80話 鬼畜な2人①


聞き間違いだろうか。

それともクラッドは冗談を言ったのだろうか。


「なんて?」


響は思わず聞き返してしまった。

クラッドや翼ならAランクダンジョンのボスでも問題はないだろう。


しかし初のAランクダンジョンで、何の準備もしていない響はどうだろう。

控えめに言っても問題アリだ。


「いやだからその、Aランクっす。Aランク! お、俺も手伝うっすから──」

「余計な事すんなクラッド。手負いのボスくらいコイツの実力なら問題ないはずだ」


慌てるクラッドを制した翼は、ついてこいと言わんばかりに歩き出した。

手負いというのだから、それはやはり翼がやったのだろう。


──手負いなら大丈夫かな……? でも、もしも全快のAランクボスだったら、俺はどこまでやれるんだろ。


ほっと胸をなで下ろした響だが、心の奥底では少しだけ残念に思っていた。

自身の力を試してみたい。そう思うのは無理もない。


他のランクと違い、Aランクはかなり幅がある。

Bランクに近いダンジョンと、Sランクに近いダンジョンとでは敵の強さの桁が違う。

そしてそれは入ってみるまでわからない。


故に響は今日までAランクは避けてきたのだ。

大会にて自分がどれくらいのレベルなのかを把握し、それから挑もうと決めていた。


スタスタと歩いていく翼に着いていくこと数分、ご丁寧に大きな扉が待ち構えていた。

最も、既に翼が入っているので開いているが。


「よぉ、待たせたな骨トカゲ。今解放してやるから、暴れたらぶっ殺すぞ」

「うわぁ……やりすぎじゃないっすか……?」

「な、なんだコイツ……」


扉の中で三人を待っていたのは、地を這うドラゴンの形をした何かだった。

翼が骨トカゲと言った理由が一目でわかった気がした。


腐敗した死肉と紫色の鱗を纏い、巨大な口腔は穴だらけなのに不思議と鋭利な牙は健在だ。

赤紫の翼膜はボロボロだったが、これが元々なのかそうさせられたのかはわからない。


痩せ細っているようにも見えるが、恐らくはこれが通常なのだろう。

長く伸びた尾は骨が剥き出しで、先端には一際大きい骨の棘が伸びている。


怒りと憎悪の感情を乗せた小さな赤眼でこちらを睨みつけている様は、まるで死神のようだ。


──なんて不気味なやつだ。それに何かに押さえつけられてるように見えるのは、翼さんがやってるのか……?


ゴクリと生唾を飲み込み、ドラゴンの弱点を確認する。


【腐毒龍ディリティリオ Lv83】

逆骨さかさぼね 光属性

・特性 全身が腐敗しており、触れると強力な毒状態に陥る。飛行能力があり、飛行時には翼膜から毒液を撒き散らすため注意。範囲攻撃が非常に多いが、接近戦はあまり得意ではない。

背中の中心にある逆さに伸びた骨が弱点だが、狙うと激昂状態に移行し無差別に毒をばら撒き始める。

この個体は負傷しており、通常の個体と比べるとかなり消耗している。


・スキル 龍骨Lv8 魔法耐性Lv7 腐毒龍の吐息Lv7 毒魔法Lv7 腐毒龍の加護Lv7 威圧Lv7


「まじか」


思わず声が出るほど、今までのモンスターとは一線を画していた。

触れれば毒、離れても毒。

この手のモンスターはあまり経験がない上に、目の前の敵は手負いとはいえAランクのボスだ。


「あぁそうだ。因みに言っておくが、コイツはAランクの中で特別強いわけじゃない。中間よりは少し上だが、コイツの比じゃないモンスターは腐るほどいるぞ」


そんなモンスターをボコボコにして無傷の翼は一体何なのだろう、と真剣な悩みが生まれた瞬間だった。


隣のクラッドを見ても特に焦っている訳でもなく、いつも通りだ。

これくらいの敵は問題なく倒せるという自信の表れでもある。


「クロードさんが結構ボコってるっすから余計にそうっすね。手伝おうかと思ったっすけど、これなら大丈夫っすよ、響君!」


こちらを見つめニカッと笑い、親指を立てグッジョブ。

どうにも感覚のズレが否めない。

これを見て何をどうしたらそんな余裕をかませるのだろう。


「は、はぁ……わかりましたよ。やればいいんでしょやれば……!」


響は半ばヤケクソだった。

もうこの2人に何を言っても無駄な気がしたので、仕方なく白光を構えた。


「じゃ、戦闘開始だ。頑張れよF級君」


響を挑発するようにF級を強調させ、指をパチンと鳴らした。


すると、押さえ付けていた不可視の力が消えたのか、地を這っていた腐毒龍が死肉に塗れた顔を上げ、天へと怒りの咆哮をあげた。


身体から毒の胞子を噴出させボロボロの翼を広げ、飛び立った。


「おっと、俺達は離れてようぜクラッド」

「そうっすね、響君頑張るっすよ! いざとなったら助けるっすから!」


それだけ言い残し二人は響から距離をとり、観戦に徹し始めた。


「はぁ……んじゃ、やりますか!」

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