62話 ミアの行方②


ビルに入ると思っていたギルドとはだいぶ違った雰囲気だった。

入口正面の受付には、ワシの剥製がこちらを睨み、受付はいるにはいるが、目付きが悪くタバコを吸っている。


オマケに腕や首元からは和柄の刺青が顔を出し、刈り上げた髪にサングラスと風貌もまるでチンピラだ。

なぜこの男が受付をやっているのか心底疑問である。


──本当にここギルドかよ。ヤクザの事務所の間違いなんじゃ……?


そう受け取るのも無理はない。と言うより、多分これが一般的な受け取り方だ。


「おい兄ちゃん。見ねぇ面だな……何の用だ? 登録か?」


入口で固まっている響を見兼ねた男が声をかけてきた。とても受付の対応ではない。


「あ……あの、人を探してるんです。氷鬼ひょうきギルドに所属してるって聞いて……ミアって子なんですけど」


それを聞くと男はニヤリと笑い、


「知らねぇな、そんな奴。他を当たりな」


ふぅと響に煙を吐きかけそう言った。

万が一この男がミアを認知していない可能性はあるが、この態度からして何か隠しているのは間違いないだろう。


「いえ、ここに所属しているのは知っているんです。調べてもらってもいいですか?」


響は失礼極まりない男に苛立ちを覚えながらも、態度には出さないよう努力している。

その時だった。

ダン、と男がデスクを叩き響を睨みつけた。


「おい、知らねぇって言ってんだろうがよ。なんで俺がてめぇの為に調べなきゃなんねぇんだ?」


男は凄むが、幾つもの死線をくぐり抜けてきた響にとっては、お遊びにしか感じない。


「なんでって……それが仕事だろ? 嫌なら受付やめろよ」


冷静に、尚且つ冷淡に言い放った。

すると男は腕を伸ばし響の胸ぐらを掴もうとするが、


「てめぇぶっ殺──ぐぁぁッ」


響は伸びた腕を掴み、捻り上げそれを阻止した。


「いきなり何のつもりだよ。お前じゃ話にならないな。上のやつ呼んでこいよ」

「ひぃっ……! わ、わかった! わかったから離してくれっ」


苛立ちも爆発寸前の響は低い声で凄むと、男は完全に萎縮してしまった。先程までの威勢はどこへ行ってしまったのやら。


ぱっと手を離すと男は腕を抑えながらスマホを取り出そうとした、その時。


「おい、うちのギルドで暴れようってか? あ? ここが氷鬼だと分かってやってんなら大した奴だなおい」


奥の方から絡んできたのは受付の男とは違い、明らかに強者。


大柄でシャツがはち切れる程に筋骨隆々の体躯。太い首や腕には金の装飾品を付けており、腰には刀をさげている。

坊主頭にはかなりの傷があり、獣のように鋭い眼光と荒々しいオーラを放っている。


──こいつは強いな。


目目連を使うまでもなく、一目でそこらの探索者ではないと感じていた。


「ミアを探してる。どこにいるんだ? このギルドに所属してるのはわかってんだ」


響も負けじと強気な態度。下手に出ていたらこういう輩は余計につけ上がる。


「あぁ、あの餓鬼か。残念だが、今ここには居ねぇよ」

「なら、どこにいるんだ……何がおかしい」


大柄な男は響が聞くとにニヤニヤと笑いだした。

受付と違い、しらばっくれることはないがそれよりもタチが悪そうだ。


「あぁ悪いな。このビルどころか、この世にいるかどうかも怪しいから面白くってよ。くはははは!」

「──は? 何を言ってるんだ……?」


「あの餓鬼は今ダンジョンだ。Bランクダンジョンのソロだがな。それをクリアしたら脱退を認めるって言ったら、喜んで行きやがった。馬鹿だよなぁ? アイツはD級でソロ攻略なんて自殺すんのと同じだぜ? くははは!」


ゲラゲラと笑う大柄の男を前に、遂に響の堪忍袋の緒が切れた。


「なんて事を……この野郎ッ!!」


白光を抜く事はしなかったが、一気に距離を詰め顔面に狙い全力で拳を繰り出した。

が、その拳が顔面を穿つことはなかった。


「おい、坊主。てめぇ一体誰に喧嘩売ってんのかわかってんのか? 俺ぁここのギルドマスター、剛力隼人だぞ。クソ雑魚がいきがんじゃねぇよ」


乾いた音を響かせ剛力は拳を掴むと、ギチギチと力を入れる。

まるで万力のような握力に、手の感覚がなくなってくる。

痛みはあるが、そんな事は知った事ではない。


「お前が……ギルドマスター? だとしたらさぞクソみてぇなギルドなんだろうな」

「くははは! 威勢だけはいいなぁ餓鬼。そのクソに負ける気分はどうだ。てめぇはクソ以下だなぁ?」


随分強くなった響でも、A級覚醒者の剛力には手も足も出なかった。

悔しい気持ちはあるが、それでもミアの救助が最優先だ。


「どこのダンジョンだ。ミアはどこにいる!」


もし剛力の言っている事が本当ならば、一分一秒すらも惜しい。

Bランクダンジョンのソロ攻略など無謀すぎる。


「まさかてめぇ……助けに行くつもりか? くはは、こりゃいい。殺す手間が省けたぜ。なに、俺は親切だから場所くらいは教えてやるよ」


そう言うと剛力は1枚の紙を差し出した。

それはゲートの位置がプリントされていて、ここからはそう離れていないことが分かる。


ディザスターゲート対策に、ギリギリで攻略しようとしていたのだろうか。


「そこに行きゃゲートがある。俺の名前を出せば中に入れるが……」


響は紙を奪い取り、走り出した。


──ミア、すぐに助けにいくからな。それまでどうか耐えてくれ!!


「くははは、馬鹿がよ。クソ餓鬼が入ってもう3日だ。生きてるわけがねぇのによ」


剛力の下卑た笑い声は響に届くことはなかった。

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