65話 絶望の淵から


響は既に白光を抜き駆け出していた。

雪が足音を消してはいるが、さすが獣と言うべきか。


駆け出したその1歩を踏み込んだ時には既に、こちらを見つめていた。


──さすがに気付かれないのは無理か。


【アイスタイガーLv50】

・弱点 火属性 腹部 鼻

・特性 氷魔法と爪や牙による攻撃が主体。縄張り意識が強く、獰猛。 魔法耐性を持つので魔法全般はあまり効果がない。また、普段は群れないが群れの長には従順。

・氷魔法Lv4 速度上昇Lv4 斬撃強化Lv4 探知Lv3 魔法耐性Lv2


表示された情報を見ると、角兎やアイスオーガに比べるとスキルが多い。

レベルは低いが、そのどれも戦闘に特化したものばかりだ。


だがそんなの関係ないと言わんばかりに突っ込む響。

手をかざしサンダーボルトを放つが──


「なッ!? 相殺した!?」


サンダーボルトを放つと同時に、アイスタイガーは牙をガチンと鳴らした。

するとアイスタイガーの頭上に魔法陣が出現。

瞬時に氷槍が放たれ、雷撃と衝突し相殺した。


正確には雷撃が氷槍を砕いたのだが、大幅に威力の殺された雷は標的にたどり着く前に消えてしまった。


「クソ、これなら……どうだッ!」


走りながら跳躍し、白光を叩き付けるように振り下ろす。

アイスタイガーも上体を起こし、前脚の鋭い爪でそれに応じる。


キンと、まるで金属同士がぶつかり合うような音が響く。


アイスタイガーはその場で牙を鳴らし、魔法陣を展開。


「させるかよッ」


魔法が発動する直前、反射的に響は相手の顔面へサンダーボルトを放つ。

未完の魔法はキャンセルされ、アイスタイガーの顔面を雷撃が襲う。


魔法耐性はあるが、弱点の鼻に命中した事で弱点特攻の効果が発揮され激痛で仰け反るアイスタイガー。


それが致命的な隙となった。

響は上半身を深く沈め、瞬時にアイスタイガーの懐に入り込む。


ズブリ。


体毛の薄い腹部の皮を切っ先が貫き、刃が肉を裂いた。


「まだだッ!」


そのままくるりと反転し、白光を背負い投げの容量で思い切り振り抜く。


確かな肉の重みを感じる。

頭上から血と臓物の雨が降り注ぎ、響と雪を赤く染め上げていく。


酷い臭いだ。鉄のような臭いと生臭さが混じっていて気持ちが悪くなりそうだ。


「グオオオオオ──」


腹部を大きく切り裂かれたアイスタイガーは断末魔の叫び声を上げ、雪に体を預けるように倒れた。


【レベルアップしました】

【レベルアップしました】


響は即座に氷壁へと走り、サンダーボルトを打ち込む。

氷壁には大きくヒビが入るが破壊するまでには至らない。


「もう一度……サンダーボルトッ!!」


ヒビの中心目掛けてサンダーボルトを放つ。

バキッと音が鳴ったかと思うと、その直後洞穴を塞ぐ巨大な氷壁は轟音を響かせ崩壊した。


「頼む、無事でいてくれ!」


洞穴の中は真っ暗だ。

しかし、一点にのみぼんやりと光る炎が見える。


身体が震える。


きっと恐怖で震えているに違いない。

きっと助けを望み待ち続けているに違いない。

きっと、彼女は生きる為に必死に抗ってきたに違いない。


きっと、信じてくれている。


1歩、また1歩と震える脚を前へ前へと動かした。

自分の体じゃないみたいだ。

こんなにもぎこちなく、こんなにも動かしづらい身体だったろうか。


炎が徐々に近付き、その隣でへこたれている小さな影を見つけた。


「ぁ──」


声にならなかった。

まだ距離があると言うのに、届くはずもないのに自然と手を伸ばしていた。


先程まで錆び付いた金属のように動かなかった身体は、油を差されたように動き出した。


足がもつれ何もない所で転んだ。

皮膚が擦りむけ熱にも似た痛みが走る。


そんなものより目頭を支配する熱の方がずっと熱い。


手を伸ばした先には、響にとっての光があった。


「みあ……? ミアッ!!」

「ひ……びき……どう、し──」


傷だらけになった彼女を、響は言葉も聞かずに強く抱き締めた。


ずっと張りつめていた緊張の糸がプツリと切れ、ボロボロと涙がこぼれた。


甘ったるい匂い。

小さく華奢な身体。

少しだけ高い体温。


その全てがミアの存在を証明していた。


「うぅ……くぅ……無事で、良かった。本当に」

「……遅い……でも、信じてたよ」


ふと、小刻みに震えた細い腕が背に回り、響を優しく抱き締めた。

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