第21話 本当の夫婦





 その後は天候に恵まれて、小麦の収穫は順調に進み、今年は大豊作で確定した。

 すべてが落ち着くころには涼しい秋風が吹き始め、ヴィオレッタは気分転換を兼ねてエルネストを誘ってクローバーの草原へ向かった。


「クローバーは本当にすごいんですよ。土も豊かになりますし、牧草になりますし、ミツバチの蜜源にもなりますし」


 草原にしゃがみ込み、ふわふわの葉を覗き込んでいく。


「……何をやっているんだ?」

「四つ葉のクローバーを探しているんです。見つけると幸せになれるって言われているんですが、なかなか見つからないんですよね。先にお昼にしましょうか」


 草原に並んで座ってバッグからランチボックスを取り出す。

 中には見た目も鮮やかなライスバーガーを四つ詰めていた。今回は、ヴィオレッタの手作りだ。二人きりで食べるなら、これがいいと思ったから。


「王都のお店の味とは違うかもしれませんが、どうぞ」

「だがあの店も、君が関わっているものなのだろう?」


 ヴィオレッタは目を丸くする。そのことは、ごくわずかな人間しか知らない。


「食べるたびに、君のことを思い出していた」

「……もしかして、覚えていらっしゃったりします?」


 何がとは言わず、問う。


「忘れられるわけがない。あの頃は、爵位と仕事を継いだばかりで、食事をする暇もないぐらい忙しかった。あれが久しぶりのまともな食事で、それ以降は食事と睡眠だけは気をつけていた」


 ――覚えられていた。しっかりと。

 そしてヴィオレッタの言葉を聞いてくれていたことに、胸が熱くなった。


「レイブンズ伯爵から縁談を持ち掛けられて、どんな相手か気になって調べてみたら、とんでもない噂ばかりで……それでも、やむを得ず縁談を受け入れた」


 遠くを――刈入れが終わった小麦畑を見ながら、昔のことを話していく。


「顔を合わせて驚いた。まさか、あのときの君がヴィオレッタだったなんて。浮かれると同時に、勝手に裏切られたような気持ちになった」

「…………」

「感情の整理がつかないまま、式を迎え――君に、酷いことを言ってしまった」

「エルネスト様、もしかして……わたくしのことを、あまりお嫌いではなかったりします?」


 うぬぼれかもしれないが、話を聞いていると、そんな考えになってくる。


 エルネストの視線がヴィオレッタに向けられ、何かを持った手が差し出される。

 ヴィオレッタが手を広げると、その上に四つ葉のクローバーが置かれた。


 ――幸福の証が。


「ヴィオレッタ。私は、君だけを愛している」

「……エルネスト、様……」

「この気持ちを押し付ける気はない。君は自由だ。離婚も、いつでも応じる」


 浮かび上がった熱い感情が、すぐに奈落に突き落とされる。

 湧き上がってきたのは怒りと激情だった。

 ヴィオレッタは腹を決めた。


「――では、自由にさせていただきます」


 エルネストの手を握り、顔を寄せ、唇に、小鳥がついばむようなキスをした。

 驚いて息が止まっているエルネストを見つめ、ヴィオレッタは言った。


「エルネスト様が好きです。わたくしは、あなたの子どもが欲しいです」

「ヴィオレッタ……」

「貴族としての義務ではなく、あなたと、本当の夫婦になりたいんです」


 信頼し合い、尊敬し合い、強く結びついた夫婦になりたい。

 跡継ぎのためだけではなく、愛し合って生まれる子どもが欲しい。


「ヴィオレッタ……本当に構わないのか?」


 瞳を見ながら、強く頷く。


「私も、同じ気持ちだ」


 熱を帯びた言葉と共に、手が握られる。

 ヴィオレッタはエルネストに身体を預け、引き寄せられるままに、夫の身体を抱きしめた。


 再び重なった唇は、とても熱かった。





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転生令嬢ヴィオレッタの農業革命~美食を探究していたら、氷の侯爵様に溺愛されていました? 朝月アサ @asazuki

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