン……私は、私はあなたに――――」


 「いいんだ……いいんだよ、エレナ、今はそれで……それに、今はこんな事をしている場合じゃない。そうだろサロア」


 「ええ……」


 サロアは俺たちから視線を外すと、その彫刻かと見紛うほどの美しい横顔を見せて、とある方向を向いた。


 「あちらの方角にこの地で唯一の脱出口があります。それはあの山の麓、かつてのドワーフたちの坑道で、そびえたつ山を貫いて反対側の麓の出口に繋がっています」


 「あの山の麓に……」


 話だけは父から聞いていた。この村に落ち延びるとき、特別な道を辿ったと。それがドワーフが造った坑道だったとは……


 「私たちはこれからその坑道を目指し、移動します。距離はそれほどではなく、明日の日が昇るまでにはたどり着くでしょう。強行軍なのは承知です。しかし、恐らく帝国は明日の日の出と共に本格的な制圧を開始するはずです。なのでそれまでにはたどり着いて、ここを脱しなければ、私たちに明日はありません」


 俺はそのサロアの案に首を縦に振って同意した。その提案はある程度予想できたもので、この状況であればそれ以外の方法で助かる術はないだろう。しかし――――


 「うん、それしかないだろうね。でも坑道を抜けた先に道はあるの?」


 抜け道はある。しかし、何故皆それを使わないのか。帝国はおろか、俺たちでさえ越えられない障害が坑道の先にはあった。


 「ええ、なのでまずはこれをあなたたちに――――」


 彼女は俺の質問にあるものを懐から出して、答えた。


 「これは村の皆が“聖水”と呼ぶ液体です――――」


 見たことも無い、中身が空洞の、筒状の透き通った水晶のような器に容れられたその液体は、それ自体も無色透明で、その名の通り清らかな印象を受ける液体だった。


 「これを使えば、禁域の森を抜け、エルフの里にたどり着けると言われています」


 そう、坑道を抜けた先、つまりエルフの国には不可思議な力で守られた禁域の森と呼ばれる堅牢な障壁があると言われている。それを超えるには聖水と呼ぶものが必要なのだと、父は言っていた。


 「何故そんなものがここに……?そんなものがあるのなら――――」


 「ええ。でも今、それを話している余裕はありません……さあ、必要な荷物はまとめてあります。準備ができたなら一刻も早くここを発ちましょう」


 サロアは俺の言葉を途中で遮ってそういうと、半ば強引に俺とエレナにその透明な容器を押し付けた。同じように押し付けられたエレナを見ると、どうやら彼女もこの疑問に対する答えを知っているらしかった。なぜ……?俺の視線に気づいたエレナは気まずそうに目をそらした。


 「……わかったよ。サロア、今は何も聞かない。でも――――」


 「ええ……でも今は全てを教えることはできません」


 俺の願いは伏し目がちなサロアの視線と共に拒絶された。俺はその言葉に首を縦に振らざるを得なかった。もちろん蚊帳の外にされた悔しさはあったが、それ以上に自分の為だけに時間を浪費する訳にはいかないと、強い理性の語り掛けがあった。

 俺はそのまま背を向け、まとめてあると言われた荷物を取りに、サロアの家の中に向かった。


 皆暖炉の火の前で粛々と旅立ちの準備を進める。

 血みどろの衣服だけでも変えようと、外套の留め具を外し、脱ぎ捨てようとした時、腰のベルトにぶら下げた、父を刺し貫いた剣とそれを収める鞘が引っ掛かった。明るい暖炉の元でそれを見ると、それが父の書斎に飾ってあった剣であることに気付いた。素晴らしい意匠を凝らしたその鞘の装飾は、質素な父の書斎には浮き気味で、いつも目についていたのを覚えている。ふと、瞼の裏に書斎でいつものように、あの眉間にしわを寄せた表情で俺を見つめる在りし日の父の姿が浮かんだ。瞳から涙が溢れ出す。俺はそれが二人に気付かれないように急いで替えの外套をかぶって、それを覆った。俺は今から旅立つ。もう二度とその光景は見ることはできない――――


 皆の旅立つ準備ができた。玄関を出て丸太小屋を振り返る。育った村を旅立つにしては、短すぎる時間だった。

 俺は先ほどできなかったもう一つの質問をサロアに投げかける。


 「サロア、もし坑道を敵に占拠されていたらどうするつもりなの」


 「ええ、それについても策はあります」


 彼女はそういいながら、手に持った松明を丸太小屋に投げ込んだ。炎は小屋に燃え移り、もう一つ大きな炎を上げて、さらに大きく燃え広がった。俺はびっくりしてサロアの顔を見た。


 「ああ――――ごめんなさい。私の都合で、この小屋は燃やさなくてはいけないんです――せっかくあなたたちが手伝ってくれたものなのに……」


 そういうことだけど、そういうことじゃない。だが、珍しく彼女は表情を歪めて、哀愁を漂わせながら、燃え上がる自らの家を眺めていた。その隣のエレナを見ると俺と同じようにびっくりした表情をしつつも、その炎を見つめる目にはサロアと同じような哀愁が含まれていた。きっと俺も同じような顔をしているに違いない。この小屋には、数えきれないほどの俺たちの思い出がある。それが燃えて、灰になっていく――――


 「さあ、急ぎましょう」


 しかし、俺たちにはそれすらものんびり眺めている時間はなかった。

 サロアに続いて森の道なき道に入っていく。当然坑道に続く道など存在していなかった。


 「私たちが向かう先は件の坑道ではありますが、もちろんロビンの言う通り、敵に占拠されている可能性は高い」


 サロアは歩きながら背中越しに、自分でも忘れていた先ほどの質問の説明を始めた。


 「なので私は事前に坑道に潜入し、坑道内を伸びる比較的地表からほど近い採掘部分から、地上に通路を伸ばして、新たな入り口を建設しました」


 サロアは目の前を歩きながら、事も無げにとんでもないことをいった。


 「なんだって!?……もしかしてサロア一人で?」


 俺は思わず声を上げた。少し大きな声が出てしまったかもしれない。


 「ええ、幸い地表にほど近い通路は複数あり、どうやら今は崩落して隠されているだけで、元は本当に通路として使われていたもののようでしたので、比較的簡単に掘り進めることができました」


 サロアはまたも事も無げに驚くべき事実を語った。崩落した坑道を一人で開通させようなどとは正気の沙汰じゃない。そもそもそんなことが可能なのか。たとえ複数人で取り掛かったとしても、命がいくつあっても足りないだろう。


 「サロア……君の事はよく知ってるけど、もうそんな危険なことはしないでくれ……一人では特にだ」


 隣のエレナを見ると、今度はエレナも知らなかったようで、しきりに俺の言葉にうんうんと頷いている。


 「ああ……その……ごめんなさい……今回は事が事でしたので……」


 サロアは一心不乱に歩を進めながらそういったが、本当に反省しているのかどうかは、俺たちの前を行くサロアの背中からは、はっきりとは読み取れなかった。


 「――――なので、坑道内については、それなりに土地勘もあります。その入り口を使って潜入すれば、たとえ彼らが坑道内で私たちを待ち伏せしていようと、滅多なことが無ければ、見つからずにやり過ごすことができるでしょう」


 「――――滅多なこと……」


 滅多なこと、それはすなわち、不可思議な存在、魔術師の存在が絡まなければということだろう。


 「エレナはどう思いますか……?」


 サロアはさっきから押し黙っていたエレナに意見を問う。今日のエレナはやはり少しおかしい。まあ、生まれ育った故郷を追われたのだから当然ではあるが。


 「危険はある……けど、たぶん大丈夫」

 

 エレナは少し苦し気な表情で、そう述べた。曖昧なのか具体的なのか良くわからない。暗闇で目的のものを手で探っているような、そんな表情だった。


「そうですか……でも今回はカレン達を信じて先に進みましょう」


 ここでカレンの名が出たことで、俺は父達の思惑にようやく思い至ることができた。しかし今からそれを顧みても、何もかもが遅すぎたと後悔することしかできない。

 サロアもエレナの反応に少し、引っ掛かりを覚えて、悩む素振りをしたが、すぐにその迷いを振り切った。


「私たちは前に進むしかない」


 彼女の言う通り俺たちには他に取れる選択肢はなかった。

 俺たちは黙々と雪が降りしきる森の中を歩く。俺は誰かの命を使って生き延びている。その事実を胸の内で噛みしめながら、サロアの広い背中を追った。

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