78話 ダンジョンは喫煙可②
知っている所の騒ぎではない。
今でこそ響も有名人の仲間入りを果たしてはいるが、目の前の人物に関しては格が違う。
それは知名度という点でも、強さという点でもだ。
戦闘時を見るまでもない圧倒的な強者のオーラ。
仮に今の響が死にものぐるいで襲いかかったとて、傷一つ付けられるかどうか。
馬渕翼という男はそういう次元なのだ。
程よく筋肉がついた長い手足。
さっぱりと清潔感のある少し短めの黒髪。
切れ長の瞳で目付きがいいとは言えないが、整った顔立ちをしている。
「久しぶりだなF級君。知らない間に”割かし”強くなってんじゃん」
翼は響をじっくりと観察し、頷きながらそう言った。
実際の所、割かしなんてレベルではないがこの男からしたら些細な事なのだろう。
しかし、それよりも何よりも翼が覚えていたのが意外だった。
話したのは一度きり、それも探索者研修の時だけだ。
響はなんだか少し嬉しくなり、自然と口角は上がっていた。
「あっ……と……お久しぶりです。よく俺なんか覚えてましたね」
翼は当然だと言いたげに鼻で笑った。
「そりゃあな。F級が俺の動きを目で追えるなんて、忘れる方がどうかしてるだろ。まあそれはいいとして、本題に移ろうか」
翼は煙草の吸殻をそこら辺に捨てようとしたが、クラッドが睨みを効かせているのに気付き、舌打ちをして携帯灰皿を出した。
「持ってるなら最初から使うっすよ!」
「チッ、うるせぇ奴だな……大会が終わったらギルドを設立するつもりなんだが……お前、俺のギルドに入るつもりはないか?」
「え──?」
翼は口うるさいクラッドに舌打ちをした後、真っ直ぐこちらを見つめてそう言った。
馬渕翼の、世界一の探索者が設立するギルドとなるとそれは当たり前に世界一のギルドに成長するだろう。
人数とか、規模とかそう言う点では違うかもしれないが、ギルドの誇る戦力で考えるならば翼がいる時点で比較にならない。
この男には、それ程圧倒的な個の強さがある。
変な話、一国を滅ぼそうと思えば簡単にそれをこなすだろう。
ゾワリと全身の毛が逆立つのを感じた。
──世界一の探索者が創るギルドに、俺が……?
信じられなかった。
まさか自分が、馬渕翼から勧誘を受けるなんて。
これっぽっちも考えてなかった。
「ギルドっつっても、別に縛るようなことはしねぇ。基本的に自由にやっていい。ただ、”来たるべき時に向けて”有望な人材を手元に置いておきたいだけだからな」
──来たるべき時?
翼程の男がギルドを設立し人材を集めなければならないほど、何か大きな事が起こるのだろうか。
あまり、と言うよりも全く実感はわかないが、冗談を言っているとも思えない。
「因みに、俺もギルドメンバーっすよ!」
クラッドはピースサインをして笑っているが、組合の副会長と言う立場はどうするつもりなのだろうか。
それとも、ずっと前からこの話は決まっていて既にそれに向けて動いていたのだろうか。
「えっと、少し……考えさせてください」
正直、響個人としてはこの上なく魅力的な提案に惹かれていた。
組合とは違い、変に縛られる事もない。
それに馬渕翼と接点を持てるだけでも、強さを渇望する響にとっては大いにプラスになるのは間違いない。
しかし、気がかりなのはミアの事だ。
基本自由とはいえ、ミアは響の為にギルドを抜けたのだ。
その気持ちを裏切る形になりはしないだろうか。
その一点が引っかかっている。
だがそれも翼は想定内だったのか、余裕たっぷりの笑みで、
「あぁ、言い忘れてたがお前の連れも一緒でいいぞ。大事なもんは傍に置いといた方が安心出来るだろ?」
突然の発言に響はギョッと目を見開いた。
まさか、ミアの事まで把握されているとは思ってもみなかった。
「な、なんでミアの事!?」
「お前は目立ち過ぎだ。……とにかく、考えといてくれ」
再び煙草に火をつけ、深く煙を吸い込んだ。
そして肺の中の全ての空気を吐き出すように、息を吐いた。
「クラッド、お前はどう思う」
主語もなしに、突然の質問を投げかける。
だが付き合いの長いクラッドには何が言いたいのか分かっているらしく、腕組みをして悩んでいる。
「……悩ましいとこっすけど、響君には話しておいてもいいんじゃないっすかね?」
「同感だ」
「あの、一体なんの事ですか……?」
まるでなんの事かわからなかった。
それはギルド設立に関係のある事なのか、それとも一切関係のない事なのか。
勝手に話を進める2人にもどかしさを感じていた。
すると翼は真剣な表情で、その答えを口にした。
「単刀直入にいうが、近いうちに──この世界は終末を迎える」
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