ふぇいす〜三界の半神すべてに捧ぐ詩〜
ユーハバッハ正義
わたしたち5ちゃい
1週間前、[炎帝]と呼ばれる魔王が倒されたらしい。
倒したのは[希望の象徴]、勇者最強のイリナだ。
ブロンドの長髪で、メチャクチャ美人で、八頭身だか九頭身だかの超絶スタイルの、人類全てが[ヒロインとはこう]と思い描くような完璧な人間だ。それ以外のことは全くもってわからないが、世界が反転しようが世界が滅びようが、食うものに困ってモノを盗んでいる僕とは縁のない人間というのは間違いないだろう。
「うーわ、君の熱のせいで髪傷んだんだけど!」
「俺もお前のせいで静電気すごいんだけど!髪爆発してるわ!」
そんな炎帝とイリナが、30cmほど小さくなって僕の目の前で今、戦っている。あれ……なんでこんなことになってるんだ……
〜15分前〜
勇者と言われて、みんなは[選ばれし者]というイメージを持つかもしれない。石に刺さってるなんかよくわからん剣を抜いたりだとか、神様からなんかよくわからん奴を倒す使命を貰ったりだとか……そんな、物語に出てくるような宿命を持ったごく一部の人間、主人公を思い浮かべる人は多いことだろう。
だがこの世界では勇者とは[種族]である。そもそもこの世界の人間は、魔力と呼ばれる不思議な力を扱うことが出来る。その中で身体能力が異常発達した者が勇者と呼ばれるのだ。逆に身体能力ではなく、魔力が異常発達した者を魔族と呼ぶ。
この世界ではそんな二種族が、勇者領と魔族領に別れて遥か昔から戦っているわけだ。僕がいる部隊も当然、激戦地……ではなく、その激戦地で最も重要な兵糧を保管する地域……へと兵糧を送る中継地点の中で、勇者領の中心地に最も近い第四中継地点の兵糧を守る部隊の予備隊に、ご飯を出す給餌班である。下っ端もいいところだ。
「むへーー鍋回すの疲れた」
100人規模の料理を一度に作り出す巨大な鍋を、これまた僕の身長以上にでかいヘラを使って、息も絶え絶えで僕はかき混ぜていた。
昨日まで小さな村で食べ物を盗んで慎ましく暮らしていたのに……運悪く警備隊に捕まってしまい、こんな場所にすっ飛ばされてしまった。こんないたいけな子供が、たかがパンを一個盗んだだけなんだから大目に見てほしいよね。イリナが炎帝を倒したおかげで勇者領はお祭り騒ぎなんだし、お祭り気分に乗じて寛大な心で許してよ。
てか魔王が倒されたのになんで戦い終わってないんだよ。確かに魔王は三人いるって聞いたことあるけど、炎帝は三人の中で一番好戦的で、残忍で強くて、勇者領に壊滅的な被害を与えていたんでしょ?それを倒したっていうんだから、もう終わりでいいでしょ。
「おらーへばってんじゃないぞおらー」
部隊長の女が、ビーチチェアに寝っ転がりながら喝を入れてくる。でもサングラスつけてジュース飲みながらだし、声に全くもって覇気がない。言うだけ言ってるって感じだ。まぁやる気がない分には僕は助かるのだが……この部隊長には少し警戒したくなる点がある。それはメチャクチャ子供だってこと。身長90cm〜100cmぐらいで、6才前後といったところか?どっかの貴族の娘で、キャリアを積ませるために部隊長にでもしたのだろうか。ここみたいに戦闘なんて起こりようがない場所に我が子を派遣させて、安全に部隊長の経歴を得させることが、貴族の中では通例となっているらしい。簡単にキャリアを積めて羨ましい限りだ。
だがまぁ部隊長本人よりもさらに気になることがある。そいつの従者と思わしき男……いや男の子か。こいつも身長90cm前後で、団扇を必死に煽いで部隊長を涼ませている。奴隷なのかとおもったけど、上パーカーの下ジャージという、奴隷とは別ベクトルでラフ極まりない服装してるから、違う気がするんだよなぁ。まぁ奴隷にそういう格好させるやつもいるか。そこら辺は趣味だもんなぁ……嫌だねぇ、奴隷がまかり通っている身分社会というのは。
「ふー疲れた」
同情しながら彼らについて悶々と考えていると、男の子は煽ぐのをやめ、近くからビーチチェアを持ってくると、それに座り漫画を読んでくつろぎ始めた。
「いや奴隷じゃないのかよ!」
あまりにも行動に躊躇いがないから何するか気になって凝視しちゃってたよ!
「こんな小さな子供が奴隷なわけないだろ。どっからどう見ても執事でしょうが」
「そっくりそのまま返すけど、お前みたいな小さな子供が執事のほうがありえないから!つーか服装がもはやあり得ん!ラフすぎて執事の服じゃない!」
「え、何この人。見ず知らずの小さな子に遠慮なくツッコミいれてくるんだけど。俺みたいな5才児にはそういうの恐怖の対象でしかないんだわ」
「5才児の語彙力じゃないんよ」
さっきから感じていた圧倒的な違和感の正体。子供のくせに落ち着きすぎだろこの2人。読んでるマンガはバガボ○ドだし……お◯り探偵とか読めよ。
「言っとくが、俺はイリナと奴隷ごっこをして遊んでただけだ。ジャンケンに勝てたらこいつをアゴで使えてたんだけどなぁ」
「ミフィー君が私にジャンケンで勝つとかあり得ないから。私の豪運マジで人間辞めてるから」
女の方がイリナで男の方がミフィー君か……どっちもあだ名だろうな。確かに女の方はイリナの外見にそっくりだ。憧れてそう呼ばせているのだろう。まぁ子供の頃にはよくあることだ。僕だって子供の頃は孫○空に憧れたものだ。
てかマジで5才児のやりとりじゃないだろ。こいつらなんなんだマジで。
「ていうか僕からツッコミ入れたとはいえ、こんな下っ端の人間と馴れ馴れしくしていいんですか?一応部隊長ですよね」
なんでぱっと見5才のガキに敬語使わなきゃいけないんだよと思うも、この世界は階級制だ。しかも生まれた時に階級が決まってしまう。こんな子供でも僕より上の階級なら、逆らってはいけないことになってしまう。
「んーーそうだねぇ。私達あれなんだよね、身分とかそういうのもうどうでもいい立場にいるからさぁ……あっ、そう言うとちょっと誤解を招きそうだから訂正するね。私達チョー偉いからさ、威厳とか体裁とか保つ意味ないんだよね」
子供が何言ってるんだといつもならあしらうのだが、2人の放つ雰囲気は余りにも異様すぎて、本当にそう思えるから不思議だ。
「それはつまり……超偉い貴族のご子息様とか……?」
「あっはっはっ!私達が貴族だって!ミフィー君貴族になれてよかったね!」
「……それ、貴族の奴らに言うなよ。マジで殺されるぞ」
……貴族じゃないのに偉いとか、じゃあ誰なんだよ。マジでなんなんだこいつら。深く突っ込んだら火傷しそうだな……
僕は苦笑いしながら、テキトウに調味料をぶち込んで鍋をかき混ぜていく。
本来なら僕は彼らを避けるべきなのだろう。あの2人はあまりにも特殊すぎて異常だ。だが気になって仕方がない……もしかしたら、彼らに上手くついていけば……
「そ、その……僕、魔力が発現してないんです。しかも身体能力が貧弱すぎて……きっと階級も騎士とかそこら辺になるんだと思うんですけど……」
この世界の階級制は、魔力の大きさによって決まる。魔力が大きければ大きいほど階級は高くなる。しかもこの魔力は後天的に大きくならないらしいのだ。生まれた瞬間に自身の力と身分が決まってしまう……努力が全て意味を成さないのだ。
そんな世界で僕の階級はきっと、どんなに高く見積もっても下から2番目レベル。人権なんてほとんどないに等しい。しかも魔力が発現してないせいで、それを活かした職業にすらつけない。
「階級とかそういうのどうでもいいと言うのなら、こんな僕でも雇ってくれたりしないでしょうか!奴隷でもなんでもいいのでお願いします!」
彼らみたいにフレンドリーで、階級の高い人間のなら奴隷になってもいい!なんとかしてこの惨めな人生を抜け出すんだ!
「「………」」
イリナとミフィー君は互いに顔を見ながら、小さく一度だけ頷くと、すぐに僕に顔を向けた。
「無理に決まってるでしょ」
「お前はとても大きな勘違いを4つしている」
「まず1つ、私達は奴隷など使う気がない」
「そして2つ目、俺達と一緒にいたって待遇はよくならない。俺らがここにいるのは左遷されたからだ。上の人間に嫌われてるんだよ」
「そして3つ目、これが1番重要なんだけど……安全じゃないから。私達と一緒にいたら死ぬよ、間違いなく」
「いや、こんな安全地帯の部隊長任されるような人間に死のリスクなんて……」
ドォォオオンンン!!!
巨大な爆発が起きた。木々が根本から吹き飛び、火を纏いながら凄まじい速度で地面に突き刺さっていく。……木が根本から吹っ飛ばされるほどの爆発って何?どんなに威力が高くても、普通、幹がへし折れるぐらいでしょ?ねぇ?
「はぁ……ほら、ミフィー君はトラブルメイカーで有名なんだ。こういう不測の事態を簡単に引き起こしちゃう」
「いやこれはイリナの主人公補正だろうな。アクシデントじゃなくて、イベントを起こしているんだ。ポジティブな方に考えるべきだ」
えぇぇ……メチャクチャやばめの敵襲を受けたのになんでこの人達こんな冷静なの。
戦場に出たことも、魔力による戦いも見たことない僕からすれば敵の強さは全く測れないけど、あまりにも[日常からかけ離れている]というだけで、十二分に危険だということは理解できる。
やっべ戦う気なんて一切なかったから腰抜けちゃってるんですけど!鍋べらに全体重を乗っけて倒れないようにするだけで精一杯だ!
ドンっ!!
爆発によって燃え広がった木々の炎の中を5人が高速で走り抜ける!そのあまりの速さは周りの炎を消し飛ばし、音速に近しい速度だ!
そして森林火災を走り抜けた5人は、それぞれが剣や槍の切先をイリナとミフィー君に向けて襲いかかった!
「聖騎士長クラスでいいかな?」
「解放しすぎだろ」
豪風が叩きつけられ、吹っ飛び、地面の上で3回転がってようやく勢いが止まった僕は、腰にも脚にも全く力が入らないため、なんとか首だけを動かして彼らの方を見た!
するとそこには雷をまとったイリナと、炎を纏ったミフィー君の2人だけが立っていた。襲いかかってきた5人は気絶して倒れている。武器も全てへし折られ無惨に地面に転がっている。爆発によって木々がまばらに残っていた森林は、全てが燃えて炭化していた。墨色の世界に、赤と黄の2人だけがやけに映えていた。
というか、あれ?なんか2人とも身長伸びてないか?なんか顔も大人びてるし……
「うひょーー!!ちょっと街滅ぼしてくるわ!!」
そう言うとミフィー君は纏っていた炎を更に発火させ、全力で走り始めた!
「……え、何がどうなってんの」
「あーーその、彼さ炎帝なんだよね、魔王の。ちょっと止めてくるから、ここから離れた方がいいよ」
「…………は?」
「あ、あと、君は魔族だと思うよ。勇者じゃないから身体能力低いだけだね。そんなに落ち込まなくてもいいと思うよ」
「…………………」
最後の方はもう言葉にもならなくて、頭も全く働いていなくて、ただなんとなく、イリナと炎帝の戦いを見ていた。
僕はこの話における語り部だ。主人公ではない。イリナと炎帝が活躍する様を、誰よりも間近で見ることが出来ただけの……そんなちっぽけな存在。
これは、名もなき半神達に贈る、最強の勇者と魔王による世直しの物語である。
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