D級スキル《テイマー》持ちの俺、実は最強のダンジョン探索者だった~陰キャが助けた美少女配信者は、まさかのクラスメイト⁉~

鶯ほっけ

第1話 陰キャと美少女と迷宮の天災

「よっし。今日もやりますか、相棒」


 俺は、前方の洞窟を見ながら呟いた。独り言ではない。隣にいる俺の相棒、シロへの呼びかけだった。

 とはいっても、シロは俺の言うことなんて気にも留めていないかのように、大きな欠伸をひとつ。出会った時から、こいつはいつも落ち着いている、というか、眠そうにしている。小柄で流線型の体躯や二本の短い角は、どこにでもいる低級モンスター、ダイアウルフとほぼ同じ。けれどシロは、その名の通り全身の体毛が真っ白だった。


 洞窟の中に足を踏み入れる。このダンジョンは初心者にも開放されている簡単なものだから、洞窟内部は舗装されていた。土日ということもあって、他の探索者の姿もちらほら見かける。


「この辺のモンスターは、他の人たちに取られちゃってるなぁ」


 俺はやれやれ、と肩をすくめると、やや奥の階層へと潜っていく。簡単なダンジョンの奥の階層は、手に入る戦利品がしょぼい割にやや骨の折れるモンスターが多く、不人気で空いている傾向にある。「モンスターは譲り合い」が探索者の原則なのだから、本当は周りの探索者に来たばかりであることを伝えて、獲物を譲ってもらえればいいのだが......。


「そんなの、できるわけないよなぁ? シロ」


 俺は肩をすくめると、人のだいぶ少なくなった通路を歩く。

 視線の先には、とことこ歩く裸の骸骨。スケルトンだ。


「シロ、まだ動くなよ」


 スケルトンには打撃や斬撃が効きづらい。だが、聖水を持ち込めば話は別だ。

 俺はシロの口に聖水を塗ったダガーを咥えさせて、背中をぽんと叩く。それと同時に、スケルトンに向かって全力で突進していった。


「うおおおおおおおっ!」


 俺は雄叫びをあげ、スケルトンの目の前で急カーブ。向かって右手側に全力でダッシュする。おそらく俺の背中では、スケルトンの目線が、ゆっくりとこちらに向いて......。


「グオオッ!」


 くぐもった音がダンジョンに響いて、振り返る。スケルトンの背中に回ったシロが、ダガーを鎧の隙間に突き立てていた。


「......ふうう。とりあえず一体」


 俺は息を切らしながらスケルトンの死骸に戻り、シロの頭を撫でてから溶けていない骨を選別して瓶に入れる。これが街で売れるのだが、聖水の出費も考えると本当にわずかな利益で、命を懸けるほどの価値なんて全くない。弱い奴でも狩れ、かつ効率のいいモンスターは争奪戦だ。俺みたいなコミュ障が狩れるのは、スケルトンみたいな面倒で、金にならない奴だけ。


 世界中にダンジョンという、魔物が棲みつく洞窟が出現してから数世紀。

 進化か適応か、人類は一人一人に固有の異能、「スキル」を獲得した。そして新たな力を得た歓びを解放するかのように、人々は命の危険も顧みず、探索者となってダンジョンの中へ入っていった。


 そして俺も、そんな探索者の一人。......とはいっても、俺のスキルは、興奮できるほど凄いものじゃないけれど。


 スキル「テイマー」。動物を捕獲し、心を通わせることができる。それが俺の能力だ。

 動物というのは、シロのようなモンスターも含まれる。でも、どんなモンスターでも仲間にできるわけじゃない。

 能力を使用する際、その相手にはびりびりと電流のような痛みが流れる。そこで、少しでも抵抗されてしまうと、捕獲は失敗してしまうのだ。

 だから、モンスターを捕獲しようと思ったら、そのモンスターを全く抵抗できないような状態にしなければならない。そんなことができるのは、せいぜい雑魚モンスターか、犬や猫みたいな普通の動物くらいしかいない。


 そういう理由で、スキル検定の結果は文句なしのDランク。これは最低ランクで、こう診断された人はたいてい諦めて、探索者以外の職に就く。別に、探索者になれれば人生の勝ち組、というわけでもないのだ。ほかにお金を稼ぐ方法なんて、いくらでもある。


 でも、俺はできなかった。人と目を合わせて話せず、自然な笑顔を作ることもできず、言われた通りに仕事することもできない俺は、高校生になってからバイトの面接に四度落ち、二度クビになった。


 他人から見たら諦めるのが早いと笑われるだろうが、俺は二回目のクビで心が折れてしまった。親は学費を出すので精一杯。少しでも趣味に金を使いたければ、そして将来のことを考えれば、向いていないことが分かっていても、都の最低時給以下の稼ぎしかなくても、探索者をするしかなかったのだ。


「はぁ......俺、一生こんな暮らしなのかな。そもそも、長生きできるんだろうか」


 俺は座り込み、シロに背中を預けて息を整えながらため息をつく。これは、独り言だ。


 シロと出会えたのは、俺の人生最大の幸運だった。最初のダンジョン探索、人混みを避けるうちに迷い込んだ階層で、遠くを見てぼうっとしている白いダイアウルフを、たまたま捕まえることができたのだ。ダイアウルフも低級モンスターとはいえ、人間の知恵が合わされば、この辺りのモンスターなら、比較的安全に狩ることができる。比較的、ではあるけれど。


「お前がいなけりゃ、俺は探索者にすらなれなかったんだもんな。あんまり文句言うもんじゃないか」


 俺は立ち上がると、二体目のスケルトン、それかメイジキャットでも歩いていやしないかと歩き始めた。今月はロボットアニメ「ラン・アンド・ガン!」に出てくる、メリカロという機体のプラモデル(ちょっと高いやつ)を買ってしまったせいで金欠なのだ。


 ふと、遠くの方で何やら声がしていることに気付いた。モンスターを狩っている,ようには聞こえない。パーティを組んだ探索者だろうか、と一瞬身構えたが、声は一種類しか聞こえなかった。楽しげに喋りっぱなしの、若い女の子の声。

 シロが訝しげに吠える。俺はそっと、声のする方に近づいていった。


「こんはるか~! 上官の皆さん、お元気ですか~? みんなの秘書官、比良鐘ハルカですよ~!」


 高い声で、カメラに向かってポーズを取る、可愛らしい少女がそこにはいた。軍服をモチーフに、しかしそこかしらにフリルのついた衣装に身を包み、ショートパンツから健康的な生足を伸ばして歩く彼女は、この薄暗く人気のないダンジョンには明らかに不釣り合いだった。


「今日はこのダンジョンで、いっぱいモンスターを狩っちゃうから、皆応援しててね! あ、でも指示コメはやめてね。心配しなくても、私、強いので!」


 あぁ、と俺は合点がいった。最近では、ダンジョン探索を動画配信のネタとして使う配信者が増えているらしいのだ。俺と同じようなDランクスキルで、自分ではダンジョンに潜る実力がないような視聴者が、女の子がモンスターをばっさばっさと倒すのを見て喜ぶらしい。

 俺は仕事として実際にダンジョンに潜っているので、自由時間にまでダンジョンの映像を観ようとは思わないけど。


 それにしても、と俺は思った。配信者とカメラマン(女性だけど)の二人だけ、というのは珍しい。聞いた話によると、不測の事態が起きた時のことも考えて、ダンジョン探索配信者は二人以上のグループか、一人の場合でも画面に映らないボディーガード的な探索者が一人はいると聞いたことがあるが。


「『今日も可愛い』って、褒めても何も出ない!」

「『特定しました』って、こんな風景じゃわかんないでしょ。もしわかっても来ちゃだめだよ!」


 秘書官っぽく丁寧な感じなのは最初の挨拶だけで、そのあとはくだけた喋り方になるんだな、などど思いながら様子を見る。そもそも、ダンジョンとミリタリーに何の関係が......?


「お、キャップストーカーですね。私このモンスター、気持ち悪くて嫌いなんですよね~。......えっ? 『この前、バイト先の店長にキャップストーカーに似てるって言われた』? ......なんだかちょっと、好きになってきたかも~」


 そう言いながら、彼女は容赦なくキャップストーカーを爆殺した。熱い熱風がこっちのほうまで飛んでくる。なるほど、だからこんなところで配信してるんだな、と俺はまた納得した。入り口付近の人がたくさんいるところでこんなスキルを使ったら、大迷惑もいいところだ。


 それにしても、威力が高い。キャップストーカーは上方向の視野が狭いから、投げ物で攻撃すると当てやすい......なんていうセオリーもあるのだが、そんなのお構いなしだ。おそらく、Bランク相当のスキルだろう。羨ましい。


 いい加減覗きじみてきたので、俺はその場を離れることにする。彼女からは距離を取って、早いとこプラモデル代を稼いでしまおう。


「きゃああああああっ!」


 そう思って背中を向けた時、マイクによって増幅された悲鳴が耳を打った。振り返ると、牛頭の巨大なモンスターが、彼女の前に突然出現していた。


「ミ、ミノタウロスだ!」


 ミノタウロス。ダンジョンの象徴にして、理不尽の極み。

 あらゆるダンジョンのあらゆる階層に、ごくごく低確率で出現する、最強クラスのモンスター。人の多い階層に出現したときなどは、甚大な数の死傷者を出すこともある、まさに天災のようなモンスターだった。もちろん俺も、実際に見たことはない。


「や、やぁっ!」


 ハルカは膝を震わせながら、特大火力の爆発をミノタウロスの身体に浴びせる。

 しかしすぐに煙の中から、傷一つない巨体が現れる。ミノタウロスは突然現れて、突然消えるだけ。Aランクのスキルを持った探索者が何人も集まって、ようやく討伐した事例がいくつかあるのみで、Bランクのスキルなんかじゃ話にならない。


「そ、そんなぁ......!」


 どうする。

 ミノタウロスが彼女に気を取られている今なら、逃げられる。


「い、嫌っ! 誰か、助けて......!」


 けれど。

 俺はシロをちらっと見た。シロは細い目で、こちらを値踏みするようにじっと見つめている。


 そうだよな。

 そんなの、お前が許さない。


「おっしゃ、行くぞ!」


 俺はシロに叫ぶと、その場を飛び出す。

 ミノタウロスの弱点なんて知らない。でも、何とかするしかない。


「き、き、き」


 こんな時だっていうのに、ハルカを見ると声が詰まって出てこない。ミノタウロスが斧を振り上げるのが見えた。とにかく彼女の腕を引っ掴んで、飛び退く。


「は、走れますか」

「私は、なんとか。でも、彼女が!」


 見ると、カメラを持っていた女の人が、腰を抜かしている。ミノタウロスは機敏な動きでそちらに矛先を変え、再び斧を振り上げる。


「シロ!」


 なんとか奴の気を引いてくれ。言わなくても、シロならわかってくれると信じていた。

 シロはそれに応え、ミノタウロスの肩を登り、咥えていたダガーを放すと、ミノタウロスの顔に噛みつき...... 。


「えっ?」


 次の瞬間、ミノタウロスの身体がぐらりと揺れた。

 巨体が、大の字になって倒れる。シロは女の人の方をちらりと確認すると、ミノタウロスの身体に乗り、ふわあ、とひとつ、大きな欠伸をした。

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