第2話 陰キャと美少女と最強の相棒

 ぽかん、と大口を開けて沈黙する、三人。

 俺が一番最初に我に返り、おそるおそる倒れているミノタウロスに近づく。


「......本当に、死んでる?」


 シロはミノタウロスの鼻先を、角でつんつん突いている。微動だにしない身体に向けて「テイマー」のスキルを使ってみるが、反応はない。どうやら、本当に死んでいるらしい。そのことを確認して、俺は落ち着くどころか余計にパニックになった。


「ど、どういうことだ? ミノタウロスだと思ってたけど、実は違ったとか......?」


 スマホを取り出し、ミノタウロスの特徴を検索する。牛頭、紅い巨体、両刃斧。どれをとっても、ミノタウロスで間違いない。

 じゃあ、実は聖水がめちゃくちゃ弱点だったとか......。そう考えた時、ミノタウロスから遠く離れたところにダガーが転がっているのを発見する。そういや、シロが飛びかかる時、ダガーを放り投げてたっけ。


「じゃあ、何で?」


 俺が困惑していると、ようやく落ち着いた様子のハルカが、おずおずと話しかけてくる。


「あの......ありがとう、ございます」

「え、あ、はい」


 早口で返しながら振り返る。彼女の顔が、間近に迫っていた。


「うわっ!」


 思わず上体を後ろに逸らす。すみません、と、彼女は慌てて距離を取った。


「お怪我とか、してないかと思って」

「あぁ。僕は、大丈夫、です」


 だんだん声が小さくなっていくのを自覚しながら、僕は目を逸らす。あなたは大丈夫ですか、の一言がすっと出てこなくて、変な沈黙が流れてしまった。非常に、気まずい。


「ハルカ、配信!」


 もう一人の女の人が、慌ててカメラを探す。二人の注意が俺から逸れた隙に、俺はハルカを横目でちらりと見た。

 遠目ではわからなかったが、彼女はかなり若く見えた。俺と同い年くらいじゃないだろうか。染めていないしパーマもかかっていないセミロングの黒髪や、薄めのメイクなんかも、学生を連想させる。身長は高いし、スタイルもいいけど......。配信者をやっているだけあって、顔立ちはかなり整っている。


「配信、切れました。すみません、ご迷惑をおかけして」


 ハルカが戻ってきたので、俺は慌ててまた目を逸らす。


「い、いや、ミノタウロスなんで。お互い生きて帰れただけで奇跡、みたいな」

「そうじゃなくて......。配信に、顔とか映っちゃってるかも。アーカイブは非公開にしましたけど」

「あぁ......。まぁ、別に」


 アーカイブって何ですか、とは聞けないし、にこやかな応対もできない自分に嫌気がさす。絶体絶命のピンチから解放されたというのに、動悸は早くなるいっぽうだ。


「私、比良鐘ハルカっていいます。配信者やってて」

「あ、はい」

「......よかったら、お名前伺っても?」

「あ、烏丸真一です」


 再び、気まずい沈黙。我ながら、自分の態度は終わっている。女性とこんなに長く話したのなんて、何年ぶりだ?


 気まずさに耐えかねて、ハルカは辺りを見回した。そして、一点で目が留まる。


「......え、嘘」


 ハルカの目を奪ったのは、いつの間にか俺の横に戻ってきて、ちょこんと座っているシロみたいだ。


「あ、大丈夫です。こいつ、俺の相棒っていうか、とにかく襲ったりしないんで」

「......使役してるってこと? 『白無垢フェンリル』を?」

「使役っていうか、仲間っていうか。って、『白無垢』? 白いだけで、ただのダイアウルフですよ」


 ハルカは首を横に振ると、信じられない、という様子でシロをまじまじと眺める。


「ミノタウロスも、この子が?」

「......みたいですけど。でも、何で倒せたんだろう。たまたまあのミノタウロスが、とんでもなく弱ってた、とか」

「ううん。『白無垢』なら、ありえるかも。でも、そんなことって」


 彼女は何かを考え込んでいる。俺は邪魔をしないようにしばらく黙って見ていたが、どうしても気になって、勇気を振り絞って聞いてみた。


「......あ、あの。『白無垢』って、何なんですか」


 ハルカは顔をあげて、俺の目をじっと見つめる。俺はまた、顔を背けた。


「本当に知らないんだ。『白無垢』は、ボーナスモンスターみたいなもの。ダイアウルフが出るダンジョンを探索してると、ごく稀に白いダイアウルフに遭遇することがある。それが『白無垢』。『白無垢』は他のダイアウルフと違って探索者に敵意を向けず、しばらくそこに佇んだ後、去り際に装備品を落としていく。見かけたらラッキー、みたいな」


 全然知らなかった。ダイアウルフが出る階層は、ここより一段下だ。最初の探索では迷い込んでしまったけど、ダンジョンに詳しくなってからはより安全な今いる階層を狩場にしていたから、出会う機会も調べる機会もなかった。


「好奇心から探索者が攻撃してみたり、他のモンスターをけしかけたりするんだけど、どんな攻撃を受けても意にも介さないんだって。だから、誰も知らないだけで、もしかしたら攻撃力もとんでもないのかも」


 俺はシロを見る。シロは座っているのに飽きたのか、俺の身体に寄りかかって目を閉じている。こいつが、そんなに凄いモンスターには到底見えない。今までだって、二人で色々なモンスターを倒してきたけど、雑魚モンスターばっかりだったし、戦いやすい状況を作ってたから......。


 そこまで考えたところで、気づいた。

 俺は、相棒の本気を、知らない。


「ハルカ、そろそろ」


 女の人が、ハルカに声をかける。うん、とハルカは頷くと、立ち上がりかけながらもう一度、俺に頭を下げた。


「とにかく、ありがとうございました。何か困ったことがあったら、DMか何かで教えてください」

「DM......?」


 俺が聞き返す声は、小さすぎて彼女には届かなかったらしい。そのまま立ち去る彼女たちを、俺は呆然と見送った。


 それから横にいる、起きているのか眠っているのかもわからないシロに問いかける。


「なぁ、お前、もしかして凄い奴なのか......?」


 ぐる、と、短いうなり声が返ってきた。肯定か、否定か、はたまたただの寝言か。


「......疲れた。ミノタウロスの素材って、どこ持って帰ればいいんだ?」


 スマホで検索すると、ミノタウロスは特別指定モンスターの一種に指定されていて、万が一、いや億が一討伐したら、速やかに迷宮庁の所定機関に報告しなければならないらしい。素材も、貴重な資源として国が持って行ってしまうみたいだ。


「うげ、面倒臭い」


 もしかしたら少しは報奨金みたいなものが貰えるかもしれないが、それ以上に厄介なことになりそうなのは明らかだった。シロのことも色々訊かれるだろうし、もしかしたら研究対象だなんだと言って取られてしまうかもしれない。


「......ま、あの女の子が報告してるでしょ」


 俺は死骸をそのままにして、ここから立ち去ることにした。シロの頬のあたりをくすぐって、行くぞ、と合図する。


 ダンジョンを出たところで、ふとスマホを取り出し、検索窓に別の単語を入力する。


「白無垢」で検索すると、たくさんの情報が出てきた。写真もある。確かに白いダイアウルフそのもので、シロとも同じ見た目をしている。最近は目撃情報が途絶えている、という記事も見つけた。


 次に、「アーカイブ」と検索する。こちらは、めぼしい情報はヒットせず。検索の仕方が悪いのかもしれない。


「DM」は、SNSで送れる個人間のメッセージのことらしい。俺は家族とのLINEを除けばSNSをやらないので、そんな単語に触れる機会がなかった。


 最後に、「ひらかねはるか」と検索する。漢字がわからないので、全部平仮名で。

 検索結果の一番上に、動画投稿サイトのチャンネルが出てきた。あの軍服もどきの衣装を着た彼女のイラストがアイコンになっている。


「......ん?」


 比良鐘ハルカ、という名前の下に、小さく書かれた文字。


 チャンネル登録者数 124万人


「ん~っ!?」


 これは、もしかして、結構マズいことになったのではないだろうか。


 俺はそっとスマホの画面を閉じると、なるべくそのことを考えないようにして、ついでに彼女とのひどいコミュニケーションについても考えないようにして、逃げるように帰るのだった。

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